細かな差から暴かれる真実
細かな所に違和感こそあれ……力弥が夢で体験した事象は『異世界転移』の枠組みの中にあるように見える。明らかに日本と異なる文明・住人が現代人を召喚し、救いを求めてくる話。反則的な異能こそ与えられていないが、現代の知識や技術を提供するだけでも、大いに発展をもたらすだろう。特に何も疑問をなかった代永は、強い困惑と共に問いかけた。
『どういう事ッスか? 確かにテンプレート……流行りの形式と違う所もあったッスけど、異世界転移・転生の話とは違うッスか?』
恐らく『異世界転移の珠』の噂により、先入観が生まれてしまった。これは……代永は噂から入っている上、異世界転移・転生系の話に慣れ親しんだ世代なのも影響している。しかし教授は、体験した力弥の話を聞いていくにつれ『真実』を見抜いていたのだ。
「そもそもの話をしよう。この噂で移動した先は『異世界ですらない』んだよ」
『は……? じゃ、じゃあどこに――』
「過去だよ。『異世界』ではなく『過去』に移動していたんだ。力弥の……魂だけが」
先入観を持っていない事に加え、教授は『郷土研究室』に籍を入れ、研究を続けている人物だ。これもあって『過去のどこに』まで、教授は予想が出来ていた。
一方代永は、まだ完全に受け入れてはいない。自分の頭の整理も兼ねて、こんなことを書き込んでいく。
『過去……確か、逆行転生・転移ってジャンルも、たまにランキングに顔を出す奴ッスね。基本は日本が舞台の奴が多いッスけど、ともかく、歴史上の大きな事件が起きた、激動の時代が多い印象があるッス』
「一応は該当するな。さほど詳細な記録は、残っていないだろうが」
『一体いつの時代、どこに転移したって言うんですか? いやちょっと待った。そもそも『魂だけが移動した』って……?』
いっぺんに多くの事を質問してくる代永だが、教授は一つ一つ丁寧に回答していく事にした。
「時代や時期で言うなら『中世ヨーロッパ』の時期か、もう少し後だろう。より絞り込むならいわゆる『大航海時代』だ。場所は……正確な位置の特定は難しいが、有力な候補はインドネシア諸島のどこかだとは思う。決して非現実の場所じゃない」
しばらく待って欲しいとの連絡が、代永のメッセージアプリから届く。ネットを使って情報を拾い集めているらしい。インドネシア諸島・大航海時代と検索すれば、大体の雰囲気は掴めるだろう。まだ半信半疑のようだが、教授の言葉に少しずつ代永は同調を始めた。
『そういや、魔王だの魔族だのは出て来ませんでしたね。人間同士の諍いは出てきて……あぁでも、力弥の話には魔術はあったって話じゃないッスか? 力弥を呼び出した巫女さんが、ぶっ倒れたって……』
「大掛かりな儀式、呪術を用いたのは想像できる。しかし――現実の呪法に、類似する性質のモノがある。噂の正体『異世界転移』に思えた現象の正体は……『未来の人物の口寄せ』ではないかと推測する」
『口寄せ……?』
「日本だと、東北の『イタコ』を想像すると分かりやすい。力弥の証言を思い出してみろ――『何一つ自分の持ち物は無いし、気が付けば自分も『民族と同じ格好』だった』じゃないか。あの時、代永君も違和感を覚えていただろう?」
メッセージはしばらく送られない。従弟が証言した時の事を思い出しているのだろう。少し従弟と言い合いになったが、無理やり『転移だ』と納得していたが――
『確かに……転生だったら赤ん坊からやり直しだし、転移なら『現代の姿格好』で移動するのがテンプレだし。移動したのに、背格好は移動先の人々と同じで馴染んでいるのは、なんか変な感じがあったッスけど』
「その答えがこれだ。転移でも転生でもない。『向こうの文明人の体の中へ、力弥の魂を降ろしていた』んだ。恐らく、今まで『珠で転移した』主張する連中も同じ方法だろう。南国の島の儀式か呪術によって――『未来の人間の魂を、当時の人間の誰かに降ろしていた』んだ」
過去の人間たちにとって、現代とは未来である。発展した知識や技術を身に着けている事は想像に難しくない。ここの発想は、異世界転移・転生の話にも共通する。誤解を招く要素にもなったのだろう。
けれど、代永が気になったのは別の事柄のようだ。
『元の肉体の持ち主は……? 力弥の話聞く限りだと、意識が途切れたような感じ、無かったッスけど』
「そこの詳細は分からん。けれど目的を考えれば……自己犠牲も覚悟の上で『他人の魂を収める器』になっていたのかもしれん。最悪、自分の身体を他人に明け渡しても構わないと。それだけの『悲願』が、南国の島の民族には、間違いなくある」
『『滅びの運命の回避』ッスね。島の外からやって来る、白人系の探検家がやって来て、最終的には……村に火をつけられた挙句マスケット銃で――あぁ⁉』
コメントを書き込んでいるうちに、代永も気が付いたようだ。
これらの事象は『大航海時代において、征服され植民地化されていく各諸島の光景』と合致する。残念ながら『滅亡したがために、歴史の中からまともな資料が残らなかった』景色だが、前後の状況を鑑みると――偶然と呼ぶには、あまりに類似しすぎている。
そう、力弥の体験は『歴史から消えていった、滅びた民族』の景色。現代にも辛うじて僅かに残っているが、形式だけを模した遺骸に過ぎない。
そんな彼らが、何をしてでも回避したいものは――一つしかないのだから。




