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天草教授の怪奇譚  作者: 北田 龍一
『動物ゾンビ』の噂

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違和感のある遭遇者

「うわぁ……うわぁ……本当それっぽいですなぁ……」

「そういうのを研究するのが仕事なのでね。さ、掛けて下さい」


 来訪者は三十代男性。この大学のOBらしい。就職体験を『広報部』の後輩たちに指導した後、ちょっとした雑談で、自らが遭遇した『動物ゾンビのホラー体験』を語ったらしい。そしたら『郷土研究室の天草教授に相談してはどうか?』と、広報部の園山が言ったそうだ。

 以前彼女は『郷土研究室の悪魔』の噂を確かめようとして、怪異と接触した人物だ。故に天草教授がオカルトに理解がある事を知っている。だからか『動物ゾンビ』の体験談を相談する気も起きたのだろう。時間も押しているので、すぐに本題に取り掛かった。


「さて……『動物ゾンビ』でしたか? 一体、何があったのか……お話しください」

「はい……実はミミが、あぁいや、ペットとして飼っていたフクロウの子なのですけど、一か月前に公園で遊んでいた所、飛んで行ってしまって。その子が……その子がゾンビになって、窓際に」

「なるほど……それは中々ショッキングですね」


 自分の飼っていた動物が、ゾンビになってやって来る……恐怖を引き立てるには十分だろう。それが愛玩していた個体なら、猶更衝撃は大きい。同情気味に教授は言ったつもりなのだが、相手の反応は妙だった。


「確かに驚きましたけど……正直に言いますとわたくし、もうミミの事は割り切っていたんです」

「割り切っていた? それは……あー……捜索を諦めていたと」

「えぇ、まぁ。何せ猛禽類ですから……猫や犬と比べても、移動範囲が広すぎるので」

「発見するだけでも大変ですし、捕獲も困難でしょうね」

「ですから、飼育グッズも全部売り払って、もう一人暮らしに戻って良いと。一人寂しくゲームしてたら……夜に、酷い姿で、窓に」


 教授は男の主張に違和感を覚えた。態度もどこかよそよそしく、何か後ろめたさを感じる。言動と態度に、一般的な心情とズレがある気がするのだ。

 仮にペットを飼っていて、その子を可愛がっていたとして……捜索を諦めるにしても、後味が悪くなるのが人の心理。それが生ける屍としてやってきたら、もっと強いショックを受けるのではなかろうか? 確かに恐怖し、驚いているが、愛着を抱いていたモノに対する対応と異なる気がする。この相談者の態度は……全体的に『早すぎる』と感じたのだ。


 一か月で捜索を諦めるのは、百歩譲ってまだいい。鳥類、しかも猛禽類のフクロウは、野生で生きれば夜行性に戻るだろう。これだけ悪条件が重なっていれば、探偵に依頼しても再発見は困難。ペットの鳥類が手元に戻るケースは、素人考えでも珍しいのは想像がつく。

 だがしかし……それならそれで、飼育用具をすぐに売り飛ばすのはどうなのだろうか? しばらく未練タラタラで残すか、新しい子を用意するとか、他にも対応があると思える。それが『一か月見つからなかったので、用具もすべて売り払いました』は、どうにも割り切りが良すぎるのではなかろうか? すぐに天草は疑念をぶつけた。


「待って欲しい。随分と切り替えが早く思えますが?」

「え? あ、いや、わたくしは思い切りが良いと言われていまして……」


 一瞬だが言い澱んだ相談者の態度に、教授の疑念は不信感にまで膨れ上がる。このまま素直に話を聞いても、恐らく肝心な真相に届かない。話を切られるのも覚悟の上で、教授は鋭く詰問した。


「二つ質問する。ペットを飼った期間と、購入したきっかけを教えろ」


 ぐっと天草は語気を強めた。突然の鋭い命令口調に、相談者はたじろぐ。顔色が露骨に悪くなり、視線は泳ぎしどろもどろ。手ごたえありと天草は感じた。

 通常の精神状態であるならば……この天草の態度の変わりようは、失礼と憤るか、困惑するかだろう。適当な相談のつもりが、いきなり問い詰められれば驚く。しかし反論の一つも無いならば――何か、後ろめたい事がある。確信した教授は二の矢を打ち込んだ。


「片方は予想できます。ペットを飼った期間は――さほど長くありませんね? 私は鳥類の寿命に詳しくないが、一年……いや半年も生活を共にしていないのでは?」

「うっ……いや、それは」

「購入したきっかけも衝動買いに近かった。違いますか?」


 顔色を悪くして、完全に沈黙する相談者。やはりか、と教授は嘆息する。観念したのか、相談者の男は白状した。


「えぇ。そうですよ。友人と一緒にフクロウカフェに行って、カワイイと思ったので……その翌日にペットショップで、二か月前に購入しました」

「となると、飼っていた期間は一か月あるかどうか。随分と短い」


 きっかけとしては珍しくない。動物と触れ合ったり、関連の動画やテレビを見て、衝動的に欲する。かつて動物の出るアニメが流行って、アライグマが大量に売れた時代もあったそうだ。

 ただし――この流行や衝動買いは、後々に影を落としている。もう予想できる事は一つしかない。遠回しな言葉をやめ、隠し通そうとする一点に切り込んだ。


「――捨てましたね?」

「捨ててはいません。あれは……事故です。遊ばせていたところで、器具が外れてしまっただけです。向こうから飛んで行った」


 実際、そうした事故は起こり得るのだろう。しかし、相談者の早口を聞けば、一発で嘘と分かる。これ以上の追求を避けたい、責任逃れの態度と察せられる。どうにかしてこの場から去ろうとしている相談者を、教授はオカルトを用いたハッタリで止める。


「あなたがどのような言い訳をしても――『ゾンビになってまで戻って来た』元ペットは、どんな気分なのでしょうね?」

「――…………」

「すべて、お話下さい。でなければ――『あなたの今後の安全』も、私は保障しかねます」

「わ、分かりました……」


 半分脅すような形だが、本当に取り返しがつかない事態に発展するかもしれない。早期発見、早期対処なら被害が少なく済む可能性もある。教授の気迫に押され、相談者の自白が始まった……

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