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天草教授の怪奇譚  作者: 北田 龍一
『異世界転移の珠』の噂

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『異世界転移の珠』の噂

 それは、どこから流れ出した噂だったのか……いや噂など最初から、出所などはっきりしない物。論拠も根拠も必要なく、面白かったり、興味を引く内容であれば、噂は自然と人々の間に広がっていく。真偽も整合性も関係なく、某大学内にある噂が広まっていた。


「――『異世界転移が出来る珠』の噂……か」


 郷土研究室の主、天草教授の元に……とある噂を聞きつけた人物が、意見を求めてやってきたらしい。以前のようにお茶を出しながら、来客を渋い顔で出迎えた教授は、否定的な態度を取る。


「私が専門としているのは、民俗学や郷土研究だ。異世界云々は完全に守備範囲外。助言を求める相手を間違えていないかね? 代永(よなが)君」


 広報部の代永は「ですよねー」と呟いた。以前彼は『郷土研究室に悪魔がいる』と言う噂を確かめるべく、三人でここを訪れた経験がある。あれ以降接点が無かったし、これからもそうだろうと思っていた。あの後、何が起きたかも教授はなんとなしに察している。現に少し代永は怯え、目線が時折――『何もいない筈の鳥類用の止まり木』に泳いでいた。


「正直、的外れなのは重々承知しているッス。でも、その、教授は……『本物』との接点がある人ッスから」

「あぁ……君はハルファスが見える人種だったか」

「てか教授! 最初俺達広報部が取材に来て……ハルファスが異変起こした時、綺麗にすっとぼけやがりましたね⁉」

「はっはっは、君のような感のいいガキはしょっちゅう来るのでな。誤魔化すのも慣れたもんさ」


 二人には『鳩の姿の悪魔』が見えている。それが『ハルファス』と名乗る悪魔な事も知っている。だから、止まり木の上でケタケタ笑っているのが見えていた。

 悪魔の声は聞こえないが、存在は認知している代永。その経験から彼は、天草教授を頼ったらしい。


「でも、天草教授は不可思議な現象に理解があるじゃないッスか」

「頭ごなしに否定はしないが……しかし、相手は選んで欲しいものだ」

「そ、そんな事言わずにお願いするッス! 正直、他に頼れる奴もいなくて……」


 弱り果てた声色で、教授に縋りつく代永。そうは言われても、こればかりはお手上げと首を振った。


「私も『異世界転移』については、一般的な範囲で知っているが……これだけではな。いっそ同年代の意見を聞いた方が、よっぽど参考になるだろう。君達世代の方が、慣れ親しんだジャンルではないかね?」

「確かに詳しいかもしれないッスけど……同年代だと『異世界転移の噂なんて、本気で信じちゃってんの?w』って、馬鹿にされかねないッスよ」

「あー……」


 所詮は創作物。ファンタジーとして楽しむべき物を、本気にしたら嗤われる。ましてや異世界転移・転生系の話は、現実で上手く行っていない人間が、主人公になりやすい。

 つまり、この噂を本気で信じていると公言しようものなら……『負け組からの一発逆転を夢見ている』と言いふらすようなもの。良く知られているからこそ、相談しにくい事もあるか。

 いや待て、教授は考える。

 正直言ってこの噂は、誰かに相談するのが難しい内容だろう。所詮は創作物だと割り切っているから、娯楽として成立する。相談する相手が誰であろうと、真剣に語れば馬鹿にされるのでは?

 となると……教授はさらに考える。何故代永が『神秘に対して理解がある天草太一教授』に、この噂を持ち込んだのかを。しばし無言で考えた教授は、一つの推測を投げかけた。


「同年代に話したくない理由は分かった。だがやはり、私である必然性は薄い。親兄弟や親族はともかく、相談するならネット上でやればいい。元々はネット発祥の文化だ。からかう奴はいるだろうが、話し合おうとする奴も出てくるだろう」

「……」

「その選択肢を蹴って、わざわざ私に相談に来るのなら……いるんだな? 代永君の身辺に『異世界転移を実際に経験した誰か』が」


 代永は曖昧に笑った。教授の発言は当たらずとも遠からず、らしい。


「結局自分も、知り合い伝手に聞いたんで……噂は噂ッス」

「予防線張りはいい。大方予想するに、何か問題が起きているんだろう?」

「はい。なんて言えばいいのか……後遺症、とでも呼べばいいッスかね。異世界転移したって主張する人物がいて、その後、なんかヘンになっちまってて……」


 さもありなん。異世界に呼ばれたとして、その代償があってもおかしくない。ただ、この『おかしくなった』は、判別が難しいように見えた。


「本気で『私は異世界転移したんだ』なんて主張自体、一般的には大分ヘンだが……そういう意味合いではないな?」

「はい。どうもヨーロッパ圏の文化や風習に、スゲー怒りを……もっと言うなら憎悪を向けている感じでして。聞いたとこによると『白人を見た瞬間、いきなりガン飛ばした』なんて話も。スプーンやフォークを見るだけで不機嫌になるとか」

「それは……確かに深刻な症状だ。異世界転移云々の話も合わせれば、精神病棟にブチ込まれる案件だろう。……私が出る幕は無さそうだが」

「そ、そう言わずに……ホント。お願いするッス」


 天草は唸った。これは精神病か、それとも何らかの怪異が引き起こす事変なのか……判別がかなり難しい。しかし異常な現象である事だけは、断言してもよさそうだ。


「……分かった。こちらでも少し調査してみよう」

「助かるッス!」


 そう言うと、代永新米記者は教授に連絡先を残して立ち去った。

 教授はしばらく難しい顔で唸ったが……残念ながら、皆目見当もつかなかった。

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