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天草教授の怪奇譚  作者: 北田 龍一
郷土研究室の噂
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噂の真相

『くっくっく……正解だ。オレサマと天草は、別に契約関係って訳じゃねェ。特に主従もねェよ』


 スマホに記された真実は、噂の一部を否定する内容だった。教授は悪魔の力を使ってなどいなかった。

 だが、しかし、これだと新たな疑問が湧いてくる。機嫌が良さそうなハルファスの様子に、見える代永が余裕を取り戻したのか、質問した。


「じゃあ、なんでここにいるッスか? 契約とか、主従関係が無いなら、ここにいる理由もないんじゃ……」

『そりゃお前……今、オレサマがお前らの取材を受けているのと、同じ原因だよ』

「ど、どういう事?」

『要は暇なのさ。悪魔界隈も、ここ近年は世知辛くてね』


 まさかの事情に、三人が互いの顔を見合わせた。しかし能力を体験した彼らとしては、いまいち納得のいかない返答だ。


「こんな事が出来るなら、引く手数多じゃないの……?」

『需要があるのは否定しねぇ。未だに人間どもは戦争やってるからな。だが……今の戦争はオレサマ好みじゃなくてね。契約条件に合わねェって、突っぱねてんのよ』


 いまいち主張が理解できず、三人がすっとぼけた顔をする。悪魔を召喚し、契約を結ぶには、何らかの条件や供物が必要なのは想像できる。それが用意できないから、召喚に応じないと? 困惑する人間どもに、実に悪魔らしい答えを『ハルファス』は謳った。


『オレサマの契約条件は『悪魔ハルファスの力を使って、多くの戦乱を引き起こし、人間同士で臓物をブチ撒ける光景を作れ』だ』

「え、えぇ……?」

「報酬後払いって事ッスか?」

『そういう表現も出来るな。悪魔にしちゃ、珍しい支払い方式かもしれん』

「何故、そんな物が契約条件に?」

『――好きなんだよ。人間が生々しい感情をむき出しにしながら、生身で切り合い嬲り合って、ハラワタを戦場にぶちまけるのが』


 園山は悪魔の凄絶な声を聞き、代永は悪辣な笑みを目撃する。その邪悪さは間違いなく、悪魔と呼んで差し支えない。凍り付く空気に悪びれもせず、悪魔は開き直って見せた。


『引かれるのは分かるさ。だかオレサマは悪魔なんでね。悪趣味で当然っちゃ当然だろう?

 けどよ。今の戦争はいけねェ。感情の方はともかく、殺し合いが簡単になり過ぎた。内臓をぶちまける間もなく焼け死んじまうし、遠距離での戦闘が普通になっちまった。

 オレサマはよォ……人間が近接武器で口汚くののしり合いながら、憎悪を吐き合いながら血の海に沈む――そういうのが好みだってのに! 遠隔武器は戦場の賑やかしでいいんだよ! 爆弾やら戦闘機やら、ドローン、ミサイルなんぞ使ってんじゃねェ!』


 近代兵器の数々を、恨めしく罵倒するハルファス。悪魔の感性は理解不能だが、現代の戦争は、ハルファスのへきに刺さらない……らしい。引きつる三人に取り繕うように、悪魔はもう一つの理由も語った。


『それに……最近は衛星カメラや、道具の出入りの管理もデジタル化して厳しくなった。昔はその辺りガバガバだったけどよォ……現代でオレサマが戦争に関与すると、あっという間にバレちまう。

 いきなり拠点が出来たり、補給路が断たれてるのに弾薬が尽きなかったり、部隊が別の場所にワープしたら不自然だろ? んでオレサマの関与が確認されたら、祓い屋や偉い教会の方々が飛んで来る。そしたら逃げるしかねェのよ……』

「せ、世知辛いッスね……」

『正直辛い。とてもつらい』


 恐ろしきかな現代科学。発展した文明が、悪魔の介入を難しくしていた。後輩二人が同情を見せる中、小原だけは違った。情に流される事なく、話題逸らしを切り捨てる。


「質問の答えになっていません。暇だ、と言う事は納得出来ましたが……それで本校の『郷土研究室』に居座る動機とは別でしょう。あなたが関与していない戦争で、ご自身の趣味嗜好を満たす事も出来るのでは? 何にせよ――『今ここにいる』理由の説明になっていません」


 後輩二人が目を見開いた。悪魔の話に流されそうになっていた。確かに、暇な事の説明はしているが、ここにいる必然性には、ハルファスは一切触れていない……

 またしても低い声で笑いながら、悪魔は真相を開示した。


『くっくっく……賢いじゃないか。いいだろう。見抜いたなら、報酬代わりに教えてやる。とっておきのネタだから、聞き逃すンじゃねェぞ?

 実はよォ……教授の先祖に、オレと契約した奴がいるんだわ』


 三人がゾッとする。悪趣味な話を聞いた後で『契約した奴がいる』と聞けば、召喚者が何をしたかは想像に難しくない。教授個人と関係している……とは考えたくないが、不安い駆られた園山が問うた。


「それって……どれぐらい昔の話?」

『イエミツって奴が一番偉かった時代だ。そこでオレは天草の先祖に呼び出しを受け、契約にのっとり力を貸した……ってワケよ』

「かなり昔の話ッスよね。今も約束を守っているッスか?」


 ――返答は、しばらくなかった。ただ、姿が見えていれば気が付くだろう。悪魔は……悪魔らしからぬ感傷に浸っていたことに。懐かしくも大切な思い出を語るような、非常に人間臭い表情を、鳩の顔で作っていた事に。


『いや……契約は満了した。オレを縛る契約事項は何もない。ただな……天草の先祖は、オレを完璧に使いこなして見せていた。オレを使役した奴は何人もいるが、トップ5に入る運用だったと断言しよう。加えて……ククク。天草の先祖は信じられねぇレベルのゲス野郎でな。オレと趣味が合ったんだよ』

「そ、それは、つまり――人間を、グロテスクに、殺すことを」

『愉しめる性質だったのサ。いやぁ、美少年な聖人ってツラしてヒッデェ男だっだ!』


 どう考えても罵倒な筈なのに、なぜかこの文言から悪意を感じられない。薄々理解し始めていたのだ。悪魔ハルファスにとって、天草教授の先祖が、どのような存在だったのかを。


『最初こそ使役する、されるの関係から始まったが……趣味は合うし、オレの能力の使い方も優れていた。臓物をぶちまけた数も――正直あそこまで見事に、大勢の人間の殺せるとは思ってなかった。オレを大いに満足させる、稀有な才能の持ち主。いやそれだけじゃねェ。気の合う友人、って奴だった』


 悪魔を召喚し、使役し、そして趣味が合い、友人とまで言わしめる人物。その子孫が遥か未来で、知的な教授職に就いているとは想像できまい。全く関係性が無さそうな悪魔の噂は、なんてことない。人にも辛うじて理解可能な動機だった。


『だから、まァ、暇な時は……顔を見に来たくなっちまうのよ。遠い昔の、人間のダチの子孫をサ』


 たったそれだけ。たったそれだけの理由で、悪魔はここにいると証言する。素直に信じていい相手じゃないが、嘘と呼ぶにはあまりにつたない。情に流されていた二人だが、ここで――小原が気が付いてしまった。


「天草教授の祖先が――『過去の天草』が、あなたと契約し――『乱』を起こした?」


 先輩は何を言っている? 回らない頭で小原を見れば、青い表情で唇を震わせている。見えず、聞こえない人間が、その実核心を鋭く射抜いていた。

 現に、次のメッセージは酷く意味深な表示をする。


『お前は、本当に察しが良い。昔話をした甲斐があるよ』

「…………」

『さて、取材は終わりだ。いい暇つぶしになったよ。だから特別サービスだ。最後に悪魔ハルファスの力、体験していくと良い』


 反応を許さず――次の瞬間、鋭い閃光が三人の眼前を焼く。耐えられず目を閉じると――『床に倒れていた三人はいつの間にか、広報部の室内に突っ立っていた』のだ。


「「「⁉」」」


 馬鹿な。さっきまで研究棟の一角にいたのに。そこで身動きが取れずにいたのに。まるで白昼夢でも見ていたかのようだ。あるいは――『ほんの一瞬で、別の場所に転移させられたかのよう』に。


「三つ目の、能力……」


 園山が呆然と呟く。悪魔ハルファスの『兵員を自由に移動させる』権能。軍事的な距離を移動を可能とするのだから、大学内に人を飛ばす事ぐらい朝飯前だろう。

 愕然とする中、記者魂を持つ彼が慌てふためいた。


「カメラが……映像を取っていたスマホが無い!」


 取材の証拠が消えている……慌てて園山と代永が自分のスマホを確かめるが、悪魔と対話するために作った部屋も存在しない。残っているのは、自分たちの記憶のみ……いや、それとも本当に、幻覚か何かでも見ていたのだろうか?

 何を信じればいいのか分からない中……広報部の別チームの人間が室内に入る。呆ける三人を発見すると、首を傾げつつ聞いてきた。


「あれ? 今日は三人で研究棟に……悪魔の噂を確かめに行きましたよね? 早くありません?」


 ――夢ではない。

 あの悪魔も、あの力も、本物なのだと三人は確信する。何も手元に証拠が、成果が無いのは……恐らく、記録に残すことは許さないという、悪魔からの忠告だろう。


「いや……何でもないよ」


 すべてを察した小原が、引きつった笑みで答える。

 部員は訝しみながらも、深く掘り下げはしなかった。

 それから誰も――『悪魔の噂』を追求する者は、いなくなった。

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