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天草教授の怪奇譚  作者: 北田 龍一
『動物ゾンビ』の噂

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キョンシーの始まり

 今回の事件――『動物ゾンビの噂』の正体、蘇り現れたそれらの正体は、その実『動物キョンシー』だったと天草教授は語る。

 動く屍と言えば『ゾンビ』がメジャー所だが……そこに『漢字で書かれた呪符』の要素が加われば、現代日本人なら『キョンシー』に察しがつくだろう。

 だが『ソンビ』が主流の文化圏の人間には『キョンシー』はピンと来ない。幸い、死者を操る魔術師たるシギックは、ざっくりとした特徴は知っているようだ。


『確か『キョンシー』って……術者が魔術のかかったお札を、死体に貼りつけて命令し操る呪術……だよね?』

「概ね、その認識で正しい。シギックの言う死霊術に習うなら『投薬無しの呪術のみ』のゾンビに分類されるだろう」

『……あれ? でも教授、キョンシーって『ぴょんぴょん跳ねながら、両手を前に突き出して移動する』イメージがあるけど?』

「それも正しい。ああいう動作をするのは、肉体が死後硬直したタイミングで固定されているせいで、関節が曲がらないんだ。だから肘や膝を動かせず、普通に歩けん。だから特徴的な移動と体制を取っている」


 肌を土色に変え、顔にはお札、両手を前に突き出しながら、ぴょんぴょん跳ねて移動する……それが基本的なキョンシーのイメージだ。

 こうした特性が見られなかったのも、今回の事件が『動物キョンシー』と認識できなかった要因だろう。このことについても、シギックはすぐに疑念を投げかけた。


『でも今回の動物の屍たちは……証言を聞く限り、普通に動いていたよね?』

「恐らく――『兵士運用』する派生型か、そのエッセンスを取り込んだ改良型だろう」

『死体の兵隊……それだと、ぴょんぴょん跳ねるだけの人型なんて論外だもんね……じゃあ『キョンシー』って魔術は死体を再利用して、兵士を作る術なの? これ、今回の事件とかけ離れているんじゃあ……あ、でも改良型って事は術者の意図は別で……』


 もっともな意見である。流石死霊術を専門としているだけあり、死体の利用法は熟知しているようだ。浮かぶ疑問も適切で、先ほど教授が陥った『考察』にハマっている。苦笑交じりに、天草教授はキョンシーと呼ばれる呪術について語り出した。


「推察するに――今回の魔術師、キョンシーの術者は、魔術が生まれた原型に近い思想の持ち主なのだろう」

『原型? 原型って……』

「先ほども少し話したが、中国の呪術は派生形が多すぎて、私でも全く把握できない。キョンシーの兵士運用は、あくまで有名な派生形の一つだ。映画で悪しき術者が、死者を蘇らせて主人公に襲い掛からせる……なんて場面を見たことが無いか?」

『あれって創作物じゃないの⁉』

「演出された部分はあるが、拳法の達人を蘇らせ戦わせるってのは、キョンシーの利用法の一つらしい。自分から術をかける場合もあるし、悪しき術者に利用される場合もあると聞いた」

『ボクの専攻している術式だと、兵士運用は不可能なのだけどなぁ……世界は広いや』


 人手が必要になるのは、労働だけではない。戦争においても人間は必要とされる。死者の兵士として運用する発想は、ゾンビの呪術にもあるのだろう。倫理観の欠片も無いが、死霊術師は死体を道具・物質と認識しているケースが多い。ここで追及しても仕方ないので、教授は話をキョンシーに戻す。


「キョンシーには、他にも無数の運用法はあるのだろうが……原型、始まりとされる形がある。その魔術が作られた理由、と言い換えても良い」

『そう、だね。ゾンビも『労働力を確保したいから』って目的で生まれた……』


 科学であれ、魔術であれ、人が求めたから、より良い生活や利便性を欲したから誕生した面がある。死者を蘇らせる呪術にも――当然、理由が存在した。


「キョンシーと言う呪術が作られた理由は――『最後の別れ』をするためだったんだ」

『最後の別れ? どういう事?』

「中国は昔から広大な土地を持つ。そうなると、国家の中でさえ長距離移動になるケースが多い。人と魔術が傍にある時代背景ならば、何が起こると思う?」

『うーん……体力も労力も使うよね。何かを運ぶのも大変だし』

「加えて、もう一つ起こり得る事があるだろう? 旅先や旅の途中で、不運にも……とな」

『あぁ……』


 広大な国家では、主要都市がいくつもある。都市から都市へ、あるいは地方から都市へ移動するには時間が必要だ。現代と違って、便利な乗り物はほとんどない。せいぜい馬が限度だろう。

 時間も労力もかかる移動に際して……旅が順調なものとは限らない。野盗や獣に襲われる危険は付きまとい、魔術や神秘が力を持っている時代であれば、怪異の類に遭遇する事もあるかもしれない。

 このような時代であれば――『遠出してくる』と最後に相手と一言交わして、それが今生こんじょうの別れになる……残酷な事に昔であれば、ちょくちょく起こり得る事態だった。


「遠く離れた地で一人、望まぬ死が振りかかり……満足に言葉も交わせないまま、大切な誰かと別離する」

『こんな便利な通信手段もないし、現代でも聞く話だよね……』

「あぁ。古今東西にありふれた悲劇の典型例だ。けれど、そこに『最後の別れ』が加われば……多少は、慰められるモノもあるだろう?」


 それが『死霊術キョンシー』が作られた理由。突然切れてしまった関係に、せめて最後の交流を……望まぬ死を覆す事は出来ないが、僅かに言葉を交わす猶予なら作れたのだ。短い間、死者を蘇らせる魔術によって……

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