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第21章 ピアット視点⑦ 悪女達の終焉


「薬はもう要らないわ。家族に辛い思いをさせてまで、この命を長らえようとは思っていないの」

 

「おばさまは、ロジアンお兄様やピアット様だけのお母様ではないのですよ。私やリリアンのお母様でもあるんです。

 そして、私達四人と侯爵様の心の支柱なんですよ。

 どんなに立派な建物でも支柱がなくなったらすぐに崩壊してしまいます。そうなったらおばさまが大切に思っている家族はバラバラになってしまうし、私と妹は毎日泣いて暮らすことになってしまいます。

 ですからそんなことにならないように、いつまでも私達の真ん中にいて、みんなを支えていてくださいね」

 

 以前、もう薬は要らないと言い出した母に家族が困り果てていた時、フォルティナがこう母にそう語りかけているのを、僕はこっそりと聞いていた。

 あの後間もなくして、ヴァード伯爵から我が家に共同事業の申し出があり、我が家は爵位を返上せずに済み、薬代もどうにか捻出することができるようになった。

 十中八九、フォルティナが裏で動いてくれたのだろう。

 

 あの会話以降、母は薬を拒否したり、死にたいという言葉を発することもなくなった。

 そして僕とフォルティナが一緒にいる時は、いつもニコニコしながら、枕元の写真立てを向かってこう言っていた。

 

「メーラーファット様、二人の結婚式が楽しみね。フォルティナちゃんは誰よりも綺麗な花嫁さんに、そして私の娘になるわ。

 私は車椅子に乗ってでも式には絶対に参加してみせるわよ。だっていつか貴女に、幸せな二人の様子を話してあげなくちゃいけないんだから」

 

 メーラーファット様は今は亡き母の親友。そう、フォルティナの母親だ。

 


 僕の母は信仰深い女性だった。しかし親友のメーラーファット様を亡くし、自分も後遺症で寝たきりになってから、大聖堂を見限っていた。

 あれだけ熱心に奉仕活動をしたり、寄付をしていたというのに、見舞いの手紙さえ寄越してこなかったからだ。

 信者が苦しんでいる時に寄り添ってくれるのが宗教ではないの? 何のための宗教なの?

 大聖堂は母の姉の嫁ぎ先の商会と手を組んで甘い汁を吸い、我が家を苦しめてきたのだから、何をか言わんやだ。

 それはもちろん母の実家や姉一家も同じ穴の(ムジナ)だった。


 だから半年前にメディーアが我が家に突然やって来て、勝手に別棟に住み着いた時も、父と兄は母は完全に無視していたという。

 そもそも我が家には最低限の使用人しかいない。執事と侍女一人と、メイドが三人と、母専属の世話係が一人、御者兼従者が一人、料理人が一人、庭師が一人……

 金持ちのわがまま令嬢が満足するような世話などできるはずがない。まあ最初からする気などなかったらしいが。

 それを向こうも最初からわかっていたようだ。なにしろ、国から使用人を数人引き連れてやって来て身の回りの世話をさせていたらしく、母屋にやって来ることはなかったというから。

 本当は我が家のタウンハウスに住みたかったのだろうが、誰かさんの家のせいで既に売払ってしまったのでそれは不可能だった。

 そもそもお金は有り余っているのだから、あの女は王都の一流ホテルにでも長期滞在すればよかったのだ。

 

 疎まれているにも関わらず、それでもわざわざ王都から離れた田舎の我が家の屋敷に居座ったのは、少しでも私の情報が欲しかったからなのだろう。

 

 騒動後に王家が彼女のことを調べてみると、祖国での評判はかなり悪かったことがわかった。

 その儚げな見かけとは違い、かなり素行が悪く、男女関係で色々と問題を起こしていたらしい。

 自分が浮気をして婚約破棄されると、他人の幸せを妬んで他のカップルの仲を壊しまくったり、乱交パーティーに参加して補導されたり。

 つまり好き勝手に乱行した結果、祖国では婚約者が見つけられなくなり、仕方なくこの国にやって来たようだった。

 しかも、そんな自分の置かれたを現状を省みることなく、彼女はこれまで同様の社会的地位と裕福な暮らしを望んでいたらしい。


 そんな時に僕の評判を知り、いいカモが見つかったと思ったみたいだ。

 そしてそれをあの女の母親も積極的に協力していたらしい。

 見下していた妹の息子が音楽家として成功したことや、潰してやろうと思っていた侯爵家が持ち直したのが気に入らず、腹立たしかったそうだ。

 この二人はどこまで歪んだ性格をしているのだろう。醜悪過ぎる。

 

 母親の指示なのか、本人が独自に考えなのかは知らないが、メディーアは我が侯爵家のメイドを一人味方に引き込んで、母のチケットを盗み出させていた。

 母親が宝石箱に入れて大切していたチケットをだ。

 

 僕達家族の話を聞いて、周りの人間達もようやくあの女の本性に気付いたようだった。

 そして聖女のような顔を被った悪女にあっさりと騙されていたことにも。

 あの女の嘘の噂を簡単に信じ、しかもそれを意図的に拡散させ、本当に愛し合う婚約者同士(僕達)を引き裂く片棒を担いでしまったのだと。

 あの歌を歌って欲しいとあの女が図々しく言ってきた時、あれは婚約者であるフォルティナ=ヴァード伯爵令嬢のために作ったものだから、彼女の前でしか歌わない。そう僕があの女の前、いや多くの人々の前で告げたからだ。

 

 

 騙され、罠に嵌められたと分かった王太子妃は、それこそ卒倒するのではないかと思うほど震え上がり、彼女を溺愛して甘やかしてきた夫の王太子に抱き締められていた。

 この国で一番権力があると陰で囁かれている王妃も、さすがに王家が衆人環視の中で失態を晒したことで厳しい顔になっていた。

 ごまかそうとしてももうごまかしきれない。それが明らかな状態だったからだ。

 彼女は大きく息を吐いた。そして、ただおろおろしている夫である国王に確認を取ることなく、僕とヴァード伯爵、そしてその場にいなかったフォルティナに謝罪した。

 

 怒り狂っていた僕もそれを見て、さすがに冷静さを多少取り戻し、人前で王妃に謝罪させてしまったのだから、ただでは済まないだろうと覚悟をした。

 ところがその直後、なんとヴァード伯爵が今回の問題の視点をすり替えをしたのだ。

 つまりこの騒動を、メディーアの狂言に王家や高位貴族の子弟が騙されたのではなく、彼女が実家の商会の違法薬物を使って犯罪を起こし、彼らがそれに巻き込まれたのだ、という筋書きに持って行ったのだ。

 これらは似ているようで微妙に違う。


 王家がチョロくて騙されたのではなく、アクジット商会がこの国を自由に操るためにあくどい陰謀計画を仕掛けてきたのだ……では受ける感じが全く違う。

 つまり、印象操作というやつだ。

 とっさの機転であんなことができるヴァード伯爵の頭の良さ、回転の速さに今さらながら脱帽した。

 

 ヴァード伯爵の指摘によって、その場にいた者達の表情がキリッと引き締まった気がした。

 すぐさまメディーアとその付き人、護衛は近衛兵によって牢へ連行された。

 それと同時に、騎士団が父や兄と共にムューラント侯爵家へ向かい、本宅と別棟に分かれて同時に突撃した。

 そして、証拠品を処分されないように、すぐさま使用人全員を一箇所に集めた。もちろんメディーアの雇った使用人もだ。

 その結果、別棟には多種多様な薬や茶葉などが見つかり、すぐさま押収された。

 もちろん、母の部屋から私が贈ったチケットを盗み取った若いメイドもすぐに判明して捕縛された。

 

 その一週間後、押収された薬のほとんどが違法薬品で、特にお茶は幻覚作用のあるかなり問題のある品であることがわかった。

 なんとこのお茶を飲むと、周りの意見を素直に受け入れ、信じ込むという症状が出るのだそうだ。

 元々思い込みの強い人間ほど、よりその影響が強く出るらしい。

 

 王家は、隣のガリグルット帝国に抗議した。そちらの国の貴族令嬢が我が国に違法薬物を持ち込み、あまつさえ王族にそれを服用させ、操ろうとした。まさしくこれは国家転覆罪だと。

 いくら大国とはいえ帝国も自国の高位の貴族令嬢が、隣国の王族に麻薬であるお茶を贈り、人心を操ろうとした行為を看過することはできなかった。

 これをガリグルット帝国が主体で行われたと思われたら、他国からの信頼を著しく損なわれてしまうからだ。

 かと言って彼らの国に大きな利益を生み出してくれるオコール侯爵家を潰す訳にもいかなった。そこで


「今回のことはオコール侯爵令嬢のメディーアが独断で行ったことのようだ。ただし、監督責任で侯爵家には賠償金を支払わせるのでそれで済ませて欲しい」


 と言ってきた。

 もちろんメディーアは国外追放にするので、処罰はそちらの法に基づいて決めてもらって構わないと。

 

 我がソフーリアン王国は一応それを受け入れはしたが、いくつか条件を出した。

 賠償金は我が国の王家だけでなく、ヴァード伯爵家とムューラント侯爵家にも別途支払うこと。

 そして今後我が国に売る薬の価格を、本国と同じにすることを求めた。

 もしそれが守らなければこちらにも考えがある、と含みを持たせた。

 すると当然あちらはそれをあっさりと受け入れた。その条件はガリグルット帝国にしみれば痛くも痒くもない事だったからだ。

 

 しかし、それを命じられたはオコール侯爵家は、その膨大な賠償金の額に大打撃を受けた。しかもこれまで暴利を貪っていた薬の売り上げが激減することになり、頭を抱えた。

 侯爵はそのどうしようもないその怒りを、勝手な真似をした出来損ないの娘だけでなく、そんな悪女を育てた妻にも向けた。

 妻とは即離縁し、着の身着のままで放逐した。

 妻は泣く泣く実家に戻ったが、彼女が末の妹一家にこれまでどんな仕打ちをしてきたのか、それらが明らかになったことで、跡を継いでいた兄の逆鱗に触れた。

 そしてその事実を薄々気付いていながら隠していた両親と共に、極寒の地にある規律の厳しい修道院へ強制的に放り込まれた、と聞いている。

 

 父親や母親、そして母の実家に見捨てられたメディーアは平民となり、貴族牢から一般の牢へと移された。

 その後薬の影響が切れた後でようやく彼女は厳しい尋問を受けた。その裁判の結果、彼女には四十年の懲罰刑が言い渡された。

 やがて彼女はほとんど人の住んでいない原野へ送られて、そこで開拓労働者となることだろう。

 

 

 

 

これは微ざまぁ!の第一弾です。

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