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天草教授の怪奇譚  作者: 北田 龍一
『動物ゾンビ』の噂

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動物ゾンビの噂

「マルちゃーん! マルちゃん! どこにいるのー?」


 天草教授は嘆息した。せっかく集中してある、呪術に使われたとされる『壷』を見分していたのに、外から聞こえてくる女性の声で冷めてしまった。郷が削がれたと言うヤツで、こうなると気持ちを戻すのが難しい。幸い、既に呪物的特性は失われているので、人の目につく場所に保管して問題無いだろう。近場の棚を開け、古臭い壷を収納していると……廊下の方からバタバタと、騒がしい足音が聞こえて来た。そして――


「マルちゃーん! もしかしてここー⁉」


 唐突に何の許可も無く『郷土研究室』の扉が開かれる。明るい茶髪に、丸ぼったい瞳の学生だ。こんな快活娘が、呪物や民俗学に興味があると思えない。突然の来客に教授が困惑していると、彼に気づいた彼女も驚き頭を下げた。


「え? え? あ! ごめんなさい! 人がいたんですね!」

「あ、あぁ……そうだな」


 全く悪気が無いのだろう。いきなり押しかけて、扉を開けて、それから慌てて取り繕う彼女。どう反応していいのか分からない教授に対し、すぐに気を取り直して彼女は問いかけた。


「そうだ……あの! マルちゃん見ていませんか⁉」

「マルちゃん……? なんだ? 人探しか?」

「人じゃなくて猫です。この学校で放し飼い? っぽいデブ猫ちゃん」


 記憶を掘り起こしてみれば、そんな特徴の猫を目にした事がある。ペットと呼ぶには奔放で、野生と呼ぶには無警戒。人間だらけの大学内を、庭のように歩き回っていた茶トラの猫だ。動物好きな人間が世話をやくのか、身なりは綺麗でお腹もふくよか。一部ではアイドル的存在になっていた……気がする。

 この大学に籍を置く教授もぼんやり知っている。けれどその猫は、あまり天草には近寄らなかった。理由は明白で――鳩の姿をした悪魔の気配が、教授に染みついていたからだろう。覚えていることを、教授は素直に自白した。


「そう言えば……最近姿を見ていないな。気にしていないだけかもしれんが」

「そうですか……あぁマルちゃん、どこ行っちゃったんだろう」


 心を痛める様子の彼女に、郷土研究室の一角から気配がする。何気なく配置された鳥類用の止まり木に、鳩の姿の怪異がさえずった。


『猫って奴は死期を察するからァ……天草も見てねェってなると、多分どっかでおっ死んでるンじゃねェーの?』


 野良とはいえ……知り合いの猫を探す女性に対し、なんと心無い発言であろうか。不幸中の幸いは、飛び込んできた彼女『勘が無い』人種らしい。ソロモンの悪魔・ハルファスの無常な言葉を聞き取れなかったようだ。

 だが、次に彼女から飛び出した文言は……あまりに現実離れしたモノだった。


「ゾンビになってないと良いんだけど……」

「突然何を言い出すんだ君は」


 何の脈絡も無く、いきなり飛び出したゾンビの名称に面食らう。室内の悪魔も同じようで、豆鉄砲を喰らったように目を丸くする。一方、彼女はきょとりと首を傾げた。


「知らないんですか?『動物ゾンビ』の噂。ペット飼ってる子たちの中で、すごく広がっているんですけど……」

「あいにく私は『何故か』動物に嫌われる体質でね。野良の動物にさえ距離を置かれてしまうもので、ペットに興味が持てない」

「そうなんですか? もしかして、前世で何か悪い事しちゃったとか?」

「あるいは先祖の因縁かもしれん」


 ちらりと止まり木を見ると、即座にハルファスが目を逸らした。責める気は無いので、すぐに女学生に視線を戻しつつ問う。


「で、動物ゾンビだったか? 君の探している『マルちゃん』って猫が、ゾンビ化していると?」

「んーわからないけど……もしそうなら、やだなぁと思います。生きているなら、顔を見せて欲しいし」

「それはそうだろう。しかし、何故『ゾンビ』の噂が流れているのだ? あまり言いたくは無いが……どこかで、生を全うしたかもしれない」


 教授としては不気味である。動物が失踪するのは、特に半分野生を残している動物が、いなくなるのはよくある。普通に遠くへ移動したとか、ハルファスの言う通り『目の届かない所で死んだ』可能性も考慮すべきだろう。女学生は難問に向き合うような声で唸った。


「実はですねぇ……行方不明になった動物が、ゾンビになって襲い掛かってくるって噂があるんです。現に怪我をした人がいるとか」

「確かか?」

「匿名のネット掲示板で広がっている話ですから、ちょっと真偽は分かんないです。SNSで発信している人も、いわゆる『サブアカウント』で投稿しているみたい」


 作り話か、集団幻覚や催眠か? これだけでは、判断材料に乏しい。しばし考え込む教授に対して、突然彼女はハッとなった。


「あっ、長話しちゃってごめんなさい! わたしもマルちゃん探さないと……」

「……見つかると良いな。こちらでも少し調べておこう。気が向いたら来ると良い」

「はい! 失礼しました!」


 嵐のようにやって来て、一瞬のうちに去っていく彼女。名前も聞きそびれたが、これっきりの関係かもしれない。

 そちらよりも気になるのは『ゾンビ』の噂だ。基本、ゾンビと言えば人間を想起するだろう。近年の有名ホラーゲーム作品では、色々な生物がゾンビ化して主人公に迫りくるシーンも印象深い。

 だが、アレは創作の側面が強い。今回の噂も、実際に遭遇した人間と合わないと動けない。どうせ噂は噂と、すぐに立ち消えるかと思いきや……数日後――動物ゾンビに遭遇した人物が教授を訪ねて来たのだ。


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