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天草教授の怪奇譚  作者: 北田 龍一
『動物ゾンビ』の噂

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行き詰まる調査と――

 現場調査により、一枚の呪符を手に入れたシギックと教授。動物ゾンビ騒動の手がかりに違いないと、両者の間で調査と情報共有が進んでいた。郷土研究室のデスクの上で、教授はスマホ片手に連絡を取っている。


「呪術的にはどうだ? やはり――」

『うん。間違いない。死霊術の一種……でも、ボクの専攻している方式じゃない。かな』


 入手できたのは一枚。教授は紙の両面を写真撮影し、実物は本業のシギックが調査を進めている。自前の研究設備であれば、さらなる詳細を調べられると信じて。


「シギックは……どの方式のゾンビも研究範囲だったな?」

『そう。薬品と呪術。その複合式も扱えるよ。調査結果としては……やっぱり薬品は使われていない。純粋な呪術のみの『ゾンビ化』だね。でも、肝心な魔術構成の方は分からなくて。少なくても西洋圏こっちやイスラム圏、ロシアやアメリカ大陸由来でもなさそう……って事ぐらいしか分からなかった。センスが違う感じ?』


 ゾンビ亀を調査した際、現場で既に断じていた事だ。しかし魔術構成の調査は、あまり芳しくないらしい。呪術側の調査は手詰まりだが、教授は民俗学からのアプローチをかけていた。


「こっちも調査を進めている。僅かに残っていた呪符の文字を、画像復元ソフトで読み解けないか試した」

『結果はどう?』

「正確な文字までは不明だが……多分、漢字が用いられている」

『そうなの? じゃあこれ、日本式のゾンビ……って事?』

「……どうもそれはそれで、しっくり来ない」


 電話越しに疑問符を浮かべるシギックに、教授は日本背景を語る。


「日本は基本、火葬する国だからな。死体が残らない分、霊魂による心霊現象が多い。ゾンビって存在自体、近年になってようやく輸入されたようなモンだ」

『じゃあ新しく開発された……とも、考えにくいよねぇ。でも、呪符を用いる方式って、アジア圏の呪術ではよくあるでしょ?』

「一応西洋圏にもあるが、確かにアジア圏が主流の術式だ。私達の知らない天才君が、日本式ゾンビを完成させたのかもしれないが……何か引っかかる。どこかで近いモノを見た気が……一旦電話を切る。少し資料を漁らせてくれ」

『分かった。また報告するね』


 うっすらと心当たりがあるが、明確に思い出せない教授。専門家と情報共有も終えたので、それも加味しつつ資料の検索に入った。電子化して保管しているが、正確な名称が曖昧な分、検索に難儀する。いくつかの電子記憶媒体を開いては閉じ、片っ端から検索にかけていった――その時。


 にゃぁぁぁぁ……


 廊下から、猫の鳴き声が聞こえた。

 妙に耳に残る、長く響く声だった。

 同時に――何故か分からないが、教授の背筋に、原因不明の寒気が走った。


「何だ……?」


 こんな大学の辺境に、猫が一匹迷い込む? 別にそれ自体は不自然ではないが……ならばこの寒気は何だ? ちらりと『郷土研究室』の窓から外を見るが、斜陽に染まる校舎が見えるばかりだ。


 にゃぁぁぁぁ……にゃぁぁああぁぁっ……


 猫の鳴き声は――酷く、不安定だった。まるで酔っぱらった人間が、呂律の回らない口で喋るかのよう。意識の酩酊を感じさせるソレに対し……教授は不意に肝が冷えた。


「まさか……ここにも『動物ゾンビ』が……?」


 呂律の回らない声、意識の曖昧なままのうめき声、鳴き声。これらは『ゾンビ』の代表的な所作だろう。本職のシギックも『意識が曖昧でゾンビは命令を聞く』と証言していることから……口調があやふやなのは、実物のゾンビも同じなのだろう。

 何故こんな所に……とは、思わない。教授の調査を目障りに感じ、動物ゾンビを操る術者が、刺客を差し向けた可能性がある。探偵や探り屋を始末したがるのは、陰謀術数も魔術の世界も変わらない。慌てて棚の中から、保管してある『聖水』を手に取った。


「ハルファスは……外出中か。都合がいい」


 教授には過去の縁で、自分に付きまとう悪魔がいる。天草の先祖は相当気に入られたらしく、暇があれば顔を出しに来るタイプだ。比較的教授に友好的ではあるものの、流石に聖水を浴びせる訳にはいかない。自衛用に用意したそれを手に、廊下の窓へ目を凝らした。


 にゃぁぁぁぁ……っ


 鳴き声は、徐々に近づいてくる。脇の下に嫌な汗をかき、身体は緊張で石のように固まっている。心音は否応なしに耳朶に響いて、呼吸は荒く浅くなった。

 やがて……ぺたっ、ぺたっと、肉球が廊下を踏む音が近づいてくる。長く伸びた夕日が、郷土研究室に――猫の形をした影が差した。

 が、しかし尻尾の形をよく見れば、一部が崩れてしまっているのが分かる。恐らく腐敗して落ちてしまった……目の前の廊下を過ぎていくソレに、不器用に投げる構えをする教授。窓を割って来るのか? それとも、律儀に部屋の扉を開けてくるのか? 影を睨んで狙いをつけるが――教授が聖水の瓶を投げる事は、ついそ無かった。


 にゃぁぁぁぁ……っ


 影は、郷土研究室の前を素通りした。彷徨う猫のシルエットと鳴き声は、教授が標的ではないのか? 疑心暗鬼になる中、少しばかり緊張を解く。直近の危機が無くなったと知り、教授はすぐにスマホを取り出した。

 万が一に備えて、シギックへ連絡を入れ……若干遺言めいたセリフを入力。そのままカメラの録画モードを起動し、慎重に郷土研究室の扉を開けた。


「右から左へ移動していたな……追跡しよう」


 危険はある。恐怖もある。だがこれは『動物ゾンビ』騒動に終止符を打つ好機でもある。もう一度深呼吸をしてから、天草教授は慎重に、彷徨うゾンビ猫の後をつけた。

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