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天草教授の怪奇譚  作者: 北田 龍一
『異世界転移の珠』の噂

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奇妙な転移譚

 長らく続いた沈黙は、果たして逡巡か躊躇か。恐らくはその両方だろう。業を煮やした代永が肘で従弟をつつくが、出てきた言葉は歯切れが悪いままだ。


「……教授さんだっけ? 俺の話を信じるか?」

「内容次第だ。例えば先ほどの『村を焼かれた』に反応するような状況が、君の体験に無ければ矛盾する。そういうのを見つけたらバッサリ切る」


 安易に『信じる』と断言しないどころか、嘘と判断したら切ると言い切る教授。代永はあからさまに不満を見せたが、力弥は特に反応が無い。真実のみを語る気か、それとも堂々と嘘をつき通す気なのだろうか。探り探りに教授は『異世界転移』に至るまでの経緯を尋ねた。


「『異世界転移の珠』……噂に聞いたが、それによって君は『異世界転移』を体験したと聞いている。事実か?」

「……」


 容疑者、ここで黙秘を選択。いきなり初手からつまづいたが、隣の代永が補足してくれた。


「事実ッス。こうなる前にコイツ『なんか変な奴から、いきなり異世界転移の珠を貰ったw』なんてメッセージを送って来たんッスよ。これ、証拠の会話履歴」


 よく使われるチャットツールを開き、証拠として提示する代永。何故か全く答えない力弥は、見るからに不機嫌そうだ。当然天草教授は突っ込む。


「何故喋らない? 物事の始まりやとっかかりを、全く話さないとはどういう了見だ。こちらを試すような事を言っておいて……信じさせる気が無いのかね?」

「あー……教授。実はコイツ『異世界転移を体験して』から、きっかけについて一切喋んないッスよ。この態度は、教授さんに限定した物じゃないッス。だから、コイツ自身が体験する前、噂を信じる前に言ってた事しか根拠が無いッス……」

「ふぅん……何か不都合なのかね。現に今、殺意に満ちた表情に見えるが」

「も、申し訳ないッス」


 謝るのは代永ばかり。当人は露骨なぶっきらぼう。説明した従兄たる代永に、勝手に喋るなと言わんばかりだ。物騒な展開になる前に、この話題を切り上げる事にした。


「言いたくないなら後回しにしよう。話せる所から始めてもらえるか?」

「分かった。向こうに呼び出された後から話す。それと……」

「まだ何か?」

「よく聞く『異世界転生・転移』と異なる部分が多くて、前提の説明が長くなる。いいか?」

「構わん。本題に入ってくれ」


 きっかけについて黙秘をしておいて、それ以降は詳細に語りたいらしい。既に態度が矛盾している気がするが、不安定な精神状態は見て取れた。仕方がないと割り切りつつ、体験談について聞く。


「呼び出されたのは……島だった。気候は南国で、太陽がさんさんと降り注いで、褐色肌の民族が、俺を魔方陣の上に呼び出した」


 教授はピンと来ないが、代永はあからさまに動揺している。前置きの通り『流行りの異世界転移』と異なる点があるのだろう。後で彼に確認するとして、今は力弥と自分との認識をすり合わせる。


「ハワイアンな雰囲気を連想したが……その解釈で大丈夫かね?」

「あぁ。それでいい。ヤシの繊維で編んだ服とか、鮮やかな色合いのフルーツがあちこちに実っていたよ。ココナッツの味が恋しい」

「ふぅむ……漂流記などを思わせる環境だ。そうした状況とは異なるのか?」

「……コイツが少し喋ったから隠さないが『異世界転移できる珠』を、枕元に置いて眠ったその日の夜に――]

「『島の住人によって召喚された』と主張するのだな?」


 教授のイメージでは、異世界転移と聞けば『中世ヨーロッパ』の印象が強い。詳しくない教授でコレなのだから、恐らく一般的にもそうだろう。教授としては、もう一つ気になる点がある。早速彼はツッコミを入れた。


「寝ている間に転移した。とのことだが……となると、君は寝巻姿で呼び出されたのかね?」

「いや……あれは、なんと言えばいいのか……姿や背格好は、俺を呼び出した住人と同じ姿だった」

「つまり、褐色肌の民族になっていた。と?」

「それって異世界転移に該当しないんじゃ……?」


 教授の疑問符に、代永が追従する。詳しいであろう若い世代での会話を、教授は聞く事にした。


「だって、異世界転移って……自分の姿格好のまま、別世界に移動するから転移なんでしょ? 力弥も『この姿は力弥自身じゃない』って、認識できる状態ッスよね?」

「でも転生とも違う。赤ん坊からやり直していない」

「そりゃそうッスけど……」

「もう一つ転移だと言い切れる根拠がある。俺は……島の住人の魔術によって呼び出されたんだ」

「あー……召喚系ね。そっか、それなら異世界転移のくくりで……でもなんか違和感が」

「あの場に居れば、すぐに『異世界転移』と感じられるに違いない。だって『助けてください勇者様』って感じだったし」


 ややこしいので、後で整理も兼ねてメモを取り始める教授。魔術の単語に反応し、力弥に対して深堀りした。


「魔術か……魔方陣云々の話も合わせれば、手間かコストか、両方を支払っていると想像できる。そこまでして、君が召喚された理由は……助けてくれ、か。魔王の襲来に備えて欲しいとでも言われたか?」

「……意味合いは近い」

「何?」

「『これから数年後に、島に大いなる厄災が訪れる』『運命に定められた滅びが降り注ぐ』『あなたには、我々をこの運命から救ってほしい』――そう言われた」


 非常に抽象的な言葉だが、教授はこの筋書きに覚えがある。民族伝承や伝説における『預言』や『予言』に類似していた。民俗学者として、これらの言葉に対して、有名な疑問点を投げかける。


「それは……どっちが先だと思う?」

「何が?」

「話の先取りすると――滅びを回避できなかったんだろう。君は」

「……………………」


 威圧感のある無言は、真実を言い当てたに違いない。不機嫌な男に対して、教授はつらつらと並べ立てた。


「君が住民から頼み込まれた内容は、多くの民間伝承で存在する形式だ。

 厄災の予言があり、人々はそれを回避しようと奔走する。しかし必死の抵抗を試みた結果、その悪あがきが破滅の未来を手繰たぐり寄せる。さて、これは最初から決まっていた事なのだろうか? それとも……『予言してしまった事で、滅亡を招いてしまった』のか? 卵が先か鶏が先か――君の転移譚はどうだ?」

「間違いなく前者だ」


 迷いのない断言。教授も流石にたじろいだ。

 物事は基本、複合的な原因をもって生じる。曖昧な要素も多いから、即答や断言は難しい。しかしこの速さであるならば……予言云々は関係なく滅亡が定められていた、原因が明確だと言いたいのだろう。教授はいよいよ力弥の体験、その核心に切り込んだ。


「厄災とはなんだ。滅亡の原因は?」

「遠い遠い異国から――船に乗って侵略者が来たんだよ」

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