相手の正体
郷土研究室へ赴き、天草教授への取材を終えた三名が部室に帰還した。軽く取材の感触を話し合うが、まだ細かな内容までは伝えない。軽く流しの記事にする予定だったが、小原先輩は熱弁する。
「例の噂……『郷土研究室には悪魔がいる』の真偽は何とも言えない。ただし――連れて行った後輩二人が、何らかの心霊現象を体験したようでね。適当なゴシップにするには惜しいし、取材の経験を積ませたい。確かネタのストックもあったね? 申し訳ないが、そちらで埋め合わせて欲しい」
先輩の言い分に、半分は納得した様子で『広報部・編集班』の人間が唸った。四年間の大学生活、三年生になれば就職活動もある。大学生として講義の取得もあれば、意外とサークル活動に打ち込める期間は短い。後継者の育成は、早い方が良い。
ただし、編集班は小原の本心を見抜いていた。目的は後輩への経験値だけじゃない。単純に小原個人の探求心が刺激されたから……真実を掘り起こし、確かめたくて仕方ないのである。
パパラッチ根性、ここに極まれり。後輩二人も顔を引きつらせる中、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに、取材についておさらいを始めた。
「さて、状況を確認するよ? わたし達は悪魔の噂を確かめに行った。残念ながらわたしは『現象』を体験する事が出来なかったが……代永君は『鳩が窓をつついている姿』を目撃し、園山君は『天草教授に荒々しい口調で、ここを開けろ』と訴える声を聞いた」
「「はい、そうです」」
改めて怪異と遭遇した場面を振り返り、二人とも肩を震わせていた。とはいえ、一度撤退し、距離を取り、話を纏めた事で恐怖は和らいだのだろう。取り戻した理性で、もっともらしい疑問を口にした。
「でも、なんてアタシには声だけ聞こえて、代永っちには見えるだけだったの?」
「うーん言われてみれば……もしかして、関係ない怪異が二種類いて、別々の奴だけが認識できていた、とか?」
「そうだね。そちらの可能性も考えられる。何せ郷土研究室には、怪しげな物品がいくつもあったから……ただ、わたし個人としては、恐らく怪異は一体だけと思う」
「どうしてッスか?」
後輩の疑問に対して「憶測だが……」と前置きを挟んでから小原は言った。
「先ほども言ったけど『郷土研究室には、怪しげな物品がいくつもあった』状況じゃないか。つまり最悪の場合『怪異が二体どころか、多数存在していた』可能性も含まなくちゃいけない」
「そんな……もしそうなら、あの研究室は魑魅魍魎の巣じゃないですか!」
「となると『君たちが一種類ずつしか異常を検知していなかった』事と、矛盾するね?」
「「あっ!」」
落ち着き、広がった視野が、新たに湧いた疑問を打ち消したようだ。先輩の指摘を受ければ、その結論は明白だった。
「あの研究室に『いくつかの本物のオカルト物品』が存在していたとして、君たちが別々の怪異を認知したとしたら……何故お互いに『一つずつ』しか異常を検知していないのだろうか? それに無数に存在しているなら、流石にわたしや教授も何か、異常を察する事が出来たのではないかな?」
「う、うーん……どうなんでしょうね」
「でもさ、オレが見た『鳩が窓をつついたり体当たりしたり』と園山の『ここを開けろ!』って言動は繋がりがあるような気がするよな?」
「一貫性があるよね。別々だとするなら出来過ぎだ」
ちらりと園山を見ると、彼女も頷きつつ様子を語った。
「そうですね先輩。しわがれた老人の……ドスの利いた声色でした。正直すっごく怖かったです。まるで、地獄の底から響くような、その、悪魔みたいな声でした」
「……代永君はどう見えた? 悪魔のような威厳はあったかい?」
「顔つきは……すっげー物騒な鳩の表情って感じッスけど、嘴に挟んだ、なんかの腸みたいな臓物を除くと……あぁでも、どうなんッスかね。出来れば目を直接合わせたくないとは思ったッス」
断言はできないが、噂にあった『悪魔』について、小原先輩は強い興味を持っている。しばらく無言で考え込む小原に、園山は質問した。
「あ、あの……仮に怪異が一体だけだとしても、それが『悪魔』なのかは分からないと思いませんか? あれだけオカルトな物品が置いてあるなら、別の噂もたくさん――」
「そこなんだよ、実はわたしも、この噂を聞いた時からずっと疑問だったんだ。何故よりにもよって『悪魔』と断言した噂だったのか……」
「どういう事でしょう?」
「だって、ここは日本だよ? オカルト系の噂を取材する場合、普通は鬼とか妖怪とか、霊とか神様の噂が先行する。次いで呪いとか呪物とかが顔を出すかな。西洋系のモノが顔を出すのは、基本的にその後なんだよ。なのに早い段階で『悪魔がいる』と断じる噂が出るのは、かなり違和感がある」
「……つまり?」
「火の無い所に煙は立たない……今回の現象も含めて『噂が本物』の線を強く見ている。あと一つ、何か決定的な要素があれば――」
間延びした言葉を、代永が突然の挙手で遮る。新人の彼は隠し切れない興奮と共に、反対の手のスマホ画面を見せつけた。
「先輩!『悪魔』『しわがれた老人の声』『鳩』の三つのワードを入れて検索したら、一つクリティカルヒットの情報がありました!」
「本当⁉」
それは思わぬ朗報、欲していた決定的な要素に他ならない。内容の理解に注力すると、確かに悪魔の情報が記載されていた。
『ソロモンの悪魔』『鳩、あるいはコウノトリの姿をしている』『しわがれた声・しわがれた老人の声で話す』――噂と体験を結びつける情報の羅列、確信をもって悪魔の紹介記事を見つめる。そこに記された名は――
「「「――ハルファス」」」