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第06話~古代語と店舗~

道具屋の看板の下にある水晶球を確認して扉を開ける。

来客を告げる鈴の音が心地よい響きを奏でる。



「…こんにちは~」

「はい、いらっしゃい」



兎の耳に紅い目、年輪を刻んだ目元、口には柔らかな微笑を浮かべる店主──ロジャー・ベーコン──がカウンターに座っていた。

兎の耳さえなければ、寝不足のお爺さんと言えそうだった。



ロジャーが足を組み、細長い銀色の管の先に火をつける。

火をつけた反対側の先を銜えると、反対側の先がほのかに紅く灯る。

そっと、銀色の管から口を離し白い煙を吐き出す。



その淀み無い動作は長い年月と共に、既にロジャーの一部であった。

耕介は無遠慮にならない程度に店内を見渡す。壁際には申し訳程度に数点の商品が置いてあるのが見える。



見ても分からないけど、この商品全部が魔法具なんだろうか…。

そんな事を思いながらロジャーに話し掛ける。



「お爺さん、魔法具はお爺さんが作っているんですか?」

「…そうじゃよ。お前さん、魔法具の店は初めてかい?」


「はい」



ロジャーはその言葉に笑顔で頷いて話し始める。


「ここではお客から注文を受けて魔法具作成・販売しているんだよ」


そういって微笑み、また銀色の管を口につけて離し、煙を吐き出す。



「魔法具は誰でも作成出来るんですか?」



ロジャーは面白そうな顔で耕介を見つめる。


「そうさなぁ、古代語を覚えて、意味をきちんと理解して、魔力を持っていて、古代語魔法が使えて、古代語の結果を正確にイメージ出来て、古代語を刻めれば作れる。

あぁ、国から免許も取得しないとイカンな。…じゃから『誰でも簡単に』は作成はできんのじゃよ。ふぁっふぁっふぁ…」



そう言って壁に掛かってある、国からの免許状を指差す。

そこには相変わらず読めないけれど意味が分かる文字で、『魔法具作成許可証。ライギール皇国認可。』と書かれていた。



「古代語魔法の習得は難しいのですか?」


「…そりゃ難しいぞ。この国で古代語魔法を覚えるには、ケラニール学園に入学しての勉強が一般的じゃ。早くても1年以上掛かるのが普通じゃな」


「…1年…ですか」


「魔法具を作りたいのかい?」


「あ~…、古代語を少し知っているので自分で魔法具を作れたら、と思ったんですが…」


「そりゃ難しいぞ。古代語魔法を覚えるのも大変じゃし、古代語を刻む魔法はケラニール学園でしか教えておらん。じゃが、入学してもすぐに覚えられるわけじゃない。

覚えるのに2年は掛かるぞ。お前さん、ケラニール学園に入学する気があるのかい?」


「そのケラニール学園は誰でも入学できるんですか?」


「まぁ、13歳以上で入学金と学費を支払えば、誰でも可能じゃ。入学金は金貨5枚。1年分の学費が金貨50枚。6年制じゃから合計の学費は金板3枚(金貨300枚)。

もちろん、借金も出来る。高いと思うかもしれないが、学園に入ると迷宮探索も必須となるからのう。大抵の生徒は、その迷宮探索で稼いで在学中に借金返済してしまうな」



学費が高過ぎる…。何かと戦うなんてやったことないし…、学園に入学して魔法具作成するのは無理だなぁ。


耕介は『魔法具を自分で作成する』から『古代語を条件に魔法具を譲ってもらう』に頭を切り替える。



「古代語を買い取ってくれる方はいませんか?」


「古代語を?ふぅむ…。スカーセル王国になら売れるかもしれんな。スカーセル王国では古代語の研究が盛んじゃからのぉ。おそらく古代語の買い取りもしてくれるじゃろ」


「ワイギール皇国では古代語の買い取りはしていないのでしょうか?」


「ワイギール皇国は古代語の研究より、『古代語を刻む魔法』の効率的な術式の研究が盛んじゃからのぉ。

古代語の研究をしたい人はスカーセル王国に行って研究しておるよ」


「そうですか…」



スカーセル王国に行っても古代語が売れると限らないし、仮に売れるとしても報酬は分からない…か。


耕介はそっとため息をつく。



「…どんな古代語を知っておるのかね?モノによっては私が買わせて貰うよ。報酬はあまり出せないがね。…もちろん、お前さんが良ければじゃがな」


ロジャーはそう言って管から口を離し、煙を吐く。



その言葉に耕介は頭を下げて頼む。


「それで構いません。宜しくお願いします」



ロジャーは微笑みをそのままに頷き返す。


耕介は宿屋で見た『銀色の板の魔法具』について、料理人として使ってみた感想を伝える。

その上で、自分が『魔法具の改良に使えそうな漢字を知っている』と説明する。



「それで報酬なのですが、改良に成功した場合、成功した品を一つ譲って頂けませんか?成功しなければ報酬は必要ありません」


「ほう。それは面白そうじゃ。良いぞ?商品の質が良くなれば魔法具を買う人が増えるじゃろうしな」




『銀色の魔法具』は魔法コンロ──翻訳の魔法があるから魔法コンロと聞こえるが、厳密には違うのだろう──と呼ぶらしい。

耕介が魔法コンロの改良を提案したのは、宿屋で見知っていたという事もあるが、将来の自分の為でもあった。

魔法コンロで火力の調整が出来るようになれば、料理の幅は間違い無く広がるからである。



「『点火』以外に2箇所──『弱火』、『強火』──の操作部分を増やします。『弱火』は火力を下げる、『強火』は火力を上げるという意味を持ちます。

つまり『点火』した後に、その二つを利用して火力の調整をできるようにするんです」



説明しながら漢字の書き方と意味をロジャーに教える。

ロジャーはそれまでの微笑を消し、真剣な表情で古代語(=漢字)を見ている。



「…なるほどのぉ。こんな古代語があるのか、確かにこんな魔法具があれば使いやすいじゃろうのぉ。ふぅむ…」



ロジャーは何度か古代語を見直すと、俺に向き直った。



「ワシはロジャー・ベーコンじゃ、ロジャーと呼んでくれ。お前さんの名前は?」


「耕介です」


「コウスケか。ワシはこれから術式の調整をする。魔法具が完成したら連絡をしたいのじゃが、どこに住んでいる?」


「今はゲイルさんの宿屋にお世話になっています。連絡ならそちらにお願いします」


「分かった。良い情報をありがとうよ。久々にやる気が沸いてきたわい。ふぁっふぁっふぁ」




耕介はロジャーの魔法具店から出て、料理組合に向かう。





***





料理組合は食に関する職業全てが加入している組合だ。

居酒屋、食堂、肉屋、野菜屋、道具屋であっても調味料を取り扱っていれば、皆、組合に加入している。

もし料理組合に加入していなければ、他の店から食材が手に入りづらくなるからだ。

食材が手に入らなければ経営が立ち行かなくなるので、必然的に食の店は必ず加入している。



料理組合の建物は2階建てである。

1階は受付、2階では事務処理を行っている。



受付担当のケイトが組合への加入方法と共に組合の事業を耕介に教えてくれた。


1. 月会費は銀貨1枚。加入料無料。

2. 店舗物件の場所と店名、責任者1名以上が必要。

3. 店舗物件の斡旋。

4. 従業員の斡旋。

5. 貸金業。



耕介が最初に行ったのは店舗相場の確認だった。



「あの、お店って大体どれくらいの値段なんでしょう?」


「そうですね。…職によって多少異なりますが、どういった職業をご希望ですか?」


「飲食店をしようと思っています」



耕介の返答を聞きながら、ケイトは水晶球に手をかざす。

水晶球から光が出て、耕介とケイトの間に店の映像、その脇に店舗価格が表示される。



「飲食店を経営されるなら、今三つの空き店舗がございます」



ケイトは三つの販売値段と店舗の収容人数、店舗の映像を耕介に店ながら説明する。



1つ目は金板10枚で収容人数300名。新築2階建ての大きな建物。


2つ目は金板1枚で収容人数50名。築10年の2階建ての建物。


3つ目は金板5枚で収容人数200名。築5年の平屋。



内装はどれもすぐに開店できるように料理組合が清掃しており、目立だった傷みは無い。

もちろん、後日、自費で内装を変更する事も、店を取り壊して新築物件を建てる事も問題ない。

飲食店の店舗という条件で探した為、厨房は多少広く作られており、経営者が住む住居部分も全ての物件に備え付けてあった。



耕介の金額の大きさに困惑している顔を見て、ケイトが賃貸や借金も可能だと提案してきた。



賃貸の場合:毎月、販売価格の100分の1を組合に支払う。


借金の場合:毎月、借入金の100分の5を組合に返金する。限度額金板1枚。



耕介は物件の周辺状況を確認してから決める。


「2つ目の店舗を貸してください」


「かしこまりました。お店は何日から使い始めますか?」


「出来るだけ早くお願いできますか?」


「はい。そうすると本日清掃して、明日、鍵をお渡しする事が出来ますが、宜しいでしょうか?」


「それでお願いします」


ケイトは頷いて耕介の前に書類を差し出し、名前と店名を記載して欲しいと説明する。

文字がかけない耕介はケイトへ文字の代筆を頼む。


「かしこまりました。では、私が代筆させて頂きます。まず、お名前をお願いします」


耕介は自分の名前と店名『モントズィヘル』を伝える。

店名は昨日の晩、月を見て決めていたので迷わなかった。

職業については飲食店を経営するため、自動的に料理人となった。


「それから、賃料は翌月分を月末に支払って頂きます。ちょうど明後日から翌月ですから、1日分おまけしますね。翌月分と料理組合への加入料を合わせて金貨1枚と銀貨1枚となりますが、

宜しいでしょうか?」


「はい。かまいません」


「では、お財布カードをこちらの水晶球にカードを当てて、『料理組合』宛てに金貨1枚と銀貨1枚のお支払いをお願いします」


お財布カードを取り出しお金を支払う。


「ありがとうございます。これでコウスケさんは料理組合所属の『料理人』となりました。お財布カードの職業欄を変更致しますので、少しお借りしても宜しいでしょうか?」


耕介は頷いて、お財布カードをケイトへ渡す。


ケイトはお財布カードを水晶球に近づけて、何事か処理をするとすぐに耕介へカードを返す。


職業の欄を見ると、それはきちんと『職業:料理人』に変更されていた。



「コウスケさん。お店の水晶球はお持ちですか?」


「水晶球?」


「はい。こちらの水晶球のように、お客様の支払い代金を貯めておく事が出来る魔法具です。

これがないと、直接、金銭のやり取りが発生し、面倒になる上、支払いミスも発生する可能性が出てきます。

もし、水晶球をお持ちで無ければ販売したりお貸ししたり出来ますが?」


「おいくらですか?」


「販売価格は金貨10枚、賃料は1日銀貨10枚です。借りた場合は使用した月の30日に集金に伺います。日割り計算もしていますので、早めに購入したほうが楽ですよ」


耕介は少し考えて借りる事に決めた。

サモンズ達と外食した際、どこの店にも水晶球があったことを思い出したのだ。


「ありがとうございます。水晶球は本日の清掃と一緒にお店に運び込んでおきますね。それと、もう従業員は雇い入れておりますか?」


「いえ、まだですが…?」


「料理組合では従業員の斡旋もしております。就職希望の従業員を選んだり、従業員募集の告知をしたりする事ができます。どちらも手数料は一律銀貨1枚。

従業員の情報を事前に組合で確認してから雇う事が出来るので、結構評判良いんですよ。もし宜しければ、あちらの従業員斡旋部屋をご覧ください。

料理組合の組合員でないと部屋に入れないので、この木札を入り口の担当員に提示してください」


ケイトから木札を受け取り、礼を言って席を立つ。





***





耕介は従業員斡旋部屋の入り口で担当員に木札を提示して入室する。


中央に10個の机が、2個1組のように向かい合って並んでいる。

それぞれの机には水晶球が置かれていた。


水晶球の置かれた席は半分ほどが埋まっており、皆一様に真剣な眼差しで水晶球の真上あたりを見つめている。

どうやら、水晶球は触れている人物以外には閲覧できないのだと耕介は理解する。



机の奥にあるカウンター席では一人の女性が組合員と話している。

耕介はカウンターに向かい、受付女性のフィーリルに飲食店勤務希望の女性がいないか聞いてみる。


「何か条件はございますか?」


「そうですね…。野菜とか肉とか素材の相場に長けている方で、自分でも料理をする意欲のある方、それと魔法が使えるとより良いですね」


「…う~ん。勤務日はいつからですか?」


「1週間後くらいからです。ですが、恥ずかしながら人を雇うのは初めてなんです。月額賃金はどのくらいなんでしょうか?」


「普通は1日、銀貨15枚。月額だと金貨3枚程度ですね。お給料は月末払いが通常です」


今の手持ちだと一人雇うのが精一杯だな…。


「素材の相場に詳しくて、意欲があって、魔法が使える…。う~ん…、魔法が使える子って少ないんですよ~。魔法を使える子は大半が冒険者になっちゃうから…。それに魔法を使えるとなると賃金が1.5倍から2倍くらい必要になるんですよ」


フィーリルは悩みながら水晶球を操作する。

水晶球から映し出される顔写真と経歴が頻繁に切り替わり、一人の女性になった所で操作の手が止まる。


そこには艶やかな黒髪と澄み切った瞳が印象的な美しい女性が映っていた。

突然、フィーリルが小声で話し出す。


「…この子はどうでしょう?ちょっと癖がありますが…」


「癖…ですか?」


「えぇ、ご覧のとおり綺麗だし、料理も上手で魔法も使えます。ただちょっと………その………、少しだけ感情が顔に出難いんです。

以前、3件ほど居酒屋で働いたんですが、お客様から『顔が怖い』とか『表情が暗い』とか『何考えてるか分からない』とか言われて、店長も揉め事を避けたくてクビにしちゃって…」


フィーリルは話しながら感情移入してしまったようで、段々と熱が入っていく。

耕介は熱が入り始めたフィーリルの言葉を聴きながら、フィーリルの推薦した子──ノエル・ノイモント──の顔写真と経歴を確認していく。



【ノエル・ノイモント】

年齢:17歳。

生年月日:皇国暦1982年12月14日。

エスクイル生まれ、エスクイル育ち。

14歳で料理学校入学。料理学校は中の上の成績で卒業。

得意料理:卵料理。

魔力値:1416。



切れ長の黒い瞳が印象的な黒髪の美しい女性。

見方によっては、多少きつめに見えるかもしれない。


それが耕介の第一印象だった。



耕介は経歴を確認し、フィーリルへ目を戻す。


「…料理学校の成績も良かったですし、本当に料理が好きな子で…、とにかく一度、会って見て頂けないでしょうか?」


話してから決めても遅くは無いだろう、とフィーリルに同意する。


「えぇ、構いませんけど…。じゃ、明日にでも俺の店に来てくれるように伝えてもらえますか?」


「ありがとう!…ごめんなさい。実は隣にいる子がそうなの」


「え?」


隣を見ると、そこには水晶球に映っていた女性が座っていた。


「コウスケさん、この子がノエル・ノイモントちゃん。ノエルちゃん、こちらはコウスケ・タカハシさん。今回、お店を開くにあたり従業員を募集しているんだけど、どうお話してみない?」


ノエルは耕介を見据える。

ノエルの目は昔からきついと感じられる事が多く、耕介も不思議な威圧を感じる。





「…ノエル・ノイモントです。コウスケさん、私を雇ってくれますか?」



コウスケの所持金


【収入】

無し


【支出】

月会費:銀貨1枚

賃料:金貨1枚


【結果】

お財布カードの中身:金貨3枚、銀貨73枚、銅貨40枚

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