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天草教授の怪奇譚  作者: 北田 龍一
郷土研究室の噂
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悪魔に知恵を求める危うさ

 悪魔と契約して、教授職を得たのではないか――全くもって突拍子もない噂だ。学内広報部の新米二人も、近い話をいくつか聞いた事がある。深々とため息を吐いた教授は、馬鹿馬鹿しいと一蹴した。


「誤解されても仕方がないとは思うが……教授職に就くために、悪魔の力を借りたという言い分は気に入らない。この職を得たのは、私なりの努力の賜物なのだが」

「……不愉快な言い分なのは、理解できますよ。わたしだって実力で得た『取材班長』の地位を、訳の分からないオカルトで茶化されたらいい気はしません」

「……報道者が良くやる手法なのだがな。いや、携わっているからこそ詳しいのかね。ま、私は割り切るしかない立場だがな。何せ『こんな部屋』に籠っている身分だ」


 改めて『郷土研究室』の室内を見やる広報部の三名。民俗学と称して集められた品々は、理由は分からないが、異様な雰囲気を持っている気がする。小原先輩は、言葉を選びながら会話した。


「失礼ながら……パッと見で民俗学とオカルトは、判別が難しいと言いますか……恥ずかしながら、わたしも区別できません。ですが例えば……例えばですよ? 本物の『悪魔』を呼び出し、真偽を判定させる事が出来るのなら、大いに役に立ちそうですが」

「その構図は――悪魔と関係なく、破滅する愚者の典型例だ」


 鋭い教授の切り返しは迷いが無い。真実味のある口調だが、小原の目つきも静かに細められている。表面上は笑顔だが、瞳の奥に真贋を見極めんとする心意気が伺えた。

 その真剣に答えるように、教授は抗議を交えた講義を始めた。


「仮に……私が悪魔と契約し、ソイツから知恵を借りているとしよう。ここでは分かりやすいように……霊的な事象について質問すれば、悪魔が答えてくれるネットサービスのようなモノと仮定しようか」

「さしずめ『霊的百科事典』を想像すればよろしいか?」

「ひとまずはそれでいい。しかし辞典を使った所で、調べ物の内容を理解するには、前提の知識が必要な場合がある。これは物事全般に言える事だ」

「あぁ……スポーツ観戦なども該当するでしょうね。ゲームのルールを事前に把握していないと、試合の内容があまり理解できない」


 表情を変えずに教授が頷くと、新入り二人も意見に同調した。


「だから実況や解説の人がいるのですよね。解説の方が元スポーツ選手なら、説得力もありますし」

「あれも一つの技能ッスよね。分かりやすく視聴者の皆様に、ゲームの流れを伝える仕事ッス」

「うむ。スポーツ実況解説の仕事は、分からない者へ状況をかみ砕いて伝える行為。これは、悪魔に知恵を借りる場面と重なる。『自らの知らない分野への知識を、詳しい相手へ求める』構図だ」


 悪魔とオカルト、スポーツ経験者と解説者。何を専門としているかの差はあるが、経験の浅い者が、詳しい者へ知恵を求める。身近な例に変わると理解が進むが、新入りの一人が首をひねった。


「ですが、何か問題があるのでしょうか? 日常的にスポーツ実況は行われています。近い構図と言うのでしたら、悪魔に知恵を求めても良いのでは?」

「十年前ぐらいに起きた、ある番組の騒動を知っているか? 確かあれは、スポーツ番組ではなく、健康医学系の……」


 と、ここまで教授が喋った所で、女性の新入り、園山がぴくりと肩を震わせた。男性の三人は、何事かと問いかける。


「え? 今の声、聞こえなかったんですか!?」

「どうした園山君。急に話を遮って」

「だ、だって……今、しわがれた老人の声で『天草……天草……』って」

「いやいや、急に怖い事言わないで欲しいッスよ。あ、あの、教授は聞こえましたか?」

「聞こえはしないが、心当たりはあるな。品々のどれかに、何か憑いていたのかもしれん」


 冗談めかして言う教授に、男性陣はつられて笑う。園山も何とか『気のせい』と思う事にしたようだが、表情は引きつっていた。

 落ち着かせるように、教授は彼女に茶を差し出す。一息に飲み干した所を見計らって、教授は講義を再開した。


「……私が言いたい事象を要約するとだ。前提の知識が無いと、人は『専門家』の言う事を鵜呑みにするしかない。が、もし専門家が『悪意を持った』あるいは『恣意的な』情報を流した場合どうなるか、と言う事だ」

「……知識が無いから、受け取り手は真実か嘘かの判別が出来ない。間違いを間違いと判断できず、嘘を信じて飲み込んでしまうでしょうね」

「それを悪魔にやられたら……かなり危険じゃないですか?」


 園山の危惧に対し、教授は花丸をつける。


「その通り。正解だ。前提の知識、嘘を嘘と見抜けなければ……いつの間にか悪魔に思考や知識を誘導される事になる。いつしか悪魔を使役するつもりが。召喚者が悪魔に使役されてしまう。主従の逆転が起きてしまう訳だ。近年の情報商材系の詐欺とも、類似した事象だよ」

「ならば、悪魔を呼びつける際に『嘘を吐くな』と誓約を結べば良いのでは……?」

「それは『嘘を見抜ける』人間で無ければ、意味を成さない誓約だろう。嘘を嘘だと証明できなければ、いくらペナルティを設けても効力が無い」

「バレなきゃ犯罪じゃないんですよ……って奴ッスね!」


 新米記者の代永よながの発言に肩を落としつつも、気の抜けた笑いは、長く固い話をほぐし、教授から結論を引き出した。


「その通り。故に私は、悪魔に知恵なぞ借りんよ。そんなド級のリスクを冒すぐらいなら、地道に自分の知恵を増やすさ」


 噂をきっぱりと切り捨てる教授。記者たちは感心したような、しかし面白みが無いような……表向きは礼節を弁えているのだが、パパラッチ根性が見え隠れする表情で固まっている。自分の茶を飲み、一息入れる教授。その背にある窓の一角をふと見やると――

 園山と代永は、異変を感じた。


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