関係次第、使い方次第
死者を蘇らせる魔術と聞けば……多くの人間が危険な呪術、邪悪な呪術の印象が強い。映画や創作物の影響もあれば、事実として悪用されたケースも存在する。
しかし――そのすべてを『悍ましい用途』とするのも、極端な話なのだろう。天草教授は、キョンシーの魔術とその背景について語り始めた。
「キョンシーは……死体に魔術を込めた札を貼りつける事によって誕生する。原典のキョンシーの場合、魔術の性質は三種類の複合だ」
『内容は……どんな感じ?』
「『肉体の腐敗の抑制』と『キョンシー特有の運動回路』……この二つが、キョンンシーの特徴的な運動を司っている。最後の一つが『最後に会うべき人の住居へ行け』だ」
魔術的に肉体の腐敗を止め、運動機能を付与し、そして――非業の死を遂げた人物本人が、望む最後の再会を命じる呪術……そこに屍を弄ぶ意図はなく、最後まで人の尊厳を慮ったモノだった。
「目的地に着くと、キョンシーの魔術は解除される。だが僅かな間だけ、キョンシーと化していた人物は自我を取り戻し、自由を得られる。目の前には、自身が望む最後に会うべき人の住居……死者は最後に、会うべき人物と再会を果たしてから、屍へと還るのだ」
『ううむ……』
教授が始めた『キョンシー』の説明に、シギックは唸っている。しばし考え込んだ後に、反論を繰り出した。
『教授が最後に遭遇した話……『ゾンビ猫と学生さん』の話は、かなり近いと思うよ? でも、フクロウの奴と亀の奴は『捨てられた動物の復讐』って線で推理を進めていたよね? ちょっと違うんじゃ……』
「じゃあ、なんで『復讐の話』になったんだ?」
『そりゃ……飼い主側が、身勝手な動機でペットを捨てたからで……』
「言い方が悪かった。例えばこの『捨てた』の部分が、本当に……飼い主たちの望まない形の別れだったらどうだろう? 放し飼いにして、戻れなくなったとしたら?」
フクロウの飼い主が『ペットを手放す』口実として使って事だ。実際にこうした事は起こり得る。例えば犬でも、公園でリードを放して遊んでいたら、どこかに行って帰って来なかった……と言う話もあるようだ。
意図せぬ別れ、不幸な事故による別離……人か動物かの違いはあれど『キョンシー』が生まれた呪術の経緯との類似点がある。別れに悪意が無ければ、蘇った死者が訪れたとしても、危険な事にはならなかったと教授は語った。
「復讐の話になっちまったのは、飼い主側の問題だったんだよ。キョンシーの呪術的にも『最後に行きたい所へ行け』だ。要は当人が持つ強い未練に反応している。ならば、自分を捨てた飼い主の住居へカチコミかけて、何の不思議がある?」
『…………じゃあ、これ……ゾンビになった個体の、望み通りって事……?』
「そうだ。ちゃんと愛情もって接して、本当に不幸な事故で手綱が切れて……野生に慣れず死んじまったって経緯なら、襲われたりはしなかった。現に『亀』のケースでは、交流のあった息子に一切危害を加えていない」
シギックも同行した、ゾンビ亀の家の話だ。
身勝手な理由で、息子に断りなく亀を捨てた両親は、蘇った亀に噛まれた。
その件に憤り、しばらく両親と口を利かないほど亀を愛でていた息子には……普段通りに接して、そして死体に戻っていた。シギックも検分に立ち会っており――蘇り動いていた亀は、彼ら二人が確認した時は、何の変哲の無い死体へと戻っていたのだ。
「望まぬ最後の別れに、死者としての姿で惜別を……もしそこに、怒りや恨みが伴うのであれば、それは当人たちの関係性の問題だ」
『で、でも思う所、あるなぁ……風評被害、広がりそうだけど、うーん……』
「ゾンビかキョンシーかなんて、素人には判別不可能だろうしな。結局のところ人間って奴は、分かりやすい印象に囚われ、呪術が生まれた経緯や背景なんて、気にしてるやつの方が珍しい。シギックの懸念する通り、風評被害も生まれるかもしれん。
ただ、極めて個人的な主張をするなら……この『動物キョンシー』を生み出している魔術師は、暇なときに対処を考えるぐらいで良いと思うね」
死霊術を使う、見えざる魔術師の手に対し……教授はさほど焦りを見せていない。電話越しに困惑するシギックに、教授は何も臆せずぶっちゃけた。
「今回の事件、恐怖を伴うとしたら……事情を知らない部外者か、後ろめたい事をした身勝手な飼い主だか。んで、部外者はその時だけ恐怖して忘れる。が、飼い主側はトラウマ物だろう」
『いやいやいや……それを放置は……』
「キツい言い方になるが、飼い主側に責任が無いとは言えん。ちと痛い目に遭った方が薬になるだろうよ。もう一つの……本来のキョンシー通りに話が進むなら、多少の恐怖を伴いつつも、感動的な不思議な話で終わるだけ。緊急性も低いだろう」
いくつかの噂や怪異に対面した教授としては……もっと危険な事態に発展する怪異は数多く存在する。今回の『動物キョンシー』事件は、小さな因果応報をもたらすだけに過ぎない。教授個人の感情もあるが、放置して大事件に発展する場面には見えない。一応の理解を示しつつも、シギックは現実的な部分も話した。
『まぁ……だとしても、動物キョンシーを生み出している術者は、バレたら罰則あるだろうね……』
「それはそう。取り締まりは必要だ。悪事を放置すると『自分も平気平気』ってマネし出す馬鹿が湧いてくるし」
『だねぇ……でも、そうだなぁ……ボク、この魔術師と対話してみたいよ』
「ん? どうしてまた」
シギックはコミュニケーション能力に難がある。自らの研究に偏っている節があり、現場調査の時も不慣れな態度を見せていた。そんな彼が……他の魔術師に興味を持ち始めているようだ。彼は教授に答える。
『死霊術って、やっぱり印象悪い……よね? それを扱う魔術師も』
「……その側面は否めないな」
『でも、その……こういう使い方も、出来たんだなぁって。死者をただ操るんじゃなくて、なんて言えばいいのかな……人を、救う? 救うってほどじゃないけど、でも』
「善意……と表現するのも違うかもしれない。でも、そうだな。動機を考えれば悪くない」
『だね。後年の人たちが、意図しない改良しちゃってるの悲しいけど……』
「それはキョンシーに限った話じゃないだろう。科学の技術や研究だって、平和のためにと積み上げた事が、兵器に転用されちまう事だってある。それらは……悲しいがな、人の業って奴なんだろう」
技術の生まれた経緯はともあれ、悪用すれば害になる。それがオカルトであれ科学であれ、人の業こそが恐怖を生み出す源泉……なのかもしれない。
しかしそれでも……人は新鮮な事象に、興味を持たずにいられない。
それは刺激的な噂だったり、新しいコンテンツの登場だったり、現実に起こる事件だったり……誰だって、新しい何かが起こるのを期待している。あるいは、新しい何かに飛び込む事を楽しんでいる。
ふと浮かんだ、とりとめもない想像。賢者にでもなったつもりかと、教授は自虐気味に笑う。そんな天草教授の様子に気づかず、死霊術師は彼に問うた。
『教授、中国の呪術って、奥が深い……だっけ?』
「ん? あぁ。そうだ。私にも把握しきれん」
『でも、知ってるのもあるんでしょ? 良ければ……今度、講義してくれない?』
「どうした急に?」
『ちょっと……見識を広めてみようかなぁ、って』
死者を扱う術、蘇らせる術。邪悪とされ、偏見に満ちた目線に晒される呪術。それが現在の死霊術の立場。昔からも印象が悪かったが、近年のゾンビ映画で、さらに立場は悪くなった節がある……と聞いている。
そんな時代において『死者に最後の再会を』と、死んだ動物に札を貼る魔術師がいる。こちら側のルール的に思う所はあるが、決して悪用を試みている様子はない。
シギックは言葉に出さないが……感銘を受けたのかもしれない。教授としても、積極的に授業を受けに来る人物は歓迎だ。
「あぁ、いいぞ。面白いのはいくらでもある。魔術に限らず怪異も、うようよいるからなぁ……」
『そうなの?』
「中国は日本並みに魑魅魍魎が跋扈してやがる。現代は分からんが……少なくても昔は、呪術大国・怪異大国と呼んで差し支えない」
『聞いた事あるかも。龍とか虎とか、あと狐が凄いんだっけ?』
「日本にも引っ越しているくらいだからな……他にもいろいろあるぞ。『蟲毒』とか」
『興味ある。でも、今からじゃ遅いよね? また今度、お願い』
「おっと、長話になったな。授業の使い回しで悪いが、資料も用意しておこう」
――かくして、動物キョンシー事件の解決は、優先度が低い事件として、ほどほどに調査が進む事になる。
術者の意図は分からないが……非業の死を遂げたペットに対し、最後の出会いの機会を与えようとしている、のだろう。
それが意図せぬ不幸な別れなら『最後の惜別』となり
それが悪意ある、捨てた捨てられたの関係なら『復讐譚』となる
呪術も科学も人次第。関係次第で姿を変えてしまうのだろう。
解決には至らないものの……垣間見えた背景。術者の思考や、これからも起こるであろう『動物キョンシー』の事件。立場上、対処すべきと知りつつも……天草教授は、この術者を嫌いになれなかった。
***
あぁ、でも何故……人は知りながら、過ちを繰り返してしまうのだろうか。
――後にシギックは、ある中国由来の呪術を教授から教わり、アレンジを加えた上で実行する事になる。
恨み恨まれ、呪い呪われ、かくして『彼女』は生まれるだろう。




