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第10話~食材と制服~

その後が大変だった。


作り方を教えて欲しいと懇願する三人に対して、耕介は「そう簡単には教えられない」と説得する。


そもそも今回作った料理は家庭で出すモノではない。これから店で出す料理であり、耕介の今後の生活を支える大事な売り物でもある。評価してもらう分には構わないが、材料や調理方法を軽々しく教える事は出来ない。

なぜならそれは自分の首を絞めることに他ならないからだ。


尤も、アイスキャンデーのような一口食べれば調理方法が想像つくものは別だが。

仮に、店で出す料理をお客様にバカ丁寧に説明する人物が居るとすれば、それは料理人ではなくただの料理好きな人だろう。


「店に並んだら是非食べにきてください。歓迎しますよ」


耕介の言葉に三人は了承の意を示す。


これから用事があるという三人は次の試食会も是非呼んで欲しいと耕介に何度もお願いし、更にノエルやナタリーにも試食会がある時は絶対教えて欲しいと言い寄る。


「ごちそうさまでした」

「絶対呼んでね~!」

「またな」


名残惜しそうに去る三人を見送った耕介はノエルに向き直り尋ねる。


「さて、ノエル。『カキ氷』の作り方は分かるね?」


ノエルは軽く頷き耕介に説明する。


「アレはアイスキャンデーの応用。アイスキャンデーとは違い、ただの水を凍らせて細かく砕いて器に盛り付け、シロップをかけている」


「その通りだ。では、『苺のムース』、『プリン』の作り方は分かったかい?」


耕介の問いにノエルは力無く首を振る。


「じゃあ、材料は?」


「分かりません」


「料理学校では習わないのかな? 苺のムースの材料に使ったのはコレだよ」


耕介は冷蔵庫からソレを取り出し机に置く。


「…コレは『スライムゼリー』ですか? 確かに食べても害は無いですが、普通は積荷の梱包材として使いますよね?」


「普通はね。但し、ノエルも言ったとおり『食べても害は無い』んだ。本当は『ゼラチン』があれば良かったんだけど、あいにくこちらでは売ってなくてね。

代用品を探していたら、店主が親切に教えてくれたよ」


──スライムゼリーは熱を加える事で溶けて、冷やすとまた固まる、とね。


「コレは無味無色だから、その点ではゼラチンよりも使い勝手が良いし助かったよ」


スライム系の魔物から取れる素材であるスライムゼリーは通常、数を集めてシート状に加工して使われる。水を通さないので、積み荷の梱包材として船で荷を運ぶ時などに重宝されているのだ。


そのほか、衝撃を吸収したりもする為、鎧、兜、篭手、靴などの装備品にも使われている。

海で遭難した船乗りや迷宮探索中に食べる物が無くなった冒険者が食べて飢えを凌いだという話もあるくらいだ。


ノエルに料理方法を教え終わる頃にはすでに日は高く昇っていた。

昼食を食べ終えた耕介はノエル達にこれから服を買いに行くが一緒にどうかと尋ねる。


「服ですか?」


「あぁ、店で働く時に使う服だ。今のままじゃノエル達の服が汚れてしまうし、従業員用の服があれば客側としても、誰に注文したらいいのか迷わなくてすむだろう?」


「はぁ、ですが、私達にはそんな余分なお金はありません」


「へ? いやいや。これは店の経費で買うから心配しなくていいよ。ノエル達を連れて行こうと思ったのは服のサイズを測ってもらうためさ」


耕介の言葉にノエルは呆気に取られてしまう。

そんなノエルを尻目に喜んだのは隣で話を聞いていたナタリーだ。


「お洋服買ってくれるの!?」


「あぁ。ナタリーの分も買うよ」


「やった~! 私、可愛い服が良い~」


この世界には従業員用の服という概念は存在しない。

普通、店で働く店員は私服で働いている。

良い店長であればエプロンを貸してくれる。

貴族用の店であってもそれは変わらない。但し、貴族用の店では『長く勤めていて信用できる』と店長に認められると、店長が服を仕立て貸し与える。

それは店長がこの従業員は十二分に信頼がおけるという証でもあるのだ。

つまり雇って数日で店側が服一式を貸すなどということは一般的にありえないのだ。


かろうじて貴族の屋敷で働くメイドが雇用初日から服を与えられるが、その服にしても給料から天引きされ、結局は自分の服となるのでコレは除外しても構わないだろう。


既に新しい服に思いを馳せているナタリーと初めての出来事についていけてないノエルを連れて耕介は店を後にする。





****




着いた先は、先日、耕介が洋服を購入した服屋である。


「すみません。こちらで服を仕立てて貰う事はできますか?」


近くに居た40歳半ばほどに見える女性店員に声をかけると、女性店員は服を畳む手を止めて答えてくれた。


「はいはい。出来ますよ~。といっても、店に出ている服に多少手を加える程度ですけど、大丈夫ですか? もし決まったデザインがあるなら一から仕立てる服屋をご紹介しますよ?」


「じゃあ、その店の場所を教えて貰えますか?」


かしこまりました、と店員は明るく返事を返す。


首都エスクイルの通りの幅は広く、荷馬車が相互に行き交う事もできるほどだ。

日中という事もあってか、人通りもそこそこある。

店を出て30分ほどで目的の店を見つけられた。

大通りに面している紅いレンガが印象的な2階建て、外観は落ち着いた雰囲気で綺麗な店構えをしている。

初めて入る場所に目を輝かせているナタリーの手を握りノエルは耕介の後に続く。


店に入ると正面から様々な洋服達が並んで耕介達を出迎えてくれた。

ナタリーが目を大きく見開き口を開けていると、女性店員が近づいてきた。

肩口で切り揃えられた綺麗な翠色の髪、藍色の瞳、口元の右下にあるホクロが印象的な女性は柔らかな微笑みを浮かべて耕介を見上げるように話しかけてくる。


「いらっしゃいませ。本日はどのような御用でしょうか?」


「従業員用の服を作って欲しいんだけど、お願いできるかな?」


「従業員用…ですか? …かしこまりました。デザインはお決まりですか? お決まりでなければこちらの服を参考にして頂く事もできますが?」


「あぁ、デザインは決まっているんだ。上衣が白いブラウスの…」


「かしこまりました。それでしたら奥で詳しく伺わせて頂きますので、どうぞこちらへ」


女性店員は始めこそ戸惑った様子だったが、すぐに慣れた仕草で耕介達を奥の部屋へ案内する。

初めて訪れる場所にナタリーは興奮気味で、さかんに辺りを見渡してはノエルに話しかけている。

そんなナタリーをノエルは軽く撫でて落ち着かせながら、耕介と共に女性店員の後に着いていく。


耕介達が通された部屋の中央には長方形のテーブルが在り、その上には水晶球が置かれていた。耕介達は促されるままに椅子に座る。

水晶球を挟んで耕介達の正面に座った女性店員は改めて挨拶する。


「今回担当させていただくステラ・アーリヴィアと申します。よろしくお願いします」


「コウスケです。こっちの二人はウチの従業員でノエルとナタリーです」


耕介の紹介にノエル達はステラに会釈を返す。


「先程、従業員用の服を作りたいと仰っていましたが?」


「えぇ、接客用の服、料理人用の服を三着ずつ。ナタリーは接客用の服だけで良いので、合計十五着ですね。従業員が増えればまたお願いすると思いますが…」


「なるほど。デザインも決まっているという事でしたが?」


「はい。大まかには考えていますが、細部はお任せしたいと思っています」


「では、この水晶球に触れてデザインを頭に思い浮かべてください。出来る限り詳細にお願いします」


ステラに促され、耕介は水晶球を両手で抱えるように包み込んで目を瞑り、従業員用の服と料理人用の服をそれぞれ思い浮かべる。


水晶球の上に表示される耕介の想いは徐々に形となり始める。


「わー! 可愛い~!!」


「もう結構です。コウスケ様」


ステラの静止に耕介が目を開けると、目の前には耕介がパリで働いていた頃の服が空に浮かんでいた。

従業員用の服と調理用の服、それぞれ男女別で計四着。

それは耕介からすれば毎日袖を通して、あるいは間近で見てきた馴染み深いものであった。

まだ数日しか経っていないのにひどく懐かしい気がする。


「ではコウスケ様。詳細を教えていただけますか?」


「えぇ、まず、調理用の服の色は白。袖は厚い生地で…」


ステラは耕介の指示を丁寧にメモしていく。


「…気をつけて欲しいのは以上かな。出来そうかな?」


「お任せ下さい。では、別室にて生地選びと採寸をしますので、こちらへどうぞ」


耕介の要望をメモし終えたステラは、耕介達を別室へと案内する。



「仕上がりは2~3週間ほどで、料金は1着当たり大体銀貨50枚ほどかかりますが、宜しいでしょうか?」

「お願いします」


「承りました。本日はご利用誠にありがとうございました」





****




洋服店を出た耕介はノエルとナタリーに聞く。


「二人はこれからどうするんだい?」


「…出来れば、また料理を教えて欲しい」

「あたしは遊びに行ってくる!」


言いながらナタリーは駆け出す。


「ナタリー! 夕飯は店で食べるから暗くなる前に戻って来いよ~?」


「はーい!」


こっちに手を振り人混みに紛れていく。


「店長?」


「良いだろう? どうせ店で料理を作るんだ。夕飯として食べて貰わなきゃ、二人だけじゃ食べきれないかもしれないし」


「ありがとうございます」


「それじゃ、ちょっと寄り道してから店に戻ろうか」


二人は魔法具店へ向けて街を歩いていく


耕介は昨夜、洋菓子を作るのに意外に手間取ってしまったため、魔法具店で新製品を作ってもらえないかとロジャーに相談したかったのだ。

魔法具店に着き、新製品について話すと、魔法コンロが出来てすぐに次の新製品のアイデアを出すという耕介にロジャーは訝しげな表情を返す。

異世界からの知識と説明するわけにもいかない耕介は誤魔化すのに苦労するのであった。


「まぁ、話し辛いなら構わん。新しい物を作るのは楽しいし、弟子達も喜ぶからな」


何も聞かずいつも通り微笑みかけるロジャーに深い感謝をして店を出る。





****




その後、料理組合で従業員の募集を依頼し、野菜通り、お肉通り、道具屋通りで価格調査を行う。

ここでは耕介とノエルの立場は逆転する。

耕介は品質と価格、店の場所を頭に叩き込みながら通りを歩く。


「それは大体銅貨10枚ほどで、風の季節から火の季節の初め頃まで売られています」


「こっちは?」


「それは“キルツ”と呼ばれていて独特の苦味があります。人によって好みがはっきり分かれるモノです」


「じゃ、これは…」


適当な所で価格調査を切り上げて、耕介達が店≪モントズィヘル≫に戻り食材の整理をしていると、入り口の扉がノックされた。


「ノエル、ちょっと手が離せないから出てくれないか?」


「はい」


ノエルが扉の鍵を開けると、そこには40代半ばの小太りの男が立っていた。

ノエルよりも少し背が低い彼はノエルを見上げる。


「ようやく見つけましたよ? ノエルさん」


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コウスケの所持金


【収入】

無し


【支出】

無し


【結果】

お財布カードの中身:金貨4枚、銀貨14枚


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