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天草教授の怪奇譚  作者: 北田 龍一
郷土研究室の噂
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悪魔の力

『郷土研究室の悪魔』――その怪奇現象に遭遇した広報部の三人は、その正体に対し目星がついた。ソロモンの悪魔・ハルファスこそが正体であり、天草教授はこの悪魔と契約し、教授職を得た疑惑がある。それを確かめたいが、天草太一教授に問い詰めてもゲロるとは思えない。

 そこで――広報部の面々は考えた。教授がダメなら、噂の発信源である『悪魔』へ直接取材を試みれば良いのでは? と。


「さて――小型カメラは回っているね? 音声も大丈夫かな?」

「うッス! いい奴持ってきたんで、音声も映像もクリアに映ってるッス!」

「園山君も準備はいいね? 悪魔の声を聞けるのは君だけだ。交渉を頼むよ」

「はい……が、頑張ります!」


 足が竦み、声は震えている。それでもどうにか絞り出した、健気な勇気で研究棟の一角を彼女は進んだ。

 場所は大学の一角、以前訪れた『郷土研究室』に続く薄暗い通路。歩き進むは広報部の三名。いつ怪奇現象に遭遇しても良いようにと、神経を張り巡らせて、彼らは悪魔の存在を探した。


「で、でも小原先輩……先輩は聞こえないし、何も感じないんですよね? 大丈夫なんですか?」

「ふっふっふ……ナメてもらっちゃ困るよ! 対策は用意してきた!」


 不安がる後輩とは裏腹に、先輩は胸の内からいくつかの品を取り出す。自信満々な様子だけれど、見せびらかすソレに呆れてしまった。


「紙で書いたコックリさん一式セット! 西洋の悪魔だから、お神酒の代わりに小さなワインボトル! そして万が一戦う事となった時のための――除菌消臭のスプレー!」


 前者二つは分からなくもない。お供え物と、取材のために意思疎通を図りたい。しかし最後の一つは……相手を雑菌か何かだと勘違いしているのではないか? 訝しむ二人に対して、何故か小原先輩は自信満々だ。


「おや、君達知らないのかい?」

「「何を?」」

「除菌消臭スプレーは、なんと除霊効果があるんだよ! ほら、葬式の後に塩を撒くじゃないか! あんな感じの効果があるらしい!」

「い、いや、だって……えぇ?」

「悪魔をやっつける必殺アイテムとか無いッスか⁉」

「申し訳ないが、気の利いた道具は一つも見つからなかった。十字架も聖書も品切れでね。ニンニクならどうにかなりそうだけど、相手は吸血鬼とは異なるからねぇ……身近で用意できそうなのは、これぐらいしか無かったんだ」

「これなら、そこらのドラックストアやスーパーで購入できますものね」

「念のため君たちにも渡しておこう! もし悪魔に襲われたら、自衛に使うと良い」


 何とも言えない気持ちで、除菌消臭スプレーを受け取る。こんなものでハルファスを撃退できるだろうか? 不安だが、未知の存在に丸腰でいるよりマシか。おずおずと受け取り、人通りの少ない研究棟を進むと、代永が「あっ!」と声を上げた。


「今、二つ先の窓から鳩が室内に入ってきました! 二人には見えているッスか?」


 急いで小原がカメラを向ける。園山も表情が緊張している。この時点で代永も確信した。彼が今見ているのは、二人には見えない鳩なのだと。

 慎重に、ひそひそ声で、小原は『聞こえる』園山に訊ねた。


「悪魔は……何か言っているかい?」

「不機嫌そうにな感じで……ガンを突けられた不良みたいな、ガラの悪い声を発してます」

「見える限りの態度も、そんな感じッスね。眉を上げて『あァん?』みたいな」


 機嫌が悪いのだろうか? あまり友好的な様子ではない。しかしせっかく『異常な存在』と対面し、対話が可能かもしれない――記者根性で見えもしない、聞こえもしない相手に話しかけようとした、まさにその時だった。

 地獄の底から吹き付けるような、圧倒的な冷気が三人の肌を刺した。物理的な寒さではない。これはまるで――悪魔から威圧されたような、痛烈なプレッシャーが魂に恐怖を刻んで来る。全く見えない、感じられない筈の小原でさえコレなのだから、片方は見えて、片方は聞こえているのだから、恐怖は倍増していた。


「な、なんか、すごい顔でブチ切れているッス……!」

「小原先輩! これ、取材どころじゃない――」


 危機を感じたが、あまりに遅すぎた。次の瞬間――突如として三人の両脇から、無数の『棒』が倒れてくる。厳密には木製の棍なのだろうが、いちいち思考する余裕はない。挟み込みように雪崩れ込んできた。


「な――!」

「う、うわっ!」

「ひっ!」


 ギリギリの所で後ろに引くと、大量の棍が廊下にブチまけられる。何の前兆も無く、虚空より現れたソレに震えた。まるで一瞬でワープしてきたかのよう。事前に調査した時の能力の一つ――『武器を満たす』悪魔の力の応用か?

 甘く見ていた。悪魔ハルファスは軍事を助ける存在だと、直接の戦闘力は無いと高をくくっていた。だが――腐っても『悪魔』なのだと改めて認識し、来た道を戻ろうとした。しかし。


「これは……土嚢⁉」


 土を詰めた麻袋。それを積み上げれば、巨大な防壁として機能する。試しに小原が体当たりを繰り出すが、簡単に弾かれてしまった。

 当たり前だ。戦場では、銃弾に対しての遮蔽物としても使える質量物だ。それが通路を塞ぐように積まれていては、一人のタックル程度で崩せはしない。悪魔の力、ハルファスの力に気おされた所に、彼らの側面にまたしても、大量の棍が現れて倒れた。


「うっ……わぁっ⁉」


 前は『一回目』でまき散らされた棍で、足の踏み場が無い。左右からは挟み込まれ、退路は土嚢で塞がれている。逃げ場を失った三人は、工事現場よろしく下敷きになってしまった。


「いててて……」


 重力に引かれただけだが、元が武器なので打撃力はある。まだかすかに体を動かす隙間があったが、間髪入れずに槍が付近の地面を突き刺した。

 まるで昆虫の標本だ。彼ら三人を直接傷つけていないが、槍の柄が交差して拘束具と化している。全員の身動きが封じられ、虚しく除菌消臭スプレーとカメラ用のスマホが地面に落ちた。


「ひぃぃぃいっ! 先輩っ! 助けてください先輩っ!」

「お、おち、落ち着き給え! ま、まだわたし達は何もしていない! たまたま機嫌が悪かっただけで――」


 言葉を遮るように、砲丸ほうがんの珠が研究室棟の床に落ちる。またしても『転送』したそれを見て、完全に言葉を失った。

 生殺与奪を悪魔に握られ、記者三人がガタガタと歯を鳴らす。誰も次の行動を起こせない状況で――『悪魔』はある物を取り出した。

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