検証
「あぁ! 来て下さったのですね……! 本日はどうか、よろしくお願いします」
「よ、よ、よよよろ、よろしく、おねがい、します……!」
教授は頭を抱えた。せっかく『動物ゾンビの遭遇者』から協力を取り付けられたのだが、専門家として連れて来た死霊術師のシギックは……出会って早々、吃音交じりの酷い挨拶をかましてしまった。相手は小さな一軒家暮らしのアラサー、一児の母だ。
現代に生きる魔術師は、基本的に自分の正体を隠して活動している。中には外部との交流を、ほとんど断っている人物も存在する。死霊術師のシギックもまた、外界との交流は最小限で……所属しているのは霊的なモノを管理している『ある組織』ぐらいだ。
なので、コミュニケーション能力が致命的に低い。現に見よ。相手の女性は眉をひそめて、右手で口元を押さえているではないか。小指に巻いた包帯が気になるが、不審者扱いを受ける前に教授は取り繕った。
「申し訳ない。コイツは極めて優秀な専門家なのだが、他者との交流を断っている人物でな……」
「は、はぁ……そう、なのですね?」
「しかし『ゾンビ』については、私以上の知見がある。奥さんも不安なのでしょう?『ゾンビ』について」
「……はい」
不幸中の幸いは、現代日本人がゾンビと遭遇したら――まず間違いなく『感染』を懸念する点か。ゾンビと接触した事で、自分もゾンビになってしまうのではないか……などと、嫌でも連想してしまうに違いない。教授は頷いてから、軽くシギックの肩を叩いて説明を続けた。
「大丈夫です。断言しましょう。あなたや、あなた周囲の人物が『ゾンビ化』する事はありません。そうだなシギック?」
「は、はい……うん。間違いない、よ。ボクが調査に来たのも、ゾンビを悪用したり、イタズラ感覚で使われるのを阻止したいから……です。本来の『ゾンビ』は、ウイルスが原因で発生するモノじゃない。感染する事は、絶対にありえません」
専門家と言う人種は、自らの研究や知識にプライドを持っている。コミュニケーションに自信はなくとも、シギックはゾンビについて断言すると、何故か奥さんは胸を撫で下ろしたようだ。
「そ、そうですか。そうなのですね。安心しました」
「あの、死体を……『ゾンビだった動物』の死体を、保存してあるんですよね? 検分させて下さい」
右手を下げ、小指を押さえる奥さんは……完全に信用を得た訳では無いが、とりあえず実物を見せる気は起きたのだろう。二人を玄関から小さな庭へ導かれ、置かれたクーラーボックスの前へ案内された。
「こちらです。私も主人も、早く捨てるなり埋めるなり、とにかく、どうにかしたかったのですが……息子がどうしても嫌がりまして」
「今日息子さんは……平日ですし、学校ですか?」
「はい。ですので、しばらくは大丈夫かと」
「分かりました。シギック、調査に入るぞ」
「ま、任せて、よ!」
意を決して二人は、動物ゾンビが保管されたクーラーボックスを開く。封を解くと一匹の亀が鎮座している。サイズは、一般的な少年マンガ本ぐらいの全長だろうか? 少なくても小型ではなく、色合いは地味な黒色だ。ちらりと教授が相談者の方を向くと、すぐに説明が入った。
「この子は……息子が二年、いや三年ほど飼っていた『ミドリガメ』です」
「ミ、ミドリカメ? この見た目で?」
「どう見ても『緑』ではないな……」
よーく見れば、暗緑色とも言えなくもないが……これを緑と呼ぶのは無理がある。教授とシギックが首を傾げると、奥さんも苦笑気味に答えた。
「私も飼うまで知らなかったのですが……『ミドリガメ』は生まれて一年前後の間だけ、小さくて鮮やかな緑色をしているのです。でも、年月を重ねるほど、色合いは地味になって、最終的にはかなりの大きさになるそうで」
「学名は『ミシシッピアカミミガメ』ですか。首の所に、赤い斑点があるのが特徴らしい。ミドリガメってのは、ペットとしての俗称のようだ」
シギックが手袋を装着し、亀の首を慎重にひっぱり出して確認する。スマホで情報を共有した教授は、ある問題にも目が行った。
「成長すると巨体になり、飼っていた当初の『小さな緑のカワイイ亀』ではなくなる。その印象のズレから捨てられる事も多く、外来種として問題になっている――単刀直入に尋ねます。捨てましたね?」
「…………はい」
前のフクロウもそうだが、今回の『動物ゾンビ』の事件は『飼い主に捨てられた動物が、ゾンビ化して戻って来る』内容だ。開示された情報を見ても、容易に想像できる。教授がシギックに調査を頼み、天草は奥さんから詳しい説明を求めた。
「息子は……相変わらず可愛がっていました。でも、私達としては負担が増えていまして。亀の成長につれて、大きな水槽が必要になって。そうなると、水槽掃除が大変になりますし、その、結構臭うのです。おまけに、寿命も長いそうですから……」
「……息子さん、嫌がりませんでした?」
「想像できたので言いませんでした。学校に行っている間に、私が買い物へ出ている時に逃げてしまった。と言い訳しました」
「喧嘩になったのでは?」
「それはもう酷い事に。息子はわんわん泣いて……その日は話も出来ませんでした。数日間機嫌が悪いままで……でも、夫と私としては、これからの面倒が無くなったと……」
身勝手が過ぎる。と喉元まで出かかったが、ギリギリの所で教授はこらえた。どんな都合を並べ立てようが、ペットを捨てるのは悪であろう。しかしここで怒りを顕わにすれば、続きを聞き出せなくなる。状況把握のために、教授は責めずに促した……




