噛み合わない悪魔
園山が耳にした『しわがれた老人の声』――代永が見た『窓を叩く剣呑な表情の鳩』――そして小原が取材のきっかけとした『郷土研究室にいる悪魔』の噂。断片的な情報を組み合わせた結果、これらの要素をすべて合致させた存在がいた。
「先輩……こんな偶然あるのでしょうか? だって、これ……」
「待て待て、結論を出すには早いよ。有力な手掛かりな事は、間違いなさそうだけどね」
そうは言うものの、小原先輩の声色からも興奮が隠し切れていない。本物の悪魔を発見できれば、間違いなくスクープだろう。ゴシップや心霊系の記事にはなるが、大物の存在を証明できれば、話題沸騰の好機を得られるかもしれない。改めて悪魔の詳細を読みこみ、性質を確認した。
『ハルファス』単体では、すぐにピンと来ないかもしれない。しかしこの悪魔は、ある有名なグループに属する存在のようだ。
『ソロモン七十二柱』――遥か古の時代『ソロモン』と言う魔術師、あるいは王が召喚し使役したとされる悪魔たち。ロボット系列の作品群で、名称の元ネタになった事もあれば……英雄を召喚し世界を救う作品で、取り上げられた事もある。単独での知名度は低いために、あまり詳しい人間は少ない。まとめられたネット記事を読みこんでいくと、小原先輩は首をひねった。
「……特徴は確かに『ハルファス』と合致しているね」
「じゃあ決まりッスよ!『郷土研究室の悪魔ハルファス!』って見出しで記事を――」
「気持ちは分かるが落ち着きたまえ! わたし達はどういう腹つもりで教授に取材したかな? 思い出してほしい」
小原に促され、新米二人が取材前の流れを想起する。ホラー体験で記憶がやや混じってしまっているが、時間をかけて掘り起こした。
「確か……『悪魔がいる噂』を確かめにいって……そうだ。最初は『教授は悪魔の力を借りて教授職を得た』って流れにしたい感じでしたよね?」
「教授は否定的……と言うより、不愉快だって反応だったッスね。あれもしかして、痛い所突かれたからじゃないッスか?」
「わたしも近い思考の流れをしていたよ。でも……それだと『ハルファス』は妙なんだ。記事をよく読み直してみたまえ」
言われるまま『悪魔ハルファス』について調べ、内容を読み解く二人。徐々に理解が深まっていくと、その表情は先輩の物に近づいていった。
彼らが読んだのは『ハルファスの能力』――悪魔だからと言って、いや悪魔だからこそ全能ではない。得意不得意や、何を好むかなど、明確な個性がある。特徴が合致した悪魔の能力は、教授になるために呼び出すには、あまりに不適格な物が羅列されていた。
『軍事に長けた悪魔』
『塔や要塞、防衛拠点を作り出す』
『武器庫に武具を満たす』
『兵士を好きな位置に転送できる』
様々な媒体があるが、大本のネタを紹介する記事は、このような紹介がされている。情報の共有が終わった所で、小原先輩は頭を掻いた。
「まだ紙媒体、本で調べてないから断言しかねるが……これらの能力は『悪魔と契約して教授職を得た』とするには無理があるよ」
「う、うーん……でも、不得手なだけで出来るかもしれないでしょう?」
「……それなら、最初から知識を持っている悪魔を呼ぶか、未来を予言する悪魔を呼び出した方がいいじゃないか。厄介なことに『ソロモンの悪魔』の中には、その手の知識・知恵について得意とする悪魔もいるようだし、下手に記事にしたらヤジが飛んできそうだ」
取材をするだけあり、先輩は別の悪魔の記事も読み始めていた。確かに『ハルファス』は軍での戦闘に向いた悪魔であり、知恵を与えたり、呪いをかけたりする悪魔ではない。そして『ソロモン七十二柱』の中には『ハルファス』よりよっぽど、教授職を獲るに向いた悪魔が存在している……
「どういう事でしょう、これ。だって特徴を考えたら――」
「あぁ、ハルファス以外は考えにくい。けれど『悪魔の力を借りて教授職を獲った』と主張するのは、能力的に無理がある」
「どうするッスか? ボツネタにするしか……」
取材の諦めを口にする後輩に、小原大先輩は頷きつつ否定した。
「そうだね。これが正式な新聞社や雑誌なら、ここで調査を打ち切るのも考えるだろう。けど、今回のネタは君達への経験を積ませたい気持ちが大きい。それに、わたしの好奇心も疼きっぱなしさ! 最後までとことんやろうじゃないか!」
「でも……方法はあるんですか?」
「はっはっは! 全く見当もつかない!」
後輩二人は、危うくコケそうになった。手掛かりなしと堂々と言わないで欲しい。あるいは『自分で考えてみろ』と促しているのだろうか? 頼れないと悟った園山と代永は、互いに意見を出し合った。
「ど、どうする? もう一回教授に取材かけるッスか?」
「……無理じゃない? 教授は……何も知らないのか、知ってて綺麗にとぼけているのかって感じだし。つついてボロを出すと思います? 小原先輩」
「経験則で話すけど、ほぼほぼ無理じゃないかな。いなすのに慣れているのか、素でやってる感触だったよ。分かりやすく『ネタを隠しています』ってにおいはしなかった」
「はあ……じゃあ、悪魔に直接取材を申し込んでみます?」
それはダメ元での発言、何気ない一言だったのだろう。発言した園山は気が抜けているが、男性陣二人には良い感触だったらしい。
「そうか、その手があったか! 園山君は聞こえて、代永君は見える……二人が揃えば、悪魔へインタビューが出来るかもしれない!」
「え、あ、あの? 本気で言ってます?」
「でも、実行出来たら間違いなく大手柄ッスよ! そうでしょ⁉」
「それは……まぁ……」
乗り気な小原と代永に対し、園山は難しい顔で唸るばかり。何気ない一言が、予期せぬ方向に話が向かったらしい。
かくして――広報部の三人は『無謀にも』悪魔ハルファスへの取材を、試みる運びとなった。