次の勇者へ
今回の話のきっかけ、噂の出所にしてすべての根源は『異世界転移出来る珠の噂』にある。これから話す内容は、恐らくは噂の核心に至る内容に違いない。
だがしかし、教授は訝しんだ。何故なら力弥は始まりについて、すなわち『異世界転移の珠』について、頑なに黙秘する態度を取っていた。それをわざわざ話題に出す……どういう意図か読み切れず、爆弾に触れるような慎重さで教授は問うた。
「その『珠』と言うのは……君が話の冒頭で黙秘した内容に、抵触するのではないのかね?」
「……そうだ」
「では、話はここで切り上げるべきか?」
これは本心ではない。すぐにでも聞き出したくて仕方ないが、あえて引き上げるそぶりを見せた。案の定、逃げられぬようにと自分から力弥が止めに入る。
「いや……少しは話す。ここまで付き合わせたし、教授は俺の話を否定しなかった」
「……どれぐらいまで、話す気が起きている?」
「『珠』について、向こうで言われた事は話すよ。でも、誰から貰った・誰に渡したを言うつもりはない」
隣の代永は喜んでいるが、教授としては複雑だ。すべての根源を押さえたい気持ちもあるが、現象について理解が深まるだけ良しとしよう。『異世界転移の珠』について、いよいよ力弥から語られた。
「あの『珠』は……そうだな、サイズとしてはゴルフボールか、それより少し小さいか。多分だけど、何かの宝石の原石を磨いて、球体状に加工したモノ……だと思う」
「現代の宝石のように、カッティングはされてないと?」
「そうだ。向こうのみんなは『宝珠』って呼んでいたけど……でも、不純物がかなり混じっていて。現代の加工技術で処理するより、ずっと不出来な物と思う」
「君は……呼び出された文明にかなり入れ込んでいるようだが、それでも『宝珠』と呼ぶには抵抗がある?」
「あぁ。多分、今までこの『珠』を手にした人たちも、同じ思いだったんじゃないかな。だから噂として広まったのが――」
「『異世界転移できる『珠』』だった。か」
未熟なりに加工された、原石の珠。実際に手にした力弥の証言がこれなのだから、実物は恐らく、さほど特別な雰囲気のモノではないのだろう。下手をしたら『石』と呼ばれかねないような代物に違いない。
ただ……そんなガラクタめいた物品を、人から人へ引き継いでいった。そうして現実に影響を与えるにつれ、噂として人に認知されるようになった。となれば、かなりの人数が『異世界転移の珠』を手にし、現象を体験した可能性が考えられる。教授の推察を裏付けるように、力弥は『最後』に転移先で言われた事を告げた。
「『今回も滅びを回避できなかった。けれどどうか、この未来を打ち砕く勇者を招いて欲しい』と。そのために、次の人間へ『珠』を渡して欲しいと」
「君もそうやって『前の転移者』から、異世界転移の珠を渡されたのか?」
「……と言うより、押し付けらえた。初対面でいきなり」
「おいおい……よく受け取る気になったな?」
「なんでかよく分からないけど……でも、断る気は起きなかった。なんとなくだけど、受け取らないといけない。そう思った」
「根拠も無く、初対面の相手から、訳の分からない珠を受け取った。ね」
何とも危うい行為である。現代であれば、その手の贈り物に発信機やら盗聴器やらを疑うだろう。そうでなくても、見知らぬ相手から物を貰うなど言語道断。ましてや、贈り物の内容が『異世界転移の珠』なんて、胡散臭さ全開の物品であれば、即座に廃棄すべきだろう。――普通に考えれば。
ただし現実として、珠を受け取り、異世界転移を体験したと主張する者が、こうして目の前に現れている。加えてこの男力弥は、とんでもない事を言いだした。
「白人どもに森と村を焼かれて、追手が来る前に長は『異世界転移の珠』を見せつつ言ったよ――『この珠を渡すべき人間は、直感で分かる』って。実際俺も、渡す番が来た時……一目見ただけで、渡すべき相手を理解できた」
「渡した……のか。次の奴に『異世界転移の珠』を」
力弥は顔をこわばらせ、黙秘。『異世界転移の珠』誰に渡したか、どこで譲渡したかを言う気は無い。最初からこれは一貫しており、恐らく誰から渡されたかも、吐かせる事は難しいだろう。
それでも、やりようはある。教授は一つ問いかけた。
「誰に珠を渡すべきかを理解できたらしいが、すべて君の直感か? それとも、珠の方が『次の勇者』を選んだのか?」
「……恐らく後者だと思う。俺に渡した奴も、同じ体験をしたに違いない」
「珠が選んだ人間に珠を渡して、脈々と引き継がれてきた……その解釈でいいんだな?」
「多分。でも始まりは何処かとか、何人を経由しているかは知らない」
力弥は嘘をついてはいないだろう。この原理で『異世界転移の珠』が人から人へ渡っているなら、相当な人数の間を行き来している。始まりの場所を特定するのは、教授目線でも骨が折れそうだ。経験者が知らないのも無理はない。
しかし……と教授は考える。
「だが、珠を渡す事に何のメリットが? 確かに、次の奴が異世界転移を始めるのだろうが……力弥君、あるいは前の転移者は何も得をしないのでは?」
「……長は最後に言ったよ。『いつか滅びの運命が回避されれば、これまでこの島に来た勇者たちも報われる。死んでいった者たちは死ななくなり、因果律は結ばれる』と。ちょっと俺にも意味は分かんないけど、でも、うん。俺に良くしてくれた人たちが死ななくなるなら……それなら、そうなれば、いいかなって」
「……感情的な問題か」
呼び出されたとはいえ、頼りにされ、長らく共に暮らした人々がいた。その者たちを滅びの運命から救えなかった。後悔もあるだろうし、その者たちが救われる可能性が生まれるなら、珠を渡すぐらいの事はする……か。
「……話は終わり。これ以上は話す気は無い。あんまり話し過ぎて、珠の位置がバレたら……救われなくなる」
最初、頑なに珠について語らなかった理由が、ようやくわかった。
遥か遠くから呼び出してまで頼り、救ってくれと縋ってきた民族。なのに力及ばず、滅びの運命を変えられなかった自分……妻子までいたと証言するなら、思い入れは相当深い。その彼らを救うための行動はするし、自分の言動一つで可能性が途絶えるのなら、黙秘もするか。
一定の筋は通っている気がする。ある一つ致命的な誤解、あるいは曲解を除けば。だが。
最後に教授は、興味本位の質問した。
「君は……随分と西洋文化に拒否反応を示すようになったそうだな?」
「……」
「皆まで言わなくていい。君を呼び出した民族を滅ぼした奴らが、ヨーロッパ圏の人間に酷似していたから、だろ?」
「……そうだ」
「そこで一つ思ったんだが……たとえば次に『異世界転移の珠』が選んだのが、白人系の人間だった場合――君は、珠を渡せるかね?」
ほんの一瞬、力弥はすさまじい憎悪に飲まれたかのように――怨恨の眼差しを教授に向ける。敵に対して、敵に似た人間に対して『珠』を渡せるのか……その質問に対しての返答は長い時を要したが、やがてゆっくりと握りこぶしを解きつつ、言う。
「正直、まず無いと思うけど――珠が選んだのなら、渡せると思う」




