失い始める。
この日、綿矢が遅番で出勤するとすぐに上司の木下から呼び出しがあった。
「すみません、指名ではないのですがご新規さんの予約が入っています」と伝えると、木下は
「指名じゃないなら、他のスタッフに入ってもらうから、あなたはこっちに来て!すぐに」
スタッフルームで木下と2人で話す事になった。
いつも穏やかでミーティングの時など必ずコーヒーを買ってきてきてくれる木下。
しかし、今日はコーヒーなどを用意してくれることもなく、どこか焦った様子だった。
「単刀直入にきくわね、プライベートの事に会社として口を出すつもりはないのだけど、あなた神埼さんと付き合っててお子さんが出来たって本当??」
綿矢は血の気が引くのがわかった。
誤魔化すつもりはないが、今の現実があまりにも、自分の心とかけ離れていて、言葉が出てこないのである。
「否定しないのね。」ため息をつく木下。
木下は綿矢がこの会社に入社した時からとても目をかけてくれた上司である。
綿矢くんセンスあるね。施術も上手いし、お客さん対応も上手いからすぐにトップになれるよ。と何度も言ってくれた尊敬してやまない上司が、今、目の前で自分に失望している。
声が出ない。情けないが、涙が出そうになるのを悟られないように堪えた。
「すみません」その一言しか言えなかった。
木下は、「あのね、恋愛は個人の自由だけど.不倫も犯罪ではないの私も解っているわ。でもね、神埼さんもこちらのパートであなたは正社員。ここは、整骨院であり整体サロン、お客さまから信頼を失ったら終わり。今不倫に対してどのように世間が反応するか、解ってるわよね。こんな事が公になったら、あなたこの
店舗がどうなるか解る??」
「移動は免れない事は、覚悟しておいて、あなたしばらくご新規のお客さん取らなくて良いから」
「はい」とう一言しか出てこなかった。
「これから、申し訳ないけど、社員に状況を説明します。シフトの変更だったりお客様の引き継ぎだったりみんなに迷惑をかけることになりそうだから。」
「すみません」さすがに声が震えた。
しかし、何故こんなに早く会社に知られたのだろうか。冴子の妊娠を知らされてから自分もまだ数日しか経っていなかったので驚いたのだ。
「あの、どうしてこの話を??」
「神埼さんが、あなたの奥さんになる人が昨日みんななに報告していたらしいわ。正直言うと残念。こんな形じゃなくて、あなたの口から直接聞きたかった。私があなたに期待していたの解ってたでしょう」
綿矢は声が出ない。膝の上で拳を握りしめる。
あなたに期待していた。という過去形の言葉が本当に痛かったのだ。
その信頼失った事を痛いほどに感じていた。
「一番傷つくのは誰だと思う??それは、神埼さんのお子さんよ。」
木下の言葉が何度も何度も頭の中で何度も繰り返し響いていた。




