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第20章  ピアット視点⑥

 

 音楽学院に入るために領地を旅立つ日、フォルティナに言われた。

 

「貴方は何かに夢中になると周りが見えなくなるところがあるから心配だわ」


 と。それは杞憂などではなかった。 

 それまで、隣のヴァード伯爵家と一族の人間としか付き合いのなかった故に、僕は社交性があまりなかった。

 そのために、同部屋になった声楽科のレードルや、同じピアノ科の仲間達との新生活に慣れることに必死だった。

 そのため、家族だけでなく婚約者への手紙も疎かになってしまった。

 その上、ヴァード伯爵家に迷惑をかけなためにも奨学金をもらおうと勉学に励んだので、長期休暇も帰省しなかった。

 

 すると翌年、王立学院に入学するために王都にやって来た年子の兄から、こう苦言を呈されてしまった。

 

「何故帰省しないんだ。どれだけ母上がお前に会いたがっていたと思うのだ。

 寂しがる母上のために、忙しいフォルティナ嬢が毎日のように会いに来てくれていたんだぞ。

 彼女がいなかったら、今頃どうなっていたかわからない。

 それなのにお前は彼女に誕生日プレゼントどころか、手紙も出していなかったらしいな。

 うちはともかく、まさかフォルティナ嬢にも出していなかったとは思わなかったぞ!」

 

「フォルティナが告げ口したのか!」

 

 思わずそう言ったら、兄からげんこつを食らってしまった。彼女がそんなこと言うわけがないだろうと。

 兄ロジアンに僕への愚痴を漏らしたのは、フォルティナの妹のリリアナ嬢だったようだ。

 

 彼女は物心がついた頃からずっと、まるで蛇蝎のごとくに僕を嫌っていた。

 たしかに彼女にとって姉のフォルティナは、母親のような大切な存在だったから、嫉妬心もあったのだろう。

 しかし、嫌う一番の理由は、フォルティナに対する捻くれた僕の言動だったと思う。まあ好かれなくても当然だった。

 

 こう言ってはなんだが、僕は幼い頃から愛らしい顔をしていたらしく、人から可愛がられた。

 特に老若男関係なく女性に好意を持たれた。僕の顔を見ると、大抵の女性は頬を染め、作った声で媚びてきた。

 それが嫌で嫌で堪らなくて、そんな彼女達に対してはあえて不機嫌さを隠さなかった。

 ところが、それを可愛いとか、クールで素敵だとか宣うのでほとほとうんざりしていた。

 そのせいで僕は女性に笑顔を振りまいたり、愛想を良くするなんて真似をしたことがなかった。むしろ嫌われたいと思っていたくらいだったから。

 その流れで幼なじみのフォルティナに対してもそんな雑な扱いをしていたのだ。

 彼女は僕を追いかけ回していたような令嬢とは全然違っていたというのに。

 

 僕は彼女と一緒に本を読んだり詩を諳んじたり、歌を歌うことが好きだった。それなのに、天気の悪い日にしか側にいてくれなかった。だから腹いせに彼女のことを野蛮な猿(・・・・・)だなんて呼んでいたんだ。

 

 本当は彼女が野蛮だなんて思ったことは一度もなかったのに。

 たしかに外遊びが好きで活発だったけれど、読書だって大好きで詩や物語を諳んじたり、自ら創作したりするのが得意な利発な女の子だったのだから。

 それにピアノの演奏は一向に上達しなかったけれど、歌はとても上手だった。

 特に五つ年下の妹であるリリアンのために歌っていた子守唄を聴くのは僕も大好きだった。


 当時は気付いていなかったが、兄とばかり遊んでいるフォルティナに苛ついていただけなのだ。

 だからあんなつまらない意地悪をしていだんだろうな。

 そしてそんな僕の態度をずっと見てきたリリアンが僕を嫌いになったのも、ある意味仕方のないことだったのかもしれない。

 

 いずれリリアンとは義兄妹の関係になるのだから、もっと仲良くなる努力をすべきだったのだ。そもそもの原因は自分であったわけだし。

 それなのにそれを疎かにしてしまったために、その後様々な妨害をされることになったのだ。

 フォルティナとの仲をさらにややこしくして、誤解が生じる原因を作ったのは、間違いなくリリアンだった。

 なにせリリアンは僕が送った手紙や小包を隠して、姉のフォルティナには届かないようにしていたのだから。

 一年以上贈り物や返事を寄越さなかった奴の郵便物など、今さら要らないと言って。

 

 だから初めてのレコードを発売される直前にフォルティナに送った、例のバラードの歌詞、そしてこれまで発売されたレコードや楽譜も、愛するフォルティナの手元には届いていなかったというわけだ。

 せめてあの歌詞だけでも彼女に届いていたなら、あの()()()を思って作ったなんていう噂は信じなかっただろう。

 そしてあんなにも傷付けることはなかったに違いない。

 

 でも、そのことを知ったのは、フォルティナに捨てられた後のことだったのだ。

 


 ✽


 

 国王夫妻の結婚記念パーティーで、王妃から私の恋人だとして連れて来られた令嬢を目にした時、僕は何のことなのかさっぱりわからなかった。

 しかし、その女性が従姉のメディーア=オコール侯爵令嬢で、彼女の策略でいつの間にかフォルティナが悪役令嬢に仕立てられていたことを知った時、僕は自分の体の中で怒りのマグマが爆発するのではないかと思った。

 よりにもよって、あの悪魔のような家の娘とこの僕が真実の愛で結ばれているだと?

 悪ふざけも大概にしろ!

 

 

 メディーアとは十年前に一度会っただけの関係で、その後は没交渉だった。

 この半年、演奏会場に母のチケットを盗んで来ていたらしいのだが、僕は全くその存在を認識していなかった。

 僕はそれらの事実をサロンの中にいる多くの者達によく聞こえるように、大きな声で語った。

 

 ちょうどそこに、人ようやく父が人混みを掻き分けて兄と共に現れた。

 そして、メディーアは隣国の薬関連の商会の娘であるであり、我が家は長年そこから母の薬を法外な値段で買わされてきたことを告白した。

 

 死の商人と陰で噂されているアクジット商会の真の商会長が、ガリグルット帝国のオコール侯爵であることは公になっていない。

 腹黒いことをしている自覚があったのだろう。しかしそれを父が暴露した。

 どうやら私とフォルティナの婚約破棄の話を知った母が切れたらしい。そして、実の姉とアクジット商会との縁をたたっ斬ると宣言したようだ。

 

 息子に手を出そうとしたことだけでも腹に据えかねていたのに、大恩のあるヴァード伯爵とフォルティナにまで罠にかけたことを知り、母は激怒したそうだ。

 

「大事な息子と()、そして大恩のあるヴァード伯爵にこれ以上迷惑をかけるくらいなら、もう二度と姉の商会の薬など飲まないわ! 早くあの悪魔をこの家、この国から追い出してちょうだい!」

 

 父と兄がアクジット商会の秘密を暴露したのは、母のこの言葉を受けたからだったことを後で知った。

 

 夫や息子達に苦労をかけ続けていることに、母がずっと悩み苦しんできたことを私達一家は知っていた。

 そしてそんな母を励まし、支えてきたのがフォルティナだったということも。

 


 

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