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天草教授の怪奇譚  作者: 北田 龍一
『異世界転移の珠』の噂

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厄災への備えは

 南の島国風の異世界に召喚され、未来に訪れる『厄災』に備えて欲しいと、呼び出された先で力弥は頼まれたという。滅亡の運命、その正体は船に乗って来た侵略者だと告げた。

 教授は顎に手を添えて思案する。真偽の方はともかく、民俗学を専門とする教授として感じる事はあったから。


「この手の『厄災』と聞くと……どうしても自然災害を連想してしまうのは、私が日本人だからかね?」

「……そうかもしれない。俺も全く同じことを連想した」


 力弥は力なく、自虐気味の笑みを浮かべたが……久々に敵意が抜けた表情を見せた気がする。今までは言葉が通じても、意思や感覚がズレているような感触が続いていた。

 まだ『発狂や重篤な妄想』の線も捨てきれないが、日本人固有の感覚が通じるなら、正気に戻すなり、一般的な社会生活に合わせるよう、説得が通じるかもしれない。相手の世界観に留意しつつ、一つ一つ教授は詰めていった。


「となると……君を呼び出した島の住人も、厄災が起きる事は予見していても、内容までは知らなかった?」

「肯定する。察していたなら、俺の方針を止めたに違いない」

「君は、召喚されてから何を?」

「道の整備と……現代で言う『ハザードマップ』や、避難経路、避難所の建築などを指示、手伝った。火山もあったから、厄災とは噴火の事か、逆に津波が来るかもしれないと考えて……海沿いと小高い丘の二か所に」

「厄災と自然災害を結び付け考えるなら、その対処が妥当だろう。君は強い後悔があるようだが……スコールの酷い時は役に立ったんじゃないか?」


 南の島国と言えば、常に太陽がサンサンと降り注ぐ印象を持ってしまいがちだが……実際の気候は熱帯地域。ゲリラ豪雨めいた大雨が、時期によっては長雨として降り注ぐ。雨による災害の恐ろしさは、現代日本に住む若者だけでなく、現地住人にも理解されたに違いない。現に力弥は、大人しく答えていた。


「あぁ……そうだな。確かに、全く無駄な事じゃ無かった。他にも、現代の知識を生かして色々と貢献したつもりだ。衛生概念や農業とか、知っている範囲で……」

「いわゆる知識無双系ッスね」

「……無双は、出来なかったよ。嫁や子供もいたのに、何一つ……」


 ぐっと拳を握り込んで、悔恨を口にする力弥。唐突な『妻子持ち』と告白されて、部外者二人は追い付かない。何も飲み込めない現世組を置き去りにして、力弥は奥歯を噛んで一筋の涙を流す。訳がわからないが、演技に思えない。困惑して止まり木の悪魔をチラ見すれば、数回静かに頷いている。敗残兵の気配といい、本人は嘘を言っていない……いや、本当に『敗残兵』でなければ、出せない性質の感情なのだろう。教授は次の質問に入った。


「侵略者は……いつ頃やってきた? 君が呼び出されて何年ぐらい後の事だ?」

「さぁ? あの島には時計……時間の概念が無かったから、何とも言えない。雨季や乾季で、なんとなく季節の周期を感じていたけど……正確にどれぐらいの月日か? と聞かれると困る。でも、そうだな。子供の育ち方からして、十年前後だと思う」

「……一夜の出来事ッスよね?」

「あー……枕元に置いて眠って、十年以上向こうにいて、目が覚めたら翌日だった」


 時間感覚がメチャクチャである。幸いな点は、話している本人も違和感を覚えている事か。これで何の疑問も持たないようなら、いよいよ発狂を疑っていただろう。とはいえ、質問しても答えられないだろうから、教授は『目が覚めた』原因ときっかけについて尋ねた。


「こちらで目が覚めた理由について、想像がつくか? 例えば向こうで眠りについたら、今度はこちらで目覚めた……とか」

「いや、向こうは向こうで普通に寝ていた。目が覚めた理由は、間違いなく『向こうで俺が死んだから』だろう」

「死因は……推察するに『侵略者』が原因か?」

「……そうだ」


 力弥の異世界転移譚、そして現在の精神性は、この『侵略者』が重要な起点になっている。今までの証言も考えれば、あまり話したくない事に違いないが……


「……想像するに、辛い内容なのは察しが付く。だがこちらとしても」

「……分かっている。検証できない、だろ? 話すよ。ちゃんと」


 しばらく言い澱んでいる力弥だけれど、必要と理解している。気まずい沈黙の中、彼は遂に『侵略者』について喋り始めた。


「奴らは……数隻の船に乗って、島の外からやって来た。金髪の、白い悪魔どもが……最初こそ友好的な雰囲気だったよ。コッチとしても、珍しい人間、珍しい客人だともてなそうとした。言葉が通じなくてみんな大変だったが、俺は……多分、異世界転移の影響からか、アイツらの言葉が分かって……通訳をしたよ」


 つらつらとメモを取り続ける教授。何かに気が付いたのか、途中で表情がピタリと強張る。数回頬を掻いた彼は、今までとは違う、剣呑かつ真剣な表情で詰問した。


「船の形状、性質を分かる範囲で知りたい」

「帆を張る船だった。蒸気船とか、ディーゼルエンジン駆動じゃない」

「いわゆる『ガオレン船』か?」

「あれよりは小型だった」


 教授と力弥が話し合う中、代永は目線が宙を泳ぐ。推察するに、通常の異世界モノと異なり過ぎて、ついていけないのだろう。

 その物語も佳境に入る。ついに来たる厄災について、呼び出された男は語り始めた。

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