敗北者の眼光
一応書いときます。本作品はフィクションです
「-――つまり『大航海時代』は、確かに人類にとって大いなる発展をもたらしたが――民俗学的側面で見れば、多くの民族と文化が死滅した、血塗られた旅路でもある。マゼラン一行が『一人も欠ける事無く』世界一周を成し遂げ、全員がスペインで表彰されているが……それはあくまで、ヨーロッパ圏から見た主張であることを留意しておきたまえ」
そう言って、天草教授は自らが受け持った講義の締めとした。『異世界転移の珠』の噂を聞いてからまだ数日。何の進展も無く、大学教授として講義を進める日常。雲をつかむような話だし、じっくりと腰を据えて待つとしよう。
――**―
――――――!::::*
Jp‘oYfDyQ@
M4DbDw‘;GdT@T0。
=**‘+‘{*
_?>‘(&“&$=(
***
そして数か月後――ついに代永から連絡があった。本日の来賓はなんと『異世界転移から帰って来た勇者様』だそうだ。頭を抱えそうになる文言だが、この案件を持ち込んだ広報部の代永は、天草以上に深刻な文言で連絡を寄越してきている。悩みの種な事は、代永君も同様のようだ。
「……何があった?」
まさか『噂の体験者』と直接接触できるとは……もう少し、細かな話が続くと思っていたのだが、段取りが良すぎる。天草も予想外な展開に、代永はチャットツールで教えてくれた。
『実はオレの従弟が被害者でして……二浪中なのもあってか、メンタルが弱っていたところで、異世界転移物にハマってたらしいッス。そこに噂が持ち込まれて……』
血縁の人間に、噂の体験者が現れた。それで代永の連絡が早かったらしい。恐らく従弟の両親も対応を試みたのだろうが、異世界転移についてさほど詳しくなく、年代の近い代永に相談した……のだろう。代永が親同士の話に首を突っ込んだのかもしれないが、そこはスルーした。
現在代永は、従弟を連れて大学に来ると連絡が入っている。ここまでの経緯について説明を求めると、少し間をおいてから返答があった。
『教授は『神秘のプロフェッショナルって』説明して、従弟は説得したッス。逆に叔父さん夫妻は『ちゃんと民俗学を研究している教授』って言って、何か有益な助言を得られるかもと口説き落としておきました!』
「……酷いダブスタだが、放置して精神病棟にブチ込まれるよりマシか」
『あ、それと謝礼についてですが……』
「それはまず、症状や状況を聞いてからにしよう。前も話したが私の専門外で、全く歯が立たん案件かもしれん。お祓いでどうにかなる可能性もあるから、報酬を支払う相手を決めるのは早い」
現状、どのような展開になるか予想がつかない。変に報酬を先払いされて、事態解決を丸投げされても困る。身なりを整え、ハルファスにも暴れぬよう口添えをして、室内を整理整頓していると、あっと言う間に打ち合わせた時刻になった。
「「失礼します」」
二人分の声が室外から聞こえる。片方は聞き覚えのある代永の声。もう一人の声色は……親戚なだけあり代永に近いが、何故かゾクリとする響きがある。止まり木に立つ悪魔・ハルファスが何か言いかけたが、目線で制し入室を促した。
代永が連れて来た男を見て、教授は眉をひそめた。なるほどこれは尋常ではない。異世界転移云々を抜きにしても、何らかの問題を抱えている。それが分かった。
「お前は……」
「ちょ! 力弥! いきなり『お前』はマズいッスよ!」
「いい。気にするな。ソイツ、通常の神経じゃない」
初手から暴言を放つ代永の従弟、力弥。教授も軽いジャブを差し込むが、力弥からの反論は無かった。
代わりに――力弥は唇を歪め、微かに歯をのぞかせた。獣のように、牙を剥いて威嚇する様子にも見える。剣呑で、物騒で……どこか血生臭い気配がする。僅かに教授にも覚えがある気配、悪霊の恨みつらみにも似ている気がするが、同時に明確に違うとも感じる。教授が対応に迷い沈黙が流れると……静寂を破ったのは、天草にしか聞こえない声だった。
『コイツ……敗残兵だ』
ソロモンの悪魔の呟きに、来賓たちの反応は無い。どうやら力弥もハルファスの声が聞こえないらしい。教授は止まり木に近い側の手で頬を掻き――一度だけ耳を軽く差して、続きを促した。
『クソみてェな血みどろの戦争をして、戦場で死ぬ気だったのに……運悪く生き残っちまった奴の気配をしてやがる。どういうことだ? 現代日本じゃあり得ねェ』
さもありなん。戦争とは遠縁のこの国で、生と死の殺し合いをする奴はそういない。しかし、ハルファスがこんなつまらない嘘を吐く理由もないし、何より『戦争に特化した悪魔』が、敗残兵の気配を間違えないだろう。教授が馴染みのない気配な事とも合致する。
『現代日本じゃあり得ない』と断じるハルファスだが、もし――噂通りに異世界転移したのならどうだろうか? 剣と魔法の世界なら、敗残兵も生まれ得る。悪魔の言葉をヒントに、教授は力弥とやらに話しかける。
「故郷の村でも焼かれたか?」
次の瞬間、力弥はグッと瞳に力を込める。地雷を踏みぬいた手ごたえだが、的を射た発言でもあった。力弥の激情が過ぎ去るのを待つと、教授に向けて拗ねたように言う。
「……何も知らないクセに、分かったような事を」
「そりゃ何も話していないからな。ただ――理想的な『異世界転移』生活が出来なかったのは想像できる。後悔があるんだろう? 自分の物語に」
「……………………」
苦々しく口を結ぶ力弥だが、しかし核心を突いているからか、怒りをぶつけては来ない。ためらいがちに口を動かすが、すぐに言葉がまとまらないのだろう。ハルファスの言う通り『敗残兵』であるならば、無理もない事だ。
――一連の反応を見るに、少なくても力弥とやらは嘘をついているように見えない。正気を失って発狂したのか、それとも『本当に』体験したのか……
何にせよ、周囲の気を引くために、演技で狂ったフリをしている輩とは違う。事態を慎重に見極めるべく、教授は異世界転移者の言葉を待った。




