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第17章 ピアット視点③

『君に伝えられない素直な気持ち……』という作詞作曲した年齢を前章で十七歳としてしまいましたが、十六歳の誤りでした。訂正しました。

 

 僕は音楽学院を首席で卒業した。ちなみに在学中も全ての教科で一番だった。

 できるだけヴァード伯爵家に負担をかけないようにと、特待生を維持するために、音楽だけでなく、一般教科の勉強にも熱心に取り組んでいたからだ。

 実際のところ、音楽以外の科目の方により力を注いでいたと言ってもいいくらいだ。

 卒業後はすぐに結婚してヴァード伯爵家に婿入りして、フォルティナの領地経営を少しでも手伝えるようになりたかったから。

 まあ本格的な勉強は伯爵に教えを請いながらになるとは思っていたが。



 在学中、週末には生活費と母親の薬代を稼ぎたくて必死に音楽活動をしていた。そして、平日は夢中で勉強に励んでいたために、とにかく多忙な学生生活だった。

 

 そのため、婚約者であるフォルティナとの時間は皆無だったと言ってもいい。

 顔を見るのは自分の演奏中だけ。人にとても気を使う彼女は楽屋に顔を出すこともなかったから。

 それでも手作りのクッキーやカードをメイドのアンジェに持たせてくれた。それがいつも僕の心を温かくして、気分を落ち着かせてくれた。

 

 

(僕が今こうして好きな音楽をしていられるのも全てフォルティナのおかげだ。感謝してもしきれない。それなのにまともに感謝の言葉も言えていなし、贈り物もあまりできていない。

 だから卒業したらこれまでの分も挽回しよう)

 

 ずっとそう思っていた。

 入学したての頃はそれこそろくに手紙も出せなかった(・・・・・・)のだ。

 その後、ようやく新しい生活に慣れてからは、手紙やちょっとした贈り物は送っていた(・・・・・)のだが。

 卒業式を終えたら、まず彼女の好きな色取りどりのガーベラとカスミ草の花束を持って、会いに行こう。そして僕のこの思いを彼女に伝えようと決めていた。

 

 十六歳の時に初めてレコードを出してから、約二年で十五枚のレコードを出し、その全てが国内チャートで一位を獲得していた。

 特に自ら作詞作曲した楽曲を、演奏し、自分で歌まで歌って吹き込んだレコードはかなり人気が高かった。

 コンサート会場でたまたまピアノの弾き語りをしたら、それが話題になり、一気に人気に火が着いたのだ。

 そのために演奏会であっても歌を要望されることも多くなっていった。

 自ら作詞作曲して、演奏して歌まで歌う人間がこれまでいなかったから、物珍しかったのだろうと思う。

 

 しかし僕はピアニストであって歌手ではないと、一曲だけはその要望には応えたが、それ以上は断っていた。

 そして初のレコードになった『君に伝えられない素直な気持ち……』だけは、ピアノ演奏はしても絶対に歌わなかった。

 あの歌はフォルティナのためにしか歌わないと心に決めていたからだ。

 

 そして学院を卒業する一年くらい前には、僕の名は大陸全土にそれなりに知れ渡っていたようだ。

 あちらこちからコンサートや音楽祭の依頼が来た。しかし、学院の授業を休んでまで参加する気はなかったので、全部断っていた。

 その対応はヴァード伯爵が手配してくれたマネージャーが対応してくれた。

 しかし、欲に目が眩んだ興行師がどうにかして僕に仕事を受けさせようと、性懲りも無く汚い手を使ってきた。

 マネージャーに嫌がらせをして、彼をクビになるようにと謀ったり、僕に新たなパトロンを紹介しようとした。

 

 実際、僕のパトロンになりたがる人物がやたらといたのだ。男女関係なく。

 しかし芸術家を育てたいというより、僕をツバメにしたいとか、金儲けに利用したいと考えている連中ばかりで、当然お断りをした。

 ヴァード伯爵やファンクラブの会員の皆さんがいなかったら、色ボケや金の亡者、そんなくそったれ連中の餌食になっていたかもしれない。

 汚い手を使った興行師は当然この業界には居られなくなった。ブラックリスト入りしたから、この国以外でももう仕事はできないだろう。

 


 卒業まであと半年になった頃、僕はカールス卿に今後の相談をした。彼はヴァード伯爵家に縁続きの子爵家の三男で、伯爵から紹介された敏腕マネージャーであった。

 いずれ演奏活動から引退したいので、その道筋を今から立ててもらえないかと依頼すると、カールス卿はひどく驚いていた。

 そんなことをまるで予想していなかった、とでもいうように。そんな彼の様子に僕の方が喫驚してしまった。

 

「ヴァード伯爵から聞いていませんか?

 僕はヴァード伯爵のご令嬢であるフォルティナ嬢と婚約しているんですよ。ですから卒業したら結婚してヴァード伯爵家に入るのです。

 今まで好きな音楽を自由にさせてもらいましたから、結婚したら遅ればせながら領地経営を学んで、早く伯爵家の役に立てるように頑張るつもりなんです。

 ですから音楽活動は学生の間までと最初から決めていたんですよ」

 

 僕がこう説明すると、カールス卿は頷きながらもこう言った。

 

「もちろんピアット様がヴァード伯爵令嬢の婚約者だということは存じていますよ。

 でも、領地経営はフォルティナ嬢と執事殿のご子息がなさると私は聞いておりましたので」

 

「もちろん、そう簡単には役に立てる人間になれるとは思っていません。だからこそ、卒業したらすぐにでも勉強をしたいと思っているのです」

 

「し、しかし、貴方は音楽がしたいからこれまで頑張ってこられたのでしょう? 今止めてしまったらもったいとは思わないのですか? 貴方はスーパースターなんですよ。

 これからは休みの日だけではなく、思い切り音楽活動ができるようになるというのに」

 

「あれ? お話ししていなかったですか?

 僕は母を喜ばせたくてピアノが上手くなりたかっただけなんですよ。音楽は好きですが、音楽家になりたかったわけではありません。

 これまで演奏活動していたのも、母の薬代を捻出したかったからなので、まさかこんなに仕事が増えるとは思ってもみませんでした。

 しかもレコードがあんなに売れるなんて予想もしていませんでしたよ。

 まあ、そのおかげで借金を全て返済できましたし、それほど多くはありませんが蓄えもできて、母の薬代の心配も不要になりました。

 これもみな、仕事を取ってきてくださったカールス卿のおかげです。ありがとうございます」

 

 僕が感謝を込めてこう言って頭を下げた。

 すると、カールス卿が顔を真っ青にして何やらブツブツ言い始めた。

 

「そ、そんな馬鹿な。こんなに才能のある人がもう音楽活動をしないなんて信じられない。

 そもそもお嬢様との婚約は仮じゃなかったのか?これまでお嬢様との交流なんて全くしなかったじゃないか!

 それなのに卒業したらすぐに結婚して領地経営だと?

 俺は勘違いしていたのか? てっきり卒業したら本格的に音楽活動に励むものだと思っていたのに。

 ど、とうしよう。今さらキャンセルなんかできない。

 キャンセル料の問題じゃなく、ピアット様やヴァード伯爵家の信用問題にもなってしまう。それに世界中のファンから石を投げられる。いや、殺されてしまうかも……」

 

 カールス卿のあまりにも狂気じみた様子に、僕はギョッとしたのだった。

 

 

 

 

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