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天草教授の怪奇譚  作者: 北田 龍一
郷土研究室の噂
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郷土研究室の噂

 ある大学――昼の二時過ぎなのだが、その研究室は人気ひとけが少なく薄暗い。外で歩く大学生たちの活気のある声も、遠く反響するざわめきに過ぎなかった。

 太陽の光が、深海まで届かないように……研究棟の奥にある『郷土研究室』は、影の中に沈んでいる。ある事情で研究棟へ訪れた人物たちは、その不気味さに思わず息を飲んだ。


「ね、ねぇこれ……例の噂、本当なんじゃ?」

「雰囲気ヤバいッスよ先輩……なんか、肌にピリピリ来る感じが。寒気もする」


 一人は女性、一人は男性。手にはメモとペンを握っている。背丈と雰囲気からして学生だろうか? 身だしなみに気を使っているようだが、言動から若さがにじみ出ている。さしずめ肝試しに来た集団のようにも見えた。

 足取りが重くなる二人を他所に、後ろから出て来た金髪の男が二人の方を叩きつつ、前に躍り出る。


「それは武者震い! スクープの前触れだよ! 本物を拾えれば特ダネじゃないか!」

「いやいやいや! 本物だったら、自分ら何が起こるか分からないッスよ⁉」

「いいじゃないか! いっそ派手な事件になってくれた方がいい。わたしが積極的に犠牲になるから、君たちはカメラを止めるなよ?」

「縁起でもない事を言わないで下さいよ! 小原おばら大先輩!」

「はっはっは!」


 金髪爽やか青年の小原大先輩は、その実豪胆な気質らしい。怯える後輩二人を背に、暗い廊下をぐいぐい進む。置いて行かれないようにと、大急ぎで後に続いた。

 まだ未熟な二人に対して、悠々と足を進めながら小原は喋り始めた。


「君達! ここで一つ、パパラッチの基本を伝えておこう」

「な、なんでしょうか、小原先輩」

「『取れ高はリスクと紙一重』だ。強烈な現実の体験こそ、記事読者諸兄が求めるモノ。故に記者は『濃厚な現実の原液』と対面する事になる! 事件であれ、心霊現象であれ、社会問題であろうと……時に酷く生々しく醜悪な『現実』と、だ!」


 朗々と詩を唄うように、小原大先輩は記者魂を語る。まだ未熟な新米記者二人は、先人が歩み辿り着いた、一つの真理を聞いていた。


「ただ、それをそのまま提供してしまうと、色々と刺激が強すぎる。だからそれを薄めて、程よい濃さにして提供するのがメディアの仕事……なのさ」

「薄い奴を濃厚にしちゃダメなんですか? 先輩」

「それが……なんでか上手く行かないんだ。いわゆる『ヤラセ』臭くなってしまうよ。もちろん、そうした偽装が巧い奴もいるけど、出来る人は一種の天才だ。経験が浅いうちはマネしない方がいい」

「濃いのを薄くする方が楽って事ッスね!」


 後輩が首を縦に振ると、小原も満面の笑みで頷いた。


「その通り! だがこれは裏を返せば、取材班は『濃厚で生々しい現実』と向き合う事になる訳だ。ともすれば生命が危うくなる現場に、自分から踏み込む場合もある。ま、そうした事態に比べれば……今回の取材は、良い練習だと思いたまえ」


 爽やかな先輩風を吹かせながら、小原は目的地へとたどり着く。目的地たる『郷土研究室』の入り口に立つと、後輩たちに小原は道を譲った。


「さ、後ろで見ているから、君たちの思う通りに取材をしてみよう。事前にアポも取り付けているから、よっぽとの事をしなければ大丈夫だよ」


 後輩二人が、緊張の面持ちで一歩前へ。二人組が顔を見合わせ、呼吸を整えてから扉を叩いた。


「「失礼します」」

「あぁ、時間か。どうぞ」


 低い男性の声が出迎える。促されるまま扉を開くと、ひんやりとした空気が三人の肌を包む。若干しり込みした新米二人の背を叩き、おっかなびっくり彼らも入室した。

 とはいえ、無理もあるまい。窓がある分明るいはずの『郷土研究室』は、不気味な道具で埋め尽くされている。藁の人形やら奇妙な装飾の仮面やら、如何にも『オカルト』な雰囲気が漂う。まるで異界に迷い込んでしまった気分だけれど、招かれたのならば人間としてすべきことは一つだ。


「学内広報部の代永よながです」

「同じく、園山そのやまです。そして……」

「学内広報部、取材班長の小原です。本日はよろしくお願いします、天草教授」

「あぁ、よろしく」


 事前にアポイントメントを取っていたからか、教授は四人分の席を用意してくれたようだ。勧められるままに着席するが、新米二人は視線を泳がせていた。


「物珍しいかね?」

「え、あ、ごめんなさい。つい」

「中々……その、雰囲気あるッスね」

「安心したまえ。今、君たちの前にある物品には、心霊現象を起こすモノはないよ」


 若手二人を安心させるように、やや大げさな手ぶりで周辺の展示物を指し示す。それですぐ納得できず、新入りはある事を質問した。


「そう言われても……実は、今回の取材に来たのは、まさしくそういう噂を確かめに来たッスよ」

「ほぅ? 噂? 例えば……こんな人形にまつわる物かね?」

「藁人形を打ち付けるのは、神社の御神木などでは……? いえ、確かに前々から『近寄りがたい』とか『教授は黒魔術師だ』なんて噂もあるようですが」

「誤解されるのも無理はないがね。民俗学とオカルトは立ち位置が近い。郷土文化の研究も然りだ」


 当たり障りのないやり取りの中に――小原先輩は何かを感じたのだろうか? 眼光を鋭く光らせて、一息に『噂』の中核に切り込んだ。


「ですがその中で一つ――異彩を放ちながらも、まことしやかにささやかれる噂が一つあるのです」

「なんだ? どうせオカルト関連の、取るに足らない内容じゃないかね?」

「『天草太一教授は、悪魔と契約して教授職を得た』――そんな話があるのです。この噂について、本日は取材させていただきたいと思います」

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