悪魔的異世界転移・転生考察
広報部の代永が退室し、廊下をゆっくりと歩いていく。既に悪魔を恐れていないのだろう。実際ハルファスは、敵対と取られかねない行動は過敏に反応するが……一般的な生活をしているのなら、誰かに害を及ぼす事はない。こと教授にはやけに友好的で、雑談に参加する事もままある。なのに、今回は妙に静かな事が気になった。
「……代永君は、ハルファスを認識できている。途中で私に、話しかけてこなかったのは何故だ? お前にしては珍しく、ずっと静かだったが」
代永はハルファスの姿が『見える』が、その声を聞く事は叶わない。しわがれた声で話しかけても、口を動かす所が見えるだけで、意思疎通は難しい。しかし存在を認識しているのだから、教授とハルファスの間で会話しても問題ない状況だった。
疑問を投げかけると、悪魔は羽で頭を掻きながら答える。
『いやァ……異世界云々の話が全く分からん。だから口を挟めなかったンだよ』
「確かに悪魔の感覚からすると、本当にごく最近発展したジャンルか。私もそこまで詳しくないが、一般的な範囲で教えよう」
『助かるぜ』
ソロモンの悪魔は、かなりの歴史を持つ存在だ。対して異世界転移・転生系の創作物は、まだ発展から半世紀も経っていない。全く知らないとしても、不思議は無いだろう。自信の無い教授は、ネットのまとめ記事なども参考にしながら、ハルファスに講義を始めた。
「この手の異世界転移・転生系は『小説家になろう』ってネットサイトを中心に広まった創作物とされている。最初こそ小説から始まったが、漫画で題材になる事も多い」
『ふぅん。天草も読むのか?』
「あまり気は進まない。その時間で民俗学の研究をした方が有意義だ」
『真面目だねぇ』
クソ真面目な返答をからかう悪魔をスルーし、教授は説明を続ける。
「転生系の話の場合は、基本的に主人公役は冒頭、何らかの原因で現実世界で死亡する」
『オイオイ、しょっぱなから穏やかじゃねェな』
「トラック事故で跳ね飛ばされるのが、一番使われている展開だな。多くの主人公を異世界に飛ばした事から『転生トラック』なんてワードも流行っていた」
『ともかく、最初に主人公はコッチで死ぬんだな?』
「あぁ。ところが、死んだと思ったら意識が残っている。そこで神様が仰々しく出てきて、主人公が死んだのは、神様側のミスだと告げられる。んで、間違って死んだ人生の補填として、能力なり地位なりを与えられた状態で、別の世界で生まれ変わる……って感じか」
ハルファスはなんとも言えない表情を作る。古の悪魔はこの話を聞いて、どう感じるのだろうか。興味を持った教授は、あえて何も言わずハルファスの発言を待つ。やがてハルファスは、悪魔なりの話を始めた。
『もし、そういう人間の魂を拾い上げたのが、したたかな悪魔なら……『申し訳ありません人間様! 本当は補填したくてしたくて仕方ないんですけど、実はこういう不都合が起きてまして……補填をお渡しするには、あなたの協力と契約が必要なんですよー』とか言って、小間使いにするだろうな。んでちょっとずつ力を渡しつつ、次から次へと面倒ごとを押し付けて……実は渡す力以上に、悪魔は相手を利用するって感じ。要は『特別な力を与えてやる』ってのをエサにすれば、転生者は元気に走り回ってくれるんだろ?』
「RPGゲームで見覚えのある展開だ。やけに詳しいが……もしかして実際にやった事あるのか?」
『うんにゃ。悪魔業界では日常茶飯事ってだけさ。それに、オレは回りくどい事はしねェ。使えない奴や不出来な契約者殿は、もれなく死地で内臓をぶちまけてもらう。そのショーを見てオレサマは溜飲を下げるってワケ!』
それはそれで物騒である。げんなりする教授へ、ハルファスは言葉を途切らせず質問した。
『ところで、一つ前提を聞いていいか?』
「答えられるかは別だぞ」
『異世界転生ってのを、魅力的に見える人間は多いと思うか? 要はこの話に乗っかって来る奴の数を聞きたい』
「何とも言えないが……幸運が転がり込んで来るのを歓迎しない奴はいないんじゃないか? 警戒心の強い奴なら、突っぱねる可能性はある。だが同時に、引っかかる奴もいるだろう。その辺りは人それぞれじゃないか?」
人間一人一人の個性まで配慮出来ないが……すべての人間が『特典付き異世界転生の権利』を提示されて、誰も受け取らないのは考えにくい。多少の手間や条件を付けられても同様だろう。天草の無難な返答を聞いて、悪魔は嫌らしく笑った。
『だったら後は簡単だ。ほどほどに力を渡していたとしても、長い事やってると疑念が湧いてくるだろう? その前に次の新しい転生者に声をかけて、前の転生者を始末させちまえばいい。もちろん、死んでもらう方には能力を取り上げて、搾りかすになった所をポイっ! これで無限に奴隷を供給できるって寸法よォ! 永久機関が完成しちまったなァ~ッ‼』
「これはひどい」
これでは生まれ変わった側は、チート転生して主人公になるために、必死に奔走した挙句……いつの間にか悪魔に主従を逆転され、最終的には捨て駒だ。悪魔的発想に天を仰ぎつつ、教授はもう一つの『転移』の方にも言及する。
「異世界転移の場合は生存したまま、別世界に移動する。同じように車で飛ばされるケースもあれば、船とか飛行機とか……あとは高校生のクラスメイトごと、別世界に移動するなんて話も多いか。他には、異世界側から『助けて下さい勇者様』なんて召喚されるパターンも見たことがある」
『最後のは北欧神話の『ワルキューレ』っぽいな? 残りのは結局……事故だ不手際だってお偉いさんが出てくるんだろ? 同じ手法が使えそうだが……いや、人数いる分面倒か? 契約でハメ殺すのは、少人数や個人相手の方がやりやすい』
「そんな所に、差分点を発見するんじゃない……」
教授は悪魔に尋ねた事を後悔した。恐らくハルファスとしては、特段悪意を盛ったつもりはないのだろうが……根本からして悪性が強すぎる。
とはいえ、こうした意見は悪魔ならではの物に違いない。考察の役に立つ事を祈りつつ、教授は異世界転移・転生の話をハルファスと続けた。
彼らが追加の情報……すなわち、代永からの連絡を受けるのは――




