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お人好しの悪女はもうごめんです。音楽の聖人になった婚約者様、さようなら  作者: 悠木 源基


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第10章 父の視点から④王城編

 

 割れんばかりの拍手と声援の後で、ピアットは今度は彼自身が作った讃美の曲を二曲続けて演奏した。

 一昨年に発表されたこの二曲は宗教音楽だというのに、予想外の大ヒットをした。その影響で聖堂への参拝者が増大し、寄付金も驚異的に集まったのだという。

 大聖堂は彼の功績に目を見張り、彼に感謝する意味を込めて異例な選出をしたのだろう。

 

 しかし奴らは愚かなことをしたものだ。彼を取り込みたくてそんな真似をしたのだろうが、彼の音楽の真骨頂は宗教音楽ではない。

 縛りの多い宗教音楽とは正反対の、自由で型にはまらない楽曲作りが彼の最大の魅力なのだ。

 ピアットは華やかな見かけとは違い、不器用で口下手だ。だからこそ、ありのままの自分の思いを自由に表現したくて、歌詞や曲を作っている。

 しかし、そんな彼の作品の全てを大聖堂側が容認しているわけではないだろう。

 恐らく彼らは自分達の意図しないような作品には要らぬ口を挟んでくるに違いない。

 ところが多くの若者は奴らの意に反するような音楽を基本的には支持している。この二曲はたまたま受け入れられただけだ。

 今後もし大聖堂側が彼の創作活動に口出ししようものなら、すぐさま批判が殺到するだろう。

 そして大聖堂は若者達に背を向けられるだろう。いや、今彼のファンは若者だけではないだろう。

 無理やりに彼を懐に入れようとするならば、それは諸刃の剣になることを覚悟しなければならない。しかし、大聖堂側にそれがあるとは到底思えなかった。

 

 今回大聖堂側は下手を打ったと思う。

 想像に過ぎないが、今回の音楽の聖人の一人に選出されたことを、ピアット本人は望んではいなかったような気がする。

 なぜなら、彼に宗教心があるとはとても思えないからだ。

 

 ムューラント侯爵夫人はとても信仰心の強い女性で、私の妻と共に奉仕活動のために熱心に聖堂へ通っていた。

 私の妻は「ノブレス・オブリージュ」の精神で奉仕活動をしていただけで、宗教心はほとんどなかったと思うが。

 

 しかしそこで二人は共に流行り病に罹ってしまった。それなのに聖堂の聖職者達は誰一人見舞いにも来なかった。

 妻が亡くなった時の対応もおざなりだったので、我が家はそれ以降聖堂とは距離を置いている。

 ムューラント侯爵家の方も似たような対応を受けたらしい。

 しかも、重い後遺症を負った夫人の薬をもっと安く融通してもらえないか、隣国の医薬品を扱う商会に働きかけて欲しいと彼らに依頼しても、聖堂側はまったく動いてくれなかったようだ。

 それどころか、貧窮してきた彼らに以前通りの額の寄付金を要求してきたというのだから、彼らの厚顔無恥さには他人事ながら呆れた。

 結局宗教関係者は夫人のことだけでなく、家族の誰の心にも寄り添わなかったし、拠り所にさえなり得なかった。

 

 

 ピアットの手紙には、やむを得ない事情で帰省できなくなったと書いてあったが、おそらくこのことだったのだろう。

 音楽の聖人の選出に関しては、決定されるまで秘密にされる決まりだと聞いているから。

 しかし、真実の愛で結ばれている恋人がいるらしいピアットにとって、それは望ましくない状況だったと思う。

 我が娘のフォルティナとの穏やかな婚約解消を目論んでいただろう彼は、娘のデビュタントのエスコート役を放棄するつもりなどなかったはずだ。そんな真似をしたら、契約違反で彼が有責になることは明らかだったのだから。

 

 もっとも、ピアットが音楽の聖人に選ばれず、たとえ形式的にフォルティナをエスコートしていたとしても、これまで娘を蔑ろにしてきた事実は変わらない。

 娘は婚約の解消ではなく破棄を望み、私もそれを支持していただろう。

 

 まあ、いずれにせよ大聖堂はピアットからしっぺ返しを食らうことになるだろう。あの男がやられっぱなしでいるはずがない。今の彼にはそれだけの力があるのだから。大聖堂はそれを見誤っている。

 この世界において大聖堂は既に形骸化している。各国の首脳達も一応敬意は示しているが、それは形だけで一種のパフォーマンスに過ぎないのだから。

 世界中にいるピアットのファンが彼と大聖堂のどちらを信奉するかなんて、誰が考えても明らかだ。

 彼らはそのことさえ気付いていないのだろう。哀れだ。

 

 宗教音楽の後にまた自作の一曲弾き終えて、ピアットは立ち上がって一礼した。するとそんな彼に向かって、王妃がこう声をかけた。

 

「素晴らしい演奏をありがとう。とても素敵だったわ。あともう一曲だけお願いしてもいいかしら?」

 

「演奏可能な曲でしたら。忘れてしまった曲もありますので」

 

「それはそうよね。これまでにたくさんの曲を作ってこられたものね。でも大丈夫よ。楽譜は用意してあるから。

 私のリクエストはね、貴方の最初のレコードにもなったあの名曲『君に伝えられない素直な気持ち……』よ。ピアノ演奏と一緒に歌を歌ってもらえたら最高だわ」

  

 王妃のこのリクエストに再びホールの中は騒然となった。隣にいた姪もキャーと悲鳴を上げたので、私は思わず顔を顰めてしまった。

 しかし顔を顰めたのは私を含めた紳士諸君だけではなく、リクエストをされた本人も、王妃の前だというのに顔を顰めた。

 そして騒ぎが収まるのを待ってこう言った。

 

「王妃殿下、誠に申し訳ないのですが、あの歌はある一人の女性を思って作ったもので、その彼女の前でしか歌わないと決めておりますので、どうかご容赦ください」

 

 すると王妃は、機嫌を悪くするどころかにっこりと微笑んでこう告げた。

 

「ええ。そのことはもちろん知っているわ。でも問題はないわ。貴方の思い人ならちゃんとここに招待しているから」

 

「えっ?」

 

 ピアットが瞠目した。

 しかし、王妃の従者が連れて来た令嬢を見て、今度は喫驚していた。

 

「ピアット様。ご無沙汰しております。ワールドコンサートツァーお疲れ様でした。そしてこの度は『音楽の聖人』に選ばれたこと、心よりお祝い申し上げます」

 

 金髪碧眼の儚げご令嬢が見事なカーテシーをした後で、ニッコリと微笑んだ。

 ムューラント侯爵夫人にそっくりだったので、一目で彼女が隣国ガリグルット帝国のディーア=オコール侯爵令嬢だということがわかった。

 そう、ピアットの従姉だという、彼の運命の女性。

 

 これから恋人同士の甘いハグが見られるかもと女性達は期待を膨らませていた。

 しかし、それをピアットがあっさりと切り捨てたのだ。

 彼は眉を吊り上げ、不信感を露わにしながらこう訊ねた。

 

「貴女は一体誰ですか?」

 

「「「えっ?!」」」

 

 オコール侯爵令嬢だけでなく、王妃や王太子妃、そしてホールに集まっていたご令嬢も皆ポカンとした。

 もちろん私を含めた男性陣も……

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