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現代異能の殺気遣い 不鳴岬築

作者: 木村アヤ

「追加された最高額の賞金首はこいつか」

 不鳴岬築は軍用耐衝撃カバーのついたスマートフォンを日に焼けた太い指で操作していた。

 スマートフォンのタッチパネルに表示されている名前は千本桜良。賞金額は最高クラスの五億円。

「……まぁ、こいつは無理だろ。一介の賞金稼ぎに殺せる相手じゃねぇ。〈同盟〉の〈事務局〉にかくまわれているなんて噂もあるし、俺が相手を出来そうなのは……」

 不鳴岬は空いている左手で、空の酒瓶と仕事の書類が積み重なった机に置いてあるマールボロの箱から一本口にはさみ、デュポン・ギャッツビーのライターで火を点けた。その間も目線はスマートフォンにやったままで、スクロールする手を止めることはない。

「安すぎる……高すぎる。やっぱ賞金首なんてのは〈特戦対〉が対処をめんどくさがる小物かそいつらでさえ取り逃す大物ばかりか……」

 このままだと一昨日殺して首を〈特戦対〉に引き渡した小物と同じようなヤツをまた相手にすることになる。殺気遣いが登場し、治安が乱れ、物価がアホみたいに高くなった現代でこんなことを続けていても、今も東京中央病院で入院を続ける不鳴岬燈雪の手術費を貯めることはできない。入院費用だけで手一杯だ。

「チッ……」

 背後の棚に置いてあるまだ空けてない酒瓶に意識が向きかけるが、舌打ちをして堪える。代わりにマールボロを深く吸い込み、書類の山へ向けて吐きかける。すでに殺した奴らの情報が載った資料だ。シュレッダーなんて気の利いたものはないためまとめて風呂場で燃やすことが多いが、面倒くさくてここ数カ月はやっていない。

 薄暗く乱雑な部屋の中で、不鳴岬が諦めて近くにいる安い賞金首の詳細リンクを開こうとした時だった。

 ガチャ、と事務所の扉を開けられ、古いベルが来訪者を知らせる。薄汚れた古い雑居ビルの六階に構えている小さな事務所兼自宅を訪れるような奴は、どこかで買った恨みを晴らしに来た奴か、仲介屋しかいない。

「……ノックをしろと言ってるだろ、渋原の爺さん」

「なんだ? マスでもこいてたか?」

「……女を買う程度の金はある。それで?」

 渋原はコートも脱がず山高帽も取らずにその枯れ木のような細い身体を、赤茶けた古い革張りのソファに沈める。杖をソファにもたれかけ、コートの内側の縦縞の入ったスーツの胸ポケットからラークを取り出して一本咥えると、デュポン・ライン2のゴールドで火を点けた。深く吸い込むと目を細めて天井へ向けて吐き、指に挟んだまま不鳴岬に尋ねる。

「娘さんの調子はどうだ」

「相変わらず目を覚ましやしねぇよ」

 不鳴岬の死んだ妻の連れ子だった燈雪は脳にできた腫瘍のせいで意識を失い、入院している。珍しい難病ではあるものの、治らない病気ではない。しかし腫瘍の切除には極めて高度な知識と経験と技術が必要になり、現在この手術を経験したことのある医者は国外にしかいない。

「日本の医者に任せちまえばいいじゃねーか。手を挙げる奴はいるんだろ?」

「国内最高の医療機関での診断だ。日本中央病院で最高の医師に執刀させたとして成功率は二十%。その最高の医師はやりたがらねぇ。どうしてもと言うならやるらしいがな。腕のある奴らは皆そうだ。そこらの雑草に任せられるわけがねぇ。幸い適切な環境があれば現状維持は難しくないらしくてな。まぁティファニー医師に診断してもらって同程度の成功率なら日本の医師に頼むことになるかもしれねぇ」

 手術の経験のあるティファニー医師に、燈雪の診断をしてもらうだけで一億。今はこれが目標だ。そう告げると渋原は皺だらけの顔を薄い笑いに歪ませる。

「ふっ、儲かる商売だな、医者ってのは。羨ましいぜ」

「だが医者はなかなか重労働らしいぜ。連中は情報をあっちこっちに動かすだけで稼げるあんたをうらやましがるんじゃねぇか? それで今日はなんの用なんだ」

 渋原は空の灰皿に煙草を押し付ける。薄い鞄からノートパソコンを出し、カタカタと操作をすると画面を不鳴岬に見せた。

「何度見てもアンタみたいな爺さんがパソコン叩いてるところは見慣れねぇな」

「馬鹿言え。インターネットがない時代から使ってたぜ。情報の金庫としてな。いいからこっちに来い」

 しかし遠目に見てもノートパソコンに映る顔には見覚えがあった。今しがた不鳴岬が無理だと決めた女だ。

「おい、そいつを狩らせようってんならお断りだぜ。命が対価の博打ははれねぇんだ」

 結婚前なら命を賭けた博打も何度かはってきた。しかし今は燈雪がいる。

「わぁかってるよ。そんな話を俺が持ってくると思うか? お前が飲むだろう条件があるんだよ。いいからこっちに来い」

 不鳴岬はいぶかしがりながらも革張りの椅子を軋ませながら立ち上がり、机を周って渋原の前のソファに腰を下ろす。

「いいか? 今回俺が提案したいのはチームを組まないか? ということだ」

「チーム? ……あぁ、そういうことか。何人だ?」

「四人。報酬は俺を含めて五人で頭割りだ」

 不鳴岬は考え込む。自分への報酬は一億。全く悪い話ではない。すでに三千万ほど貯めてあるものの、およそ一年かかった。残り七千万円を貯めるには単純に考えてあと二年必要だ。燈雪の容体は現状は安定してはいるものの、悪化しない保証はどこにもない。成功するのならば願ってもない話だ。成功するのならば、だが。

「……千本桜は〈同盟〉の中央機関〈事務局〉にかくまわれているという噂があったよな。これは本当か? 本当なら俺たち野良の賞金稼ぎの手に負える話じゃない」

 日本最大の殺気遣いによる犯罪組織、それが〈同盟〉だ。〈同盟〉はトップダウンではなく、多くの小規模な犯罪組織同士の緩やかな繋がりでもって構成されている。組織同士の間には組織の大小や実力によって様々な力関係はあるものの、〈同盟〉が定めた上下関係はない。

 ただしその中で唯一、例外的に明確なトップが存在する。それが〈事務局〉だ。これは傘下の交渉を仲介したり、規範を乱す組織を粛清したり、〈同盟〉への加入を認めたり認めなかったりといったことをしている。基本的に〈事務局〉から傘下の組織へ命令を出すことはないものの、有事には全ての傘下を動かせるだろうと言われている。

 その〈事務局〉にかくまわれているなら、動くわけにはいかない。最悪〈同盟〉に加入している全ての組織が敵に回る。

「あぁ、あったな。だが、それは事実とはやや異なる。以前から〈事務局〉は千本桜をリーダーとする〈組織〉を傘下に加えようとして勧誘していた。しかし誰かの下につくような性格じゃないのか、千本桜はその申し出を一顧だにしなかった。だが、少し前に公安委員会直轄の特別戦力対策機関の機関員らと〈組織〉が衝突して、〈組織〉が敗北したことは知っているな? それで生き延びたものの弱った千本桜なら傘下に引き入れられるかもしれないとして、〈事務局〉はコンタクトを取った。そして現状、千本桜は答えを保留している」

「……つまり?」

「千本桜は現状〈同盟〉には属していない。そして〈事務局〉が傘下ではない組織や人間のために動くことはない」

「……客人、のような扱いではないのか?」

「違うな。例えるなら営業がやり取りしているだけなのが現状だ。契約はまだ成っていないわけだから、千本桜の方で起きることは千本桜の自己責任で解決することを〈事務局〉としては求めるはずだ。保護する代わりに傘下になれ、くらいは言うかもしれないが、まぁそうなったらそこで手を引けばいいだけの話だ」

「そんなに都合よくいくか?」

「そこは俺を信用してもらおう。情報屋にして交渉人、渋原偲をな」

 渋原の情報網はあらゆる組織の深いところにまで及んでいる。不鳴岬は今までの付き合いからそのことを知っている。しかし〈事務局〉内部にまで情報源があるというのは初耳だった。とはいえ思い返してみれば、確かにそれなら辻褄が合うという案件は何個かあった。

「……向こうと交渉できるってことは、向こうにも情報を流しているってことだよな?」

 そうでなければおかしい。付き合いのない人間との交渉を向こうが受けるとは思えない。

 渋原は内面を隠そうとはせずに小さく笑う。

「さて、どうだろうな。そうだとして君はどうするんだ?」

 芝居がかった様子で両手を広げる老人に、不鳴岬はため息をつく。好んで履いているラコステのスニーカーが、買って以来洗っていない黒ずみつつあるカーペットを何度か叩く。煙草を後ろの事務用の机に忘れてきたことを思い出して、舌打ちをした。

「どうもしないさ……俺に必要なのは金と、燈雪が大人になるまでの時間だ。それが手に入るならなにをしたっていい。闇側についたら燈雪が大人になるまでに〈特戦対〉に殺されそうだから賞金稼ぎをやっているだけだ」

「ふふ……知ってるさ。俺も君のような相手でなければ匂わせるようなことはしない」

 そもそも渋原に闇側との付き合いがあるということは、前々から渋原は匂わせており、不鳴岬もそれを察していた。それでも付き合いを続けている理由はひとえに金だ。渋原が持ってくる話は特殊戦力対策機関が公表している賞金首をただ狩るよりはずっと美味い。

「さて、それではどうするね?」

「……いいだろう。チームメンバーを教えてくれ。問題がなければその話を呑む」

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