珠の行方
一通りの話を終え、代永と力弥を帰宅させた教授。不安定な所もあるが、去り際、教授は一つ助言を残しておいた。
「まぁ……君を頼った人々を、無残に殺した奴らと近い連中、西洋人に対して怒りや恨みを抱くな、とは言わない。ただし、あまり過敏に反応すると噂が広がるぞ。私のように、首を突っ込む人間も増える。そうすれば『珠を守る』のが、難しくなるのではないかね?」
「……許せと?」
「……表面上はやり過ごして生きた方が良い。現に無理だろう? 現代日本で、西洋文化を目撃せず生きるなど」
この教授の言い分を、力弥は渋々ながらも肯定した。あちこちで西洋圏出身の看板があるし、観光客も多い。英語も普段の生活に浸透しているから、いちいち過剰な反応をしていては、生活を成り立たせるのも難しいだろう。代永か転移者の彼、力弥を連れてきた理由も……転移を経験してから、気難しくなったからに違いない。
現に、彼ら二人を見送ってから一時間後、すぐさま連絡用アプリに通知があった。
『あの後、力弥も前と比べてかなり落ち着いたッス。二人の両親からも、改めてお礼をと……』
『西洋文化に対する憎悪を表に出すな』との助言が効いたのだろう。表面上は、教授の診察で症状が緩和された風に見えている。代永の気持ちは嬉しいが、教授は遠慮した。
「大した助言はしていない。それに、本当の意味での『解決』もまだだ。あくまで、力弥個人の症状を抑え込んだに過ぎない。礼だけで十分だ」
『んじゃ、どっか出かけた時に茶菓子か何か、お土産で買ってくるッスよ。それとも、怪しげなヤツの方がいいッスか?』
「土産屋にある奴は大体がハズレだよ。本物だとしても、トラブルを持ち込まないで欲しい」
何にせよ、ひとまず代永の従弟については落ち着いた。対抗療法ではあるものの、時間が経てば慣れて鎮静化するだろう。
それはいい。代永としても悪い結果じゃない。されど教授としては、どうしても『珠』の行方が気になって仕方なかった。
「ところで……噂の根源たる『珠』について、代永は何か知らないか?」
『……改めて珠を受け取った当日の会話ログを漁ったッスけど、本当に力弥も『見知らぬ誰かに、いきなり珠を渡された』って感じで……』
「追跡は無理か……」
『ワンチャンあるとすれば、人脈広すぎる中沢あたりに依頼すれば……いやでも、あの人でも無理だよなぁ』
「中沢とやらはよく知らないが、人脈だけで追うのは難しいだろう。何せ『初対面の相手』にさえ、平然と『珠』を渡している。中には知り合い経由もあるだろうが……」
何の接点も無い相手、たまたま通りかかった――いや『珠が選んだ人間』に受け渡されていくのなら、人間関係だけで絞り込むのは無理だ。仮に、街中の監視カメラを使えたとしても……『ゴルフボールサイズの珠』の受け渡しを、毎回補足出来はしない。完全な追跡は不可能だろう。
画面越しに唸る教授に対して、代永は呑気なメッセージを送った。
『まぁでも、教授がそんな真剣にならなくてもいいッスよ。ちょっと変な言動をする、心を病むだけの珠でしょ? 所詮別世界の話だし』
どうやら、代永はまだ――『この噂を異世界転移の話』と考えているらしい。深々とため息をつき、教授は淡々と文字を打ち込んだ。
「君の従弟の話を、どう解釈している?」
『どう? どうって……ちょっと捻った、捻くれた異世界転移の話ッスよね?』
「何故そう思う?」
『だって……開拓前の文明の人たちに頼まれて、助けてくれって呼び出されて、現代の知識で発展・無双しているッスよね? しかも嫁も子供もいるなら、どう考えたって理想の勝ち組人生じゃないッスか。素直な剣と魔法のファンタジーって呼ぶには、ちょっと味付けの濃い南の島国だったッスけど』
ここだけを切り取れば『異世界転移』の話に聞こえるだろう。しかし――結末や細かな所を指摘していけば、メッキを引きはがす事は可能だ。
「だが最終的に『厄災』によって、勇者様は敗北したぞ。妻子は死亡濃厚、良くしてくれたみんなの村は焼き払われた。ちょっとした失敗ならともかく、こんな大敗は異世界転移の話であるのか?」
『それは……本人の努力不足だったんじゃ……』
「努力だけで、どうにかなる戦力差だったか? 話を聞く限り――君ら年代に合わせるなら『ムリゲー』な状況に見えたが」
時間的猶予はあったものの、十年そこらで『南国の未発達文明』を『中世ヨーロッパの戦力』に拮抗させるのは厳しい。仮に教授が『転移』したとしても、対策が間に合うとは思えない。最初から『侵略者が来るから備えてくれ』と言われたなら、ハルファス込みでなら何とかなる『可能性が生まれる』程度だろう。
『う、うーん……まぁ、チートスキルが無いのも考えりゃ、確かにムリゲーと言えるッスね。でも主人公キャラって、そんな困難を乗り越えてこそじゃ?』
「物語として考えればな。だがもし――これが最初から物語や『異世界転移』で無かったとしたら?」
『え……?』
そう、これはあくまで噂として『異世界転移の珠』と、呼称されていたに過ぎない。
この話の正体は、もっと別の所にある。まやかしのベールを破壊し、真実の一端を天草教授は暴き立てた。




