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お人好しの悪女はもうごめんです。音楽の聖人になった婚約者様、さようなら  作者: 悠木 源基


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第25章 父親視点から⑪ 疑惑の真相

 

「待たせてしまい、申し訳ない」

 

「伯爵様、どうかなさったのですか? お顔の色が悪いようですが」

 

 カールス卿が訝しげに私に問うてきたが、おおよそのことはもうわかっていることだろう。だからこちらが訊ねてみた。

 

「先ほどの疑問は解けたかね?」

 

 すると彼はやはり困ったような顔をして頷いた。

 

「ピアット様のことを伯爵様にご報告をするためにこのお屋敷を訪れる度に、メイド達にお二人の話を聞かされていた気がします。

 二人は仮の婚約者同士で、お互いに嫌っているのだと。それは本当に自然な形で。

 そしていつの間にかそれが事実なのだと思い込まされていったように思います。

 いわゆる洗脳っていうものですかね?」

 

 洗脳か。それは由々しき話だ。私だけでなく執事や侍女長も知らないうちに、人を思い通りに動かしていた者がこの屋敷の中にいただなんて。

 そのことに気付かなかった私は、家長として失格だな。

 

「カールス卿、申し訳なかった。君の言う通り、メイド数名が君に嘘の情報を意図的に与えていたようだ。

 それが誰で何の目的があってそんな真似をしたのかはまだ判明していない。この後に調べるつもりだ。

 そしてレードル卿、貴殿にも感謝と共に謝罪する。二人のためにと尽力してもらいながら、それを無下にしてしまったことを。

 ピアットからの手紙や贈り物を我が家は確かに受け取っていたようだ。しかし、どうやらそれらはフォルティナの手元に届く前に隠されていたようだ」

 

「「・・・・・」」

 

 二人は予想していたのだろう。目を見合わせた後で、無言で私を見つめた。

 

「せっかく遠いこの地にまでやって来てくれたのだ。今、部屋を用意しているので、今日は是非泊まっていって欲しい。

 これから調査して詳しいことが分かり次第、きちんと貴殿達にも説明させてもらうつもりだから」

 

 私がこう言うと、二人は頷いてくれたのだった。

 

 

 

 そしてその日の夕食後に、私は客人を再び応接室に招き入れた。

 レードル卿は明日の夜には近くの都市の劇場で人気のオペラ公演を控えている。そのために明日の午前中には出立しなければならないと聞いたからだ。

 

 結論から言えば、ピアットからの手紙や贈り物をフォルティナの目に入らないようにと命じたのは、下の娘のリリアナだった。

 しかしそう仕向けたのはピアットの狂信者と呼べる一人のメイドだった。

 そのメイドはピアットを神の如く崇めていて、彼にとって娘のフォルティナは不釣り合いで、彼の邪魔になる存在に見えたそうだ。

 つまり、ピアットが思春期のせいで素直になれず、フォルティナを邪険に扱う様子を身近で見ていて、彼が娘を嫌っているのだと思い込んだらしい。

 

 ところが、周りの人々の反応が自分とは違っていることにある日気付いた。

 

「フォルティナお嬢様のおかげでこのヴァード伯爵家にお世話になれているのに、感謝もせずにあの上から目線、なんなの?

 侯爵家の令息といったって、借金だらけでうちの旦那様に援助してもらっていなかったら、とうに破産していたくせに」

 

「そうよ。ピアノだけでなくダンス、それに音楽学院の入学試験のための個人教師までつけてもらったのよ。信じられないわ。何様のつもりかしら」

 

 仲間達の話すこんな会話に対して


『何言ってるの? ピアット様は天がこの世に与えて下さった尊いお方なのよ。あの方に尽くせるなら本望。これほど幸せなことはないじゃないの。感謝すべきなのは旦那様やお嬢様の方じゃない。

 なぜそんな当たり前のことがあんた達にはわからないの?』

 

 メイドはそう思ったらしい。

 しかしそれを口にしたらここをクビになることくらいはわかっていた。そしてクビになったらピアットの側には居られない。

 それに最低でもピアットが学院を卒業するまでは、私にパトロンを続けてもらうためには、下手に反論しない方が得策だと考えて、本音を隠して勤め続けていたようだ。

 とんだ女狐だ。

 そして学院の寮に入ってからというもの、ピアットが私宛の定期的な報告書しか送ってこなかったこと、そして一度も領地に帰省しなかったことで、やはり自分の考えが正しいと彼女は確信したようだ。

 ピアットはフォルティナを嫌って関わらないようにしているのだと。

 

 あのメイドは、最初はフォルティナの有責による婚約破棄を狙っていたという。

 しかし悔しいことに、娘を有責にするのはさすがに無理だと悟ったらしい。

 何しろピアットはフォルティナのおかげで幼い頃から音楽を学ぶことかできた上に、音楽学院に入学させてもらったのだから。

 しかも公演には必ず足を運んでいたし、定期的にクッキーや刺繍入りハンカチや身の回りの小物を手作りして贈り、彼に尽くしている健気な娘の姿を皆が知っていた。

 そんな娘と、王都へ行ってからというもの無しの礫のピアットのどちらに非があるかなんて一目瞭然だった。さすがに彼女もそのことに気が付いたようだ。

 そして、ピアットが入学して一年経ってもフォルティナに連絡を一切取らなかったことで、ヴァード伯爵家の者達が、そのメイド以外は、全員彼に憤りを感じていることが明らかだったからだ。

 

 ピアットの有責にするのは耐え難かったが、フォルティナとの婚約を無くすためには、娘にピアットを嫌ってもらうしかない。メイドはやがてそんな風に考え始めたという。

 

 

 ところがだ。

 突然フォルティナ宛にピアットからの手紙が届いた。

 しかもそれを配達人から受け取ったのが、たまたまそのメイドだったのだ。なんという運命の悪戯だろう。

 ピアットがフォルティナ宛に手紙を送るなんてことは絶対にない、そう思い込んでいたメイドはかなり衝撃を受けたようだ。

 もしかしたらピアットは、誰かに婚約者を蔑ろにしていることを指摘されて、慌てて手紙を寄越したのかもしれない。

 たとえ偽りだとしても愛の言葉が書かれてあったり、謝罪の文面が記されていたら、フォルティナはあっさりとピアットを許してしまうかとしれない。

 

 そんなことになったら婚約解消をスムーズにさせられなくなる。なんとかしなくては!

 そう思ったメイドは、リリアンに悪魔のようにこう囁いたのだ。

 

「いくら忍耐強くて包容力のあるフォルティナ様も、さすがに最近ではピアット様に腹を立てていらっしゃるようですよ。

 一年以上無視なさるなんて、ピアット様はお姉様を蔑ろにし過ぎです。

 もしかしたら、学院に入学してお好きな方でもおできになったのではないですかね」

 

「まあ、不潔! お姉様という素晴らしい婚約者がいるというのに許せないわ。

 そんな浮気男なんて、お姉様の方から婚約破棄してしまえばいいのに」

 

「でもフォルティナ様はお優しい方ですから、ご自分が目にかけて援助していた方を途中で見放すことできないでしょう。

 それに、中途半端に彼を投げ出してしまったなら、パトロンをなさっている旦那様の評価にも関わりますからね」

 

「まあ! それではアビット様が卒業するまで、お姉様は我慢しないといけないの?」

 

「そういうことになるのでしょうね。でも、それではあまりにもお気の毒ですよね。

 ですからフォルティナ様が嫌なことを忘れて楽しく過ごせるように、何か新たな趣味が見つかるように、リリアン様がそのお手伝いなさってあげてはいかがでしょうか」

 

「まあ、それはいいアイデアね。読書家のお姉様は、特にお芝居の脚本を読むのがお好きなの。

 だから、今度お芝居やオペラを観に連れて行ってとおねだりしてみますわ。

 お一人だとお姉様は滅多にお出かけにならないから」

 

 たしかにフォルティナがリリアンと共にまめに劇場に通うようになったのは、ピアットが王都へ行って一年後あたりの頃だったな。

 あれはあのメイドの指金だったのか。

 まあ結果的に見ればそのこと自体は悪くはなかった。あの子は大切な趣味というか、生き甲斐を見つけるきっかけとなったのだから。

 しかし、それがあのメイドの思惑だったことを知って、私はひどく腹立たしく感じたのだった。

 

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