襲来
ペットについて、飼い始めてから後悔する人間は少なくない。
今時はネットで、動物系の動画も視聴できる。これだけ満足する人間も多いが、逆に意欲が刺激されて飼い始める人も多い。責任云々を面倒と聞き流して、いざ現実に対面して絶望する。しかし素晴らしきかなネット社会。アングラな領域に行けば、上手い事ペットを放棄する言い訳も見つけられるのだ。
「鳥で良かったよ本当に。そうでなきゃ、人目のつかない山奥に行かないと無理だったし」
彼がやった事は、絶妙に『ペットを捨てた』に該当しない。鳥類を飼っている場合、事故として起こり得る現象だ。それを利用したのである。
シナリオとしてはこうだ。ストレス発散にいいだろうと、フクロウを公園に連れて行き……その際、運悪く留め具が外れて、興奮したのか飛んで行ってしまった――
実際、外に連れて公園に到着したら、飼っていたフクロウは逃げるように空へと飛び立ってしまった。怠けた態度で接していれば、ペット側だって愛想をつかす。ちょっとだけ傷つきもしたけれど、互いに気に入っていないなら……これで良かったと割り切った。
「あれから一か月かー……ま、上手い事やってるでしょ」
無責任、ここに極まれり。寂しいからと求めておいて、絡んでみれば面倒くさい。改めて自由を満喫する元飼い主だが、楽しいゲームの時間も終わってしまったようだ。
「ちぇっ。じゃあ、そろそろ寝るかねー」
コントローラーを投げ捨てて、歯を磨こうと席を立とうとした。その時ふと……何かがつつくような音がした。
こんこん……こんこん……
激しい音量ではない。小さく断続的に、ノックするかのような音が響く。発生源を探してみれば、窓の外から聞こえてくる。
こんこん……こんこん……
リズムよく、二回ずつ、窓を叩く音がする。薄いガラスが振動し、カーテンで閉じられた外からのようだ。
「なんだろ、こんな時間に」
眠かったからか、判断力が鈍っていたのだろうか……無防備に、無警戒に、元飼い主は歩いていく。
――すっ、とカーテンを開けたその先に、音源の正体が現れた。
フクロウだ。一羽のフクロウが窓の向こう側に立っている。ただし通常の状態ではない。何故か額の中心には、妙なお札が張られている。朱色で何か、呪文のようなモノが書かれているが――最も目を引いたのは、そのフクロウは左目が、ぽっかりと空洞を作っていた所だ。眼球が抜け落ちて、漆黒が形を成している……
「――ひっ⁉」
全身は酷い有様だ。羽は完全に艶を失い、ささくれた羽がみすぼらしく広がる。片足の指が一本千切れて、断面が……断面が、腐りかけているではないか。
だがしかし、最大の恐怖を与えたのは、その反対側の足。緩んで垂れ下がった紐だ。その色合いは腐肉の色で汚れているが――形状に見覚えがあった。
「……ミミ⁉」
フクロウである証拠に、首を九十度以上曲げてこちらを見ている。背格好も同じで、足首の紐も同一だろう。公園で別れた……ほとんど捨てたに近いフクロウが、飼い主の所に帰って来た――しかもどう見ても、死体の姿で。
「う、嘘……いや、だって、そんな」
こんこんっ……こんこんっ……
残った右目は無表情のまま、ひたすら窓をつついてくる。幸い、ガラスを突き破るような勢いは無いが……生気が失われたペットが、淡々と窓越しにつついてくる。開けてくれ、と言わんばかりだけれど、飼い主は改めて恐怖した。
酷い状態で、まるで救いを求めるようだが、こちらは帰って来る事を想定していない。既に飼育環境は破棄され、餌も何も残っていない。今更頼られても困るし、どうにもできないと言い訳する。うっすらと自分の身勝手さを自覚した飼い主は、その無機質さに別の何かが含まれていく気がした。
こんこんっ……こんこんっ……
それは声なき訴え。捨てられた動物の怨嗟。人の都合で愛玩物になり、人の都合で放棄された命の恨み――
「ち、違……捨てたんじゃ……お前が、お前が出ていったんだろ⁉ 公園に行って自由にしたら、ものの一秒で逃げたじゃないか! お前だって嫌だったんだろ⁉」
本当は分かっている。一秒で逃げ出したくなるような環境を作ったのは、飼い主である自分自身だと言う事に。一因は間違いなく、自分にある事に。
こんこん……こんこんっ……
ひたすら窓をノックする、生ける屍と化したフクロウ。手放した筈の責任が、巡り巡って自分の手元に帰って来た……
「やめろよ……やめてくれよ! お、お前が死んだのだって、お前自身が上手くやっていけなかったからだろう!? 違う。そんな目で見るなよ。見るなって!」
必死に首を振って、言い訳の言葉を並べる。そうすればするほど、死者の眼差しが突き刺さる気がする。窓を開け、受け入れる勇気も起きず、ただ見なかった事にしてカーテンを閉ざす。
その日は夜が明けるまで、窓の外からノック音が響き続けた。
丸一日深く眠れず、寝不足気味でカーテンを開くと――窓の外にはフクロウのミミが、厳密にはその死体が、ハエを集らせて死んでいた。




