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天草教授の怪奇譚  作者: 北田 龍一
『動物ゾンビ』の噂

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死者の征く場所

『ゾンビと化した猫』の足取りは、思った以上にしっかりしている。肉体の腐敗が進んでいそうだが、猫特有のしなやかさは失われていない。もしかしたら、気配を察知する能力も落ちていない可能性もある。故に教授は、距離を取って慎重に追跡していた。


(目的地はどこだ……?)


 これだけ足取りがしっかりしているなら、どこか目指す場所がありそうだが……現在は徘徊しているような気もする。今までの『動物ゾンビ』のケースを想起すれば――目指す場所は元飼い主だろう。そこまで思考が回った所で、教授は自分自身に待ったをかけた。


(飼い主? 大学内部をうろついておいて?)


 今までの『動物ゾンビ』は、ペットを捨てた飼い主の元へ帰って来ていた。その法則で考えるなら、大学内に飼い主がいるのか? あるいはここを通路として使っている?


(いや、無いな……通路として使うなら野良だろう。猫を放し飼いするにしたって、大学内で下手にうろつかせていたら、今は責任云々でうるさい時代だ)


 となるとやはり、このゾンビ猫は大学内に用がある。妙に後を引く鳴き声を上げながら、首をあちこちに振って誰かを探している気がする。曲がり角を曲がった所で、教授はスマホを突き出してカメラ越しに対象を確認する。その姿は――尻尾が千切れた、茶トラの太った猫の姿が撮影されていた。

 画素が荒いが、その後ろ姿に教授は見覚えがある気がする。そう確か、この大学内でうろついていた、半分飼い猫に近い野良猫で――


「マルちゃーん! マルちゃん! どこいるのー?」


 そうだ。確かそんな名前だった。いつぞや乱入してきた女学生は、今日も『デブ猫のマルちゃん』を探しているらしい。名前を呼びながら歩き回る彼女の声に――『ゾンビ猫』は、耳を立てて、足を速めていくではないか。


(――まずい!)


 ゾンビ猫は、名を呼ぶ女性の所にまっしぐら。このままでは接触してしまうと、慌てて阻止を試みたが――元々距離を置いて追跡していたし、猫の運動能力は高く、対する教授は持久力ぐらいしか優れていない。簡単に置いていかれてしまった。


「マルちゃーん! !? マルちゃん!?」


 引き離された隙に、ゾンビと化した猫と女学生は遭遇してしまった。危険な事態になる。駆け足で音源に迫る教授。曲がり角を二つ抜け、研究室棟の出入り口で両者は向き合っていた。


「マルちゃん! 探したんだよ……! 急にいなくなって……」


 女学生の呼び声が止まると、猫の鳴き声も変わった。不安定な声色は変わり、どこか甘えるような鳴き声に変わった。

 どういう事だ? 過去の『動物ゾンビ』の事例は、自分を捨てた身勝手な飼い主へ、蘇ったゾンビ動物が報復を目論む話に思えた。

 の、はずなのに、声だけのやり取りでも、決して険悪な雰囲気は感じられない。

 よくよく考えてみれば――女学生とゾンビ猫の関係性は『捨てた・捨てられた』で区切れる関係性ではない。半分放し飼いの野良ネコが、飼い主は誰かと気にするだろうか?


「大丈夫? 元気にしてた?」


 女学生の声掛けに、ためらいがちな鳴き声で猫は返す。すぐに危険な事態にならないと判断した教授は……慎重に、成り行きを見守る事にした。

 もちろん、危うい状態になればすぐ割って入るつもりだ。今すぐに実行しない理由は、事の行く末を自然な形で見届けたい。そうする事で『動物ゾンビ』事件の核心に迫れるかもしれない。今までの『捨てられたペットの復讐』と異なる事例を観測すれば、大きな手掛かりになり得る。二人の空気を壊さぬように、遠距離からスマホの望遠カメラで、猫と女学生のやり取りを見守った。


「あ! そうだ! いつものニボシあげるね! 久しぶりでしょー?」


 女学生は慣れた手つきで、自分の鞄から餌皿と煮干し袋を取り出す。再会の喜びに笑顔な彼女に対して、猫は寂しげな声色で鳴くばかり。まるで――彼女の行動を、ためらいがちに止めるかのように。

 二人の付き合いは長いのだろう。猫の反応で察した女学生が、皿だけ置いて手を止めた。


「マルちゃん? お腹すいてないの? でもマルちゃん、コレ大好きだったでしょ? って、何その尻尾……?」


 女学生が、猫の崩れてしまった尻尾に気が付いた。千切れて腐った肉の尾が、その猫が死者である証拠だった。彼女の反応を待っていたかのように……猫はもう一度、悲し気に鳴いた。


「なんで……どうして? 誰のせいなの?」


 猫は首を振り、もう一度鳴いた。躊躇いがちに、前足を一歩だけ踏み出して……けれど、それ以上は前進出来なかった。まるで――女学生の胸に飛び込みたい気持ちを、必死に抑えるかのように。

 遠巻きに見ている分には、推察しかできない。なれど、あぁ、当人たちには通じ合う感情があったのだろう。彼女も前に踏み出そうとして……何とか、その場に踏み止まって、言葉を紡いだ。


「そっか。最後に……最後に、お別れを言いに来てくれたの?」


 猫は小さく震えて、啼いた。

 女学生も、小刻みに揺れているように見える。夕暮れはゆっくりと闇に落ちて、世界は影へと塗り替わりつつある。一陣の風が舞うと、猫の腹から何かの紙切れがはらりと舞った。

 女学生の視線が泳ぐと、猫は、その隙に茂みの奥へ飛び込んでしまい、あっという間に見えなくなる。残ったのは女学生と、猫用の餌と皿……そして、猫に張り付いていたと思われる、一枚の紙切れだけだ。

 映像記録を取り終えた教授は、たまたま風に飛ばされた『お札』を手に取る。

 朱塗りの文字で『勅令』と書かれたソレに、教授は今回の事変の正体を見た。

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