第一章。冴子の最初の夫。神埼皐月①出会い
ここに、1人の男がいる。
名前は神崎皐月。
神崎は20代の時に、とある女性と出会い結婚をして子供を授かる。
その女性こそが、村田冴子。
絶対的被害者として、他者を不幸のどん底に突き落とす、冴子である。
秋田県から上京した神崎は専門学校を卒業後自動車工場に務めていた。
昔から、控えめで穏やかで誠実な性格の神崎は職場でも評判が良く街ですれ違う高齢者に手を貸したりと優しい素朴で真面目な青年だった。
ある日、神崎は上司の誘いで飲み会に参加する。
今でいう合コンのようなものだ。
「あの時、上司からの誘いを断っていれば」と、
神崎は数年後に死ぬほど後悔するのであった。
職場の最寄り駅からほど近い居酒屋で、男女6対6でほとんどが初対面という形で始まった宴に。
そこで、神崎は1人の小柄な女性に目を引かれる。
そう、冴子である。
甲斐甲斐しくサラダを取り分けたり、グラスにビールを注いだりと、小柄で大きな瞳の黒髪の女の子に神崎は心を奪われてしまったのである。
まず、目についたのは冴子の手だった。
彼女は生まれつき、左手の指が親指と小指しかなく、薬指は短く中指と人差し指は欠損していた。
そのような手で、一生懸命テーブルをふいたり誰かのグラスが空くと、すぐに何を飲むか尋ね、店員を呼び注文する。
当日の宴では、参加者の男は全員冴子を気に入っていた。
冴子に心を奪われていた神崎だが、その時は相手にされる訳なんてないと思っていた。
なんせ、自分はイケメンとは程遠い地味な顔立ちで
恋愛経験もほぼないに等しい。
明るくその場を盛り上げるタイプではないし、
口べたなのだ。
宴に誘ってくれた上司は、明るい茶髪に整った顔立ち、話上手で恋愛経験も豊富。
上司も冴子を気に入っていたので、2人は付き合い始めるであろう。
自分はどうせ人数合わせだと神崎は思っていたので、冴子に連絡先を聞くこともなく、もう会うことはないだろうも思った。
みんな盛り上がっていたが、神崎は明日の朝早くに終わらせなければならない作業があったので、
一万円をテーブルにおいて、場の雰囲気の邪魔にならないように、軽くみんなに挨拶を済ませると、
1人で先に店を出て、自宅へと歩いていた。
その時、後ろから「待ってください」との声がして振り向くと、息を切らして、走ってきた冴子だった。
驚いて言葉が出ない神崎が立ち尽くしていると、冴子が5000円を渡してきたのである。
「神崎さん、ビール1杯しか飲んでないし焼き鳥3本とサラダしか食べてないでしょ??それで一万円は高すぎる」と、一生懸命走ってきたのであろうまだ息は整っていないなか、にこりと笑った。
神崎は生まれて初めて心が震えるという経験をしたのだった。
程なくして2人は付き合いはじめた。
何故、顔立ちが整っており陽気な性格な上司ではなく地味で素朴な自分を選んでくれたのか神崎はわからなかった、幸せだった。
冴子さえいてくれれば良いと、冴子を幸せにするために仕事も頑張ろうと心に決めて充実した毎日だった。
これが、地獄の始まりだということに、彼はまだ気付いていなかったのだ。