表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天草教授の怪奇譚  作者: 北田 龍一
幕章 『除菌消臭スプレーが幽霊に効く』噂

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/34

幕章 『除菌消臭スプレーが幽霊に効く』噂

 日々様々な霊的トラブルに巻き込まれる、郷土研究室の天草教授。しかし毎日、霊的事象の解決に動いている訳じゃない。在籍する大学教授として講義を受け持ち、大学側に研究論文を提出する義務がある。長らくパソコンと対面し、やっと一通り仕事を終えた教授は、両手を上げて背伸びした。

 オカルトと郷土研究の境は曖昧だが、掘れば掘るほど面白い。奇人変人と指差される事もあるが、これで生活が成り立つのだから文句はない。


「ふぅ……」


 棚から取り出した資料――紋様を施された木彫りの仮面を戻そうとする。元通りの位置に保管しようとすると、ふと独特のにおいが気になった。

 古い物品特有の、時に揉まれた物質のにおい……論文を書いて疲労したからか、臭気が極度に鼻につく。流石に無頓着すぎたか……と、教授はある物を私物入れから探し出した。

『市販品の除菌消臭スプレー』だ。もはや現代人で、一度も使った事の無い人間もいないだろう。カーテンやソファーに吹きかけたり、汗ばんだシャツに応急処置したり、生乾きの洗濯物の仕上げにと、汎用性も抜群。古い品々に直接吹きかける訳にはいかないが……室内の濁った空気を変えられる。それだけで十分と思った矢先、古い止まり木にいる悪魔が生暖かい目でこちらを見ていた。


「どうしたハルファス? コレが珍しいか?」

『うんにゃ。ただまァ、その除菌消臭スプレー持ってオレサマと対峙した馬鹿がいたからよォ』

「ネット上でそこそこ耳にする噂だな……『除菌消臭スプレーが、霊的なモノを退ける』と言う話」


 こんな噂があってたまるか……と思いきや、低位の雑霊ぐらいなら『祓えた』という報告があるから困る。一応は悪魔のハルファスに気を使い、外に出るように手で示したが、返ってきたのは失笑だった。


『オレには効果ねェよ。遠慮なくこのホコリっぽい室内に撒きな』

「ソロモンの悪魔ともなれば、効果は無いか」

『あー……軽くダメージ受ける奴はいるかもしれねェ。病気や腐敗を操れる奴だと効くだろうな……』

「冗談だろう? こんなので退散する悪魔がいてたまるか」

『祓えはしねェよ。ただ……不快になったりブチ切れたりするだろうから、効果がある方がむしろやべェ事になるだろうな。いっそノーダメの方が、機嫌は損ねないんじゃね?』


 痛くもかゆくも無ければ、嘲笑なり余裕しゃくしゃくで威圧するだけで済むが――軽く傷をつけられたりすれば『生意気な人間め!』と怒りを買う訳か。一応気を使いつつ、室内に除菌スプレーを噴霧しながら話を続ける。


「羽虫が飛んでいるだけなら不愉快に感じるだけで済むが……ソイツが蚊で、血を吸われたら腹も立つな。私も」

『まさにそんな感じだ。そして本気出されたら……その程度の用意しかない人間は潰される』

「だか効果はあるようだな? 大物相手は無謀だが……雑魚の霊体ぐらいなら追っ払えそうだ」

『現代は便利だな! 除霊道具も市販されてやがるぜェ!』


 教授は苦々しく目を細めた。作った側が想定していない効果である。一通り室内に噴霧を終えた所で、改めて教授はスプレーを見つめた。


「ふぅむ……しかし気になるな」

『何がだァ?』

「どういう原理で『霊体を撃退しているのか?』とな。まさか工業製品一つ一つに、聖なる祈りを込めている訳でもあるまい」


 教授としての知識欲が、この噂と正体について興味を持たせた。火の無い所に煙は立たない。一見何の関連性も無さそうな『除菌消臭スプレー』と『お祓い』だが、そこにどのような道理があるのだろうか? ハルファスに目線で問うが、すぐに首を振った。


『いやそれをオレに聞く? 別に詳しいワケじゃねェぞ』

「分からないなら分からないでいいさ。適当な暇つぶしだよ」

『信じるか信じないかは、あなた次第! って奴だな』


 根拠が曖昧な噂だが、なんとなしに効力はある。知識欲と想像力に身を委ね、思うがままに仮説の骨組みを立てていく。


「聖なる祈りや祝福、儀礼が無いのは明らか。そうしたモノがあるなら『○○工場の除菌消臭スプレーが効く』って噂になる」

『そこに前職シスターか、敬虔な信仰者が居て無意識に祝福している……って話じゃなさそうだよな? もしこの前提なら効果もまばらになって、オレらの耳に届く前に噂が消えていそうだ。となると、素材に魔を退ける物質でもあるのかねぇ』

「……ゴリゴリの化合物で生産されているようだ」

『あっるェ?』


 ハルファスは思いっきり首を傾げた。どこにもお祓いの要素が無い。所詮はデマだろうかと考えたが、こんな有様では逆に『効果が無ければ噂として流れる事すらない』状況と言えよう。唸るハルファスに対して、教授が半信半疑で口にする。


「あるとすれば……消毒効果が紐づいている。かな?」

『消毒? 消毒……あァ、なるほど、塩か』

「専門じゃないと言いつつ、早いじゃないか」

『そりゃ塩はメジャーもメジャーだからな。日本こっちでもそうだろ?』


 日本在住ならすぐに察するだろう。葬式の後に塩を撒く習慣――霊や不浄なモノを遠ざけ祓う言い伝えは、何も日本に限定された話ではないのだ。


「古来から塩は神聖視されていた。理由は単純で、塩は物質の腐敗を防ぐ効果があると知られていた。それが転じて不浄を遠ざけ、悪しきモノを祓う……そうした印象を人類が持ち始めた。聖書にも塩を神聖視する記述がある」

『菌の増殖を防ぐ、殺菌する塩と、除菌消臭スプレーの効果は……ま、カガク的にはどうか知らねぇけど、起こす結果としては似通ってる。それで『霊的な効果』まで紐づいた……のかもなァ』


 清め給え。祓い給え。古今東西問わず、邪悪を遠ざけようと多くの塩が使われてきた。

 積み重なった祈りが、たまたま近い効果の除菌消臭スプレーに付随した……のかもしれない。証拠と確証は存在しないので、立証しようにもできないが――


「論文にするにはちと拙いが、アイスブレイクの話題に使わせてもらうかね。郷土研究と言ってしまうと、現代に無関心な印象も持たれる」

『なんだかんだ、人間興味を持つのは現代いまってワケだ』


 最後に改めて、教授が除菌消臭スプレーを室内に一吹きする。

 爽やかに室内に吹く空気は、香料だけではない気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ