第07話~従業員と開店準備~
耕介は戸惑っていた。
フィーリルは「話をしてみないか」と聞いたはずだが、ノエルから出てきた言葉は耕介に対していきなり結論を突きつけるものだったからだ。
「えっと、ノエルさん。少し話をしてからでも良いんじゃないかな?まだ俺が何の店をするか、話していないし」
「コウスケさんは飲食店を経営するんですよね?」
ノエルは淡々と耕介に尋ねる。
「私はコウスケさんの料理をもっと知りたいんです。駄目ですか?」
「…何故、俺なんです?」
「昨日まで噴水広場でアイスを売っていましたよね?」
「えぇ」
「私も食べましたが、正直驚きました。果汁と水を混ぜて凍らせただけの氷があんなに甘い食べ物になるなんて知りませんでした。
そんな発想ができるコウスケさんを尊敬しました」
「そんな大げさな…」
「大げさなんかじゃないです。
今まで冷たいエールならありましたが、甘くて冷たい食べ物なんて誰も考えつきませんでした。それに…」
「それに?」
「三日前、二人の女の子にアイスをあげているのを見て感じたんです。あぁ、この人は信用出来るかもしれないって」
ノエルは無表情のまま耕介ににじりよる。
そんなノエルの手は小さく震えていた。
「雇ってくれませんか?」
耕介は少し考え口を開く。
「野菜や肉、果物の相場は分かる?」
「分かります」
「水魔法と風魔法、魔法具は使える?」
「使えます」
「具体的には水を凍らせる事はできる?」
「出来ます」
「料理を覚える気持ちはある?」
「あります」
「いつから働ける?」
「明日からでも大丈夫です」
「…分かった。君を雇おう」
緊張が解けたのだろう、ノエルの体からふっと力が抜け手の震えがおさまる。
みんなが言うほど分かりにくくはないのかな?と思いながら、耕介は微笑ましくノエルを見つめる。
ノエルと話し合った結果、給料は一日銀貨20枚、一ヶ月(20日)で金貨4枚。
受け渡し時期は明日が風の季節三ヶ月目の最終日だった為、まず一日分(銀貨20枚)を明日の夕方渡す。翌季節からは月末払いにすると決めた。
***
その後、『明日の朝、組合で待ち合わせる』と約束し組合を出て宿屋に戻る。
宿屋に戻った耕介はゲイル達に、明日から店を出すため宿泊は今日までだと伝えて今日の宿代を渡す。
ゲイルとエヴァは同じ商売人がまた一人増える事をとても喜び激励してくれた。
アイシャは元気良く耕介に話しかける。
「私、必ずアイス買いに行くね!」
「あぁ、待っているよ」
***
翌日、耕介は宿屋で『瓶10個』、『型枠20個』を預かっていて貰い、鞄を背負い料理組合へ向う。
料理組合前ではすでにノエルが待っていた。
「おはよう、ノエルさん。早いね」
「おはようございます。…あのコウスケさん、私の事は呼び捨ててください」
「え?良いの?」
「はい。店員に気を使う店長なんて聞いた事ありませんから」
「…わかった。これから宜しく、ノエル」
「はい」
耕介の笑顔と対照的に無表情なノエル。
これから慣れなければならないことの一つではあるがこれからの事を思い、耕介は少し早まったかな?と考える。
料理組合にて耕介が自分の店の鍵を受け取った際、ケイトから内装を担当する男性を紹介された。
「初めまして、内装を担当させて頂くシャルルと言います。ご希望があれば何でも言ってください」
シャルルは耕介より少し身長は低いが、がっしりとした体つきをしている。
戦士と言っても通じそうな体つきに不思議に思っていると、シャルルが説明してくれた。
なんでもシャルルは家具の配置提案・販売だけでなく、家具の作成、配達なども行う為、自然と筋肉がついてしまうのだという。
挨拶を済ませた耕介はノエル、シャルルと一緒にこれから自分の拠点となる家に向う。
「じゃあ、まず店に向おうか」
「「はい」」
***
耕介の店は二階建て、確かに水晶球の映像通りだった。一階は店舗であり、50人収容可能。奥には厨房がある。耕介はシャルルと話しながら家具の配置を決めていく。配置以外にも店の看板、棚、食器類、厨房で必要になる包丁、テーブル、椅子などをシャルルに注文する。
ちなみにシャルルが持ってきた水晶球にはサンプルが入っており、その場で色々な棚、食器類を確認して指定する事ができた。
二階は部屋が4つと浴室、トイレがあるが、これは広すぎだ。
耕介はこの世界に来たばかりで荷物らしい物はほとんど無いし、別に結婚しているわけでも無い。
とりあえずベッドと物入れをシャルルに頼む。
物入れはノートPCが収納できて鍵もかかる頑丈なモノを注文する。
大切な物を自分で保管したいと思う人は多いらしくシャルルも疑問に思わない。
「ノエルは通いで良いのか?」
「はい」
耕介の問いにノエルは素直に頷く。
まぁ、同居なんてことにはならないか。
シャルルに内装代金を確認して金貨1枚を渡す。
注文した品物は全部一度に届くわけではなく、商品が出来次第届けてくれるのだと言う。
耕介はベッドとテーブル1台と椅子2脚は大至急揃えてもらうように話す。
ベッドが無ければ寝る事が、看板やテーブル、椅子が無ければ店を開けることが出来ないからだ。
「わかりました。夕方頃にベッドとテーブル1台、椅子2脚、他にも出来上がったモノがあればお届けにあがりますね」
「えぇ、お願いします」
注文を取り終えたシャルルは大急ぎで大工街方面へ走っていく。
シャルルと別れた耕介達は魔法具店へ向う。
***
昨日も聞いた心地よい音色を響かせながら扉を開き魔法具店へ入る。
「おはようございます、ロジャーさん」
「おはようございます」
「お、コウスケか。いらっしゃい。」
ロジャーは難しい顔をしながら、書類に何かを書き込んでいた。
煙が出ていない銀色の細長い管を銜えているロジャーは耕介の目に少し疲れたように映る。
「ロジャーさん、少し疲れていますか?」
「ん?まぁ、少しな。昨日、耕介に新しい文字を教えてもらったじゃろ?あれの検証に熱が入ってしもうてな。
大手柄じゃ、コウスケ。『強火』も『弱火』も正常に動作したぞ。あとは『強火』や『弱火』を押して火力の調整が出来るように術式を作れば良いだけじゃ。大丈夫、明日か遅くても明後日には出来上がるぞ」
「それは助かります。それで、魔法具が出来たらゲイルさんの宿に連絡をして欲しいと言っていた件ですが、実は店を構えるようになりまして。今日は連絡先の変更と従業員の紹介をしに来たんですよ」
まるで子供のようにはしゃぐロジャーを宥めながら、耕介はノエルを紹介する。
「今度、うちの店で働く事になったノエルです。」
「ノエル・ノイモントです。宜しくお願いします。」
ノエルは軽く会釈する。
「ワシはロジャー・ベーコンじゃ。宜しくな、お嬢さん。…それにしても、ずいぶん綺麗な子を雇ったのう?」
ロジャーはノエルを見て眩しそうに目を細める。
そんなロジャーをノエルは表情無く見つめる。
空気を変えるように耕介が口を開く。
「ありがとうございます。それから、少し魔法具について伺いたいんですが」
耕介が知りたかったのは宿屋で見た『冷蔵庫』の価格である。
飲食店の経営を志す者ならば、必ず1台は欲しいと願う魔法具だ。
耕介の問いにロジャーは少し首をかしげながら答える。
「そうじゃな、あれは金貨2枚じゃが…、コウスケなら金貨1枚と銀貨50枚でどうじゃ?」
「良いんですか?」
「構わんよ。今作っている術式が完成すれば、新しい魔法コンロは出来上がる。それを届ける時に一緒に届けようか?代金もその時支払ってくれれば良い」
「是非、お願いします。代金は必ずその時に支払わせて頂きます」
「気にするな。良い文字を教えてもらったからの。但し、他にも良い文字があれば教えてくれよ?」
そう言ってロジャーは片目を瞑って見せる。
「はい、ありがとうございます」
耕介はお礼を言いながら頭を深くさげる。
***
魔法具店からの帰り道、昼食を取って大工街で荷車と板、木の棒900本を購入した耕介達は、野菜通りとお肉通りで耕介はノエルに相場を確認しながら品物を購入していく。
ノエルは聡明であり、耕介がもっとも欲しかった知識を持っていた。
これだけでも耕介の印象は一変し、良い拾い物をした、と思い始める。
「ノエル、文字書けるか?」
「はい。書けます」
「それは助かる。俺は文字が書けないから、うちのメニュー表の作成をお願いしたいんだが」
「わかりました。どんなメニューにするか決めてありますか?」
「あぁ。とりあえずアイスキャンデーだけだな。アイスキャンデーの味を変えて売る。噴水広場で売っていたのは『蜜柑』、『林檎』、『レモン』だが、今回は『桃』を追加して売り出す。メニューはお客から注文を受けるときに見せるから、さっき買った板に書いてくれれば良い」
「わかりました」
「それじゃ、宿屋に荷物受け取りに行くか」
「はい」
***
耕介は宿屋でエヴァに台所を貸して欲しいと頼み込み、果物を絞った果汁とシロップを作り瓶詰めする。
出来上がった瓶10個と型枠20個を荷車に積み、エヴァにお礼を言って耕介の店に戻る。
エヴァとアイシャにアイスキャンデーをおごる事になったが、台所を借りたお礼としては格安だろう。
耕介がノエルと一緒に荷物を店に入れていると、シャルルが2人の男達と一緒にベッドと看板、テーブル1台、椅子2脚を持ってきた。
「コウスケさん、お待たせしました」
「シャルルさん、随分早かったですね。もっとかかるかと思っていましたよ」
「うちの大工達を舐めてもらっちゃ困りますよ。このくらい朝飯前です。さて、運び込んじゃいますね?」
「あぁ、よろしく頼む。テーブルと椅子は店の入り口付近で構わない。すぐ使うから。ベッドは一緒に行って指示するよ」
「はい。分かりました。お~い、ベッド二階に持ってくぞ~」
「「あいよ」
無事ベッドの運び込みが終わり看板、テーブル、椅子の設置が終わった頃には日は暮れ始めていた。
「それじゃ、また注文の品が出来上がったら届けに来ますね」
そう言い残してシャルル達は去っていった。
「それじゃ、アイスキャンデー作ってみようか」
「はい」
ノエルが魔法で凍らせると、先日作ったモノと同じアイスキャンデーが出来上がる。
「大丈夫そうだね。明日、その魔法を何回か使ってもらう事になるけど大丈夫?」
「はい。この魔法はそんなに魔力を使いませんから大丈夫です」
「それなら良かった。仕込みも終わったし、今日はもう上がってもらって良いよ。お疲れ様」
耕介はノエルに銀貨20枚を渡す。
「ありがとうございます」
「明日もよろしく」
ノエルを見送り自室に戻る。
シャワーを浴び、ベッドでノートPCを開きながら考える。
アイスキャンデーだけでは頭打ちになるかもしれない。真似される可能性もある。
製法はそんなに難しいわけではないから当然だ。
アイスキャンデーに代わるナニかを今のうちに考えておかねば、店としてやっていけなくなるが…、どんなモノならいけるのだろう…。
この日も耕介は夜遅くまで調べ続けた。
コウスケの所持金
【収入】
無し
【支出】
紹介料:銀貨1枚
宿代:銀貨8枚
水晶玉レンタル代:銀貨10枚
内装代:金貨1枚
砂糖代:銀貨50枚
果物代:銀貨10枚、銅貨80枚
木の棒代:銀貨4枚、銅貨50枚
昼食代:銅貨80枚
お給料:銀貨20枚
【結果】
お財布カードの中身:金貨1枚、銀貨68枚、銅貨30枚