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天草教授の怪奇譚  作者: 北田 龍一
『異世界転移の珠』の噂

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需要と供給のパラドックス

「この手の『降霊術』や『召喚』の魔術には、一つ共通している項目がある。呼び出す側と呼び出される側に、双方の合意が必要な事だ」

『合意……? 契約書にサインして……みたいな? 悪魔との契約で見た事あるッス』

「その理解で間違いない。例えばハルファスであれば、戦争以外の用途で呼び出そうとしても蹴られる。何かの知識を求めた所で――『オレサマはそういうの専門じゃねェ。他を当たんな!』って、にへも無いだろうよ」

『それじゃ今まで『珠』を利用した人たちも? 一体どんな合意があったと?』

「恐らく、無意識に合意していたのだろう。だって頷けば――『異世界転移』に近い体験が出来るのだからな」


 力弥の体験を読み解くだけでも……現代の知識を使って、呼び出された先で頼りにされさらに妻や子供もいると来た。現実に行き詰まった人間にとって、これほど心地の良い夢想も無いだろう。


『まさか……召喚の対価は『異世界転移主人公っぽい体験』……?』

「本当に異世界転移である必要はない。要は『クソッタレな負け組人生から脱却し、自分でも出来る範囲での情報とスキル、知識で、周囲の人間から肯定感を得られる』状況な事は変わらん」

『そ、そっか……なろう系のテンプレートにハマる人間なら、つい乗っちまうかもしれないッスね……』


 それは偶然の合致だったのか、巡り巡って時が来たのだろうか? 未来の人間で、かつその当人が現実を否定したがっている心象。皮肉なことに『なろう系にハマる人間とそのテンプレート』が、珠が呼び出したい人間の条件と重なってしまったのだ。これも噂を『異世界転移の珠』と呼ばせた原因の一つだろう。教授はこの点について、強い危惧を覚えていた。


「ただな……これは非常に危険な行いでもあるんだ。ファンタジーとは相違が異なるが、過去を迂闊に改変すれば、現代や未来がどんな風に変わってしまうか分からん。下手をしたら、時間的矛盾が起きてしまうかもしれん」

『タ、タ、タイム・パラドックスの事ッスか⁉ ちょちょちょ! SFモノでよく語られるヤベーやつじゃないッスか⁉』


 多くのSF作品で語られる、過去と未来にまつわる矛盾。もし起きてしまえば、何か致命的な現象が生じる事は予想がつく。危険な事と理解しているが、代永は少しだけ滅びた民族に同情しているようだ。


『で、でも……たかが一民族ぐらい、可哀そうだし助かってもいいじゃないッスか?』

「馬鹿な事を言うな。過去であればあるほど、下手な介入は歴史が大きく歪んでしまう。もしかしたら、私や君が『生まれる事が無くなる』危険性さえあるのだぞ? 早急に『珠』を確保して破壊したいのが、私の本音だよ」


 起きた事を、変えてはいけない。些細な過去のズレや歪みは、やがて大きく軋んで全体を歪曲させていくだろう。強引に補強しようにも、根本がズレてしまっていては打つ手が無い。結局、史実の積み重ねや現実は、それだけ『重い』のだ。もっとも、重く困難だからと言って、素直に人間は諦められない生き物なのも確かだが。


「ただ……珠の捜索はもちろん、確保も難しいだろう。間違いなく珠は今も魔力を持っていて、所有者に強い影響を及ぼしている。力弥だけでなく、他の所有者たちも『珠の所在』については、絶対に口を割らないだろう。そういう呪術をかけられているのは想像つく」

『珠を貰った・珠を渡した時の証言も、明らかに変でしたモンね。完全な初対面に、いきなり珠を押し付けるのもおかしいし、なんだかんだ言って受け取るのも迂闊過ぎる』

「多分、珠の方が『次の人間』を選んでいるのだろう。本人たちに自覚は無いが、彼らは半分珠に操られている。言動を見るに、そうとしか思えない」


 恐らく珠は、あるいは滅びてしまった過去文明は、このような事を囁いているに違いない。直接口にしなくとも、魂か無意識に、契約を持ちかけているのだ。


 ――あぁ、勇者よ。どうか我らの厄災を退けたまえ。未来の英知をもって、悪しき侵略者を討ち滅ぼしたまえ。

 代わりに我らは、そなたが求めるモノを与えよう。貴殿らを虐げる現実から、貴殿らが求める幻想に近い体験を与えよう。

 厄災を退けたあかつきには……過去は変わり、今の現代をくつがえすだろう。だが良いではないか。貴殿は今を生きる現実が、苦しくて否定したくて、仕方がないのだから――


「不幸中の幸いは……大規模な過去改変は、現状難しそうな点か。改変が成功する前に、この珠を破壊する機会はありそうだ」

『南の島の民族が生き残るのは、大変そうですもんね』

「あぁ。列強諸国の植民地化を回避して、独立を維持するなんてのは不可能に思える。仮に数十名の探検家たちを全滅させる事が出来たとしても、そしたら本国の水兵が隊列を組んで進撃するだろう。何かの間違いで奇跡的に退けたとしても、今度は列強が連合組んで潰しにかかるだろうな」

『うわぁ……』


 島国が滅亡の運命を回避するのは、どう考えても無理筋に思える。たった十年の準備期間で、覆せるような滅亡ではない。何重にも立ちふさがる絶望的状況を、跳ね除けなければ生き残れない環境なのだ。


「いずれにせよ……ここから先は私や他の人間が、応対を考えるべき案件だ」

『手こずりそうな奴ッスけど……』

「それはそうだが……代永君に出来る事も、私には思い浮かばないよ」

『うーむ……そッスね』


 人脈でどうにかなる事項でもない。解決が出来ない事案で、喉に小骨がつっかかったような結末だが、仕方ない。いつまでも過去に引きずられていても、現実は進展しないのだから。


「すまない。そろそろ私も、講義の準備をしないといけなくてね」

『あっ……申し訳ないッス。長々と失礼しました!』

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