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天草教授の怪奇譚  作者: 北田 龍一
『動物ゾンビ』の噂

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歪められた死霊術

『なにそれ? センス無さすぎ! これ以上ボクらの呪術を歪めないで欲しいのだけど⁉』


 いきなりの変貌っぷりに、思わず教授は苦笑した。教授も専門家ではないが……『ゾンビ』は近年の映画で大きな変化を受けたモノの一つ。本職からすれば『リスペクトの無い酷い改変』と感じるのだろう。憤る死霊術師へ、なだめるように教授は伝えた。


「落ち着けよ。だから、最初からお前を疑ってはいない。以前もキレていたよな? 近年のゾンビは、映画や創作によって形を大きく歪められたと」

『そうだよ! ウイルスモノは本当に許せ……あぁでも、ホラー演出としては楽しめるけどさぁ……! 死霊術師としては、言いたい事沢山あるよ!』


 多くの現代人が『ゾンビ』と聞いて、即座に連想する単語は『ウイルス』だろう。

 次から次へと人に感染し、ゾンビに襲われた人間もゾンビ化していく。今ある社会や文明が、ゾンビによって崩壊していく作品は……もはやホラーの枠を超え、ヒューマンドラマの作風に発展を見せていた。ゾンビもまた、現代で高い知名度を誇る創作物と言えよう。

 しかしこの『感染するゾンビ』は、本来の死霊術とは遠く離れた存在なのだ。


「映画でちょくちょく取り上げられる事も多かったが……火付け役は某会社のゲーム『生物災害』の影響か」

『アレはアレですごく面白いけど……面白いけどさぁ……! 本来のゾンビは、足りない労働力を供給するための術式だったのに……!』

「今で言う所の、作業用ロボットのようなものと聞いた。制御が外れると襲われる事もあるが『感染』する事はない。と」


 そう――『ウイルス感染によって、次から次へとゾンビがネズミ算で増えていく』近年のゾンビは、ホラー作品として創作された一側面だ。本来の死霊術、特にゾンビは『死体を再利用して、労働力を確保する』面が強いらしい。


『そうそう! そうなんだよ! 昔は機械なんて便利な物が無かったから、労働力が足りない事が沢山あった! だから、死にたてホヤホヤの遺体をゾンビにして、単純作業に従事させてた……って事!』

「建築作業などは、どうしても力仕事になるだろう。しかし、どうして人の死体を使う必要があるんだ? 動物でもいいんじゃないか?」

『確かに、生き物によっては馬力があるよ? でも人間の指示を理解してくれないんだ。人の死体を蘇らせると、指示を聞く程度の知能を残したまま、従順な労働力になってくれるわけ。おまけに、魂が抜けているからワガママも言わないし、死体だから使い潰せるし。正直に言うと、使いやすい奴隷だよね』


 死者を蘇らせても、魂や知性は失われている。しかし、人の指示を聞く程度の知能は残るから、単純な重労働を任せられる。確かに奴隷と同じだが、生きた人間をこき使うのか、死んだ人間をこき使うかの違いか。

 だからか……死霊術師・シギックは噂をバッサリと切り捨てる。


『だから、動物をゾンビにして使役するのはナンセンスだよ! 労働力として使えないし、動物を使役するなら生きたまま……普通に使い魔にすればいいじゃないか! あるいは霊魂だけ抜き出すとかさぁ! やり方なんていくらでもあるのに!』

「人間でさえ知性が低下するのだから、動物をゾンビにしたら劣化が激しすぎる……か」

『うん。だから、ちゃんとした死霊術師がやってるとは思えない、かな』


 軽く情報を提供し、意見を求めたが……ゾンビの専門家としては『あり得ない』状況らしい。しかし現実として『動物ゾンビ』と遭遇した人物がいる。申し訳なさそうに、教授は情報を追加した。


「なるほど……後出しになって申し訳ないが、どうも『動物ゾンビ』と遭遇した人物がいるようで、私の所に相談に来たんだ」

『え、そうなの⁉』

「あぁ。だから君の助言が欲しくて連絡した。遭遇者と直接話を聞いたが、一言で状況説明すると『自分が捨てたペットが、ゾンビになって飼い主の所に帰って来た』と証言している。このシチュエーションだと、私としては復讐を連想するのだが……どう思う?」

『それは……うぅん? どうだろう?』


 教授が説明をすると、疑念を抱きながら専門家が唸る。多少確度が上がった所で、死霊術師としては納得いかないようだ。


『ゾンビって基本、自分の意思で蘇る事は出来ない。死体に対して、術者が魔術をかける事で誕生するんだ』

「自発的な復活はあり得ないと? となると……『ゾンビを生み出している魔術師』がいる訳か」

『うん。そして基本的に、ゾンビは術者の命令に対し従順になるんだ。ゾンビ側の欲求や願望は反映されない。襲わせているとしたらそれは『死霊術師の指示』としか……』

「となると……『ゾンビ遭遇者に恨みを持つ誰かが、遭遇者によって捨てられたペットを利用した』と?」

『ボクとしては、そういう結論なるかな……』


 これはあくまで、死霊術師としての意見なのだろう。現に今回も、返答までにタイムラグがあった。シギック本人も、話として納得しきれていない。教授も同意見で、疑問を二つ提示した。


「だとしても、いくつも不自然な点がある。特に大きなのは二つ。どうやって逃がしたフクロウを捕獲、あるいは死体を発見したのか? そして飼い主に対して個人的な復讐だとするなら、やり方が温くないか?」

『だよね? ねぇ教授、これ、ボク現場を見てみたいんだけど……』


 事前情報だけでは、今回の事変を読み解けない。協力の申し出はありがたいが、いくつか教授は断りを入れた。


「まだ、相手側の了承を得られていないから、出来るかどうか分からん。それにいいのか? 仮に許可を取れたとして、シギックに得は無いぞ?」

『風評被害が広がるのを防げる、よ。もう、手遅れかも、知れないけどね』

「まぁな……」


 一度広がった被害を止めた所で、人の偏見は止まらない。それでも、これ以上の拡散を防ぎたいらしい。専門家の協力を得られた教授は、改めて『ゾンビ遭遇者』と連絡を取った。

 返答は――当人に許可は取れなかったものの……別の『ゾンビ遭遇者』と、ネット上で会話していたらしい。そちらもそちらで困っているらしく、合う約束を取り付けられた。

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