第三話「決着、そして邂逅」
「ま、まだこんな奥の手を隠してたなんてぇ……」
トアが豹変したコボルトキングを見て絶望の声を上げる。
コボルトキングは先程までと比べても数倍の体躯になり、その身から放たれる覇気も全く別のものになっている。
「っ!!コッチもなかなかにヤバいけど……!ユウト!気をつけて!奴がさっき言っていたオーバーロード……昔、家の本で読んだことあるわ。まさか本当に使えるやつがいたなんて……」
レンリもまた、その変化には驚きを隠せないようである。
「オーバーロードっていうのは上位の魔獣型魔物が稀に使う強化魔法みたいなものらしいわ、恐らく体内にある魔石を急激に活性化させてるんだと思うけど……っ!」
「なんじゃそりゃ!魔石っていうのはそんなことまで出来んのかよ!」
「グル……グルルル……」
しかし、ただの強化とは違ってヤツの体からは今もなお、血が滴り続けダメージを負っているのは明白だ。
「オーバーロードは、俺たち魔獣の……最後の切り札、だァ……もはや二度と元の姿には戻れんが……俺にも王としての矜持があるッ!これ以上、ニンゲン如きに好き勝手させてなるものかァアアア!!」
シュバッ!!ガキィ!!
コボルトキングが叫びを上げながら捨て身の攻撃をしてくる。
しかし捨て身とはいえ、速度は先程の比にならない。
一瞬で間合いを詰められ、俺は攻撃を剣で防ぐのがやっとだった。
「っち!コレでも斬れぬか!その剣が聖剣でさえなければ、今にお前を両断出来たと言うのに……!!」
「お生憎様、この聖剣と俺は斬っても斬れねぇ間柄なのよ!」
そう言いながらも俺はコボルトキングが浴びせてくる二撃目、三撃目を何とか凌ぐのでやっとだ。
「ユウト!今使える全ての技を使うのです!そうすれば勝てない相手ではありません!」
アスタロッテがそう言うが、もう既にアクセルを使ってる状態でどうしろってんだ!?
ホーリーブレイドを使うには一瞬のタメが入る。
そこにつけ込まれたら終わりだ!
「ッるぅあ!!」
俺は力任せに剣を振りかざし、ヤツに斬り掛かるが、コボルトキングは肉を斬らせながらも距離を取ろうとしない。
恐らく距離を開ければホーリーブレイドが飛んでくることも理解しているのだろう。
ヤツめ、頭に血が上っているようで、戦いの運び方はあくまでも冷静だ。
全く、敵ながら手強すぎるぜ!
「こんな風な出会いじゃなければ、友達にでもなれたのかもしれねぇけどな!」
「抜かせ!ニンゲンと魔族はどこまで行っても相容れぬ存在よ!」
俺たちは軽口を交わし合いながら剣戟を合わせていく。
数十度の打ち合いとなっても勝負は未だ決まらなかった。
速度では相手に分があるが、手が出せない程の差がある訳じゃあない、ソレにパワーならコチラも負けてはいない。
しかし、均衡が崩れる程の一手が見当たらない上に、そろそろレンリの方もヤバい状況だろう……どうする、考えろ!
アスタロッテは今使える全ての技を使えって言っていた、何かあるはずだ!!
「くはは!この状態の俺とサシでやり合えるニンゲンなど貴様ほどしか居らんだろうな!しかしそろそろ体力が限界か?息が上がってきているようだな!」
「るせぇ!土壇場で強くなりやがって!まだもう一段隠してるとか言ったら承知しねぇからな!」
「安心しろ、これがもう最後の切り札だ、と言っているだろう!!」
そう言いながらもヤツは攻撃の手を休めることなく、次にさっきまで使っていた連続の横薙ぎ斬撃の構えとは違う構えを取る。
「だがしかし、負けるつもりもサラサラない!!」
ヤツの体の中心にグイッと引き寄せられた右腕に力が込められるのがわかる。
そしてその練り上げられた暴力の権化のような筋力が、今まさにその剛腕から爆発力を持って解き放たれようとしていた。
アレを食らうと、さすがにヤバい!!!!
俺は咄嗟にヤツの攻撃してくる腕とは逆の方向に首を拗じる。
「グルアアァアアアアァ!!」
ゴパッという空気ごと破裂させるような音が耳元でしたかと思うと、次の瞬間、俺の肩に焼け付くような痛みが走り、耳の奥がぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような感覚に陥る。
その暴力の技の正体は、突きだった。
既のところで頭ごと串刺しにされることは避けられたが、肩肉を持っていかれたッ……!
さらに左の耳が聞こえない上に、足に力が入らない。
なすすべもなく崩れ落ちる俺にコボルトキングは無慈悲にも二の手を振りかざしてきた!!
「これで終わりだァァア!!ニンゲン!!」
「ぬぉあおおお!!『リリース』!」
俺は悪あがきにも程があるが、斬られる寸前に肉の盾として、先程倒していたコボルトの死骸をコボルトキングの前にリリースで呼び出した。
ザシュウッ!!と一撃で三枚おろしにされるコボルトの死骸。
「き、貴様、貴様ァアアアアア!!よもや俺に臣下の死体を斬らせるとはなんと卑劣な真似をォオオオ!!」
「俺だってまだ死ぬわけにゃ行かねーんだよ!コラァアアア!!」
威勢よく叫んではいるが間一髪死を免れただけでもう既に左手の感覚は無いし、三半規管もまだグラグラしてやがって、立ってるのがやっとだ。
「もはやただ殺すだけでは済まん!八つ裂きにしてそこの女どもも全員、下僕の餌にしてやろう!!」
「ああ、来いよ犬コロ!決着をつけようぜ!!『ホーリーブレイド』ォ!!」
俺は聖剣にホーリーブレイドの魔力を付与する。
もはや避ける気力もねぇ。
俺もこの最後の一撃に全てを掛ける!!
「グォオオオオオオオ!!」
「うぉあああああああ!!」
ついにコボルトキングは怒りに任せてなりふり構わず突っ込んできた。
両手の刃を下に提げ、左右から切り上げるつもりなのだろう。
確かにその技なら俺も防御がしにくいし、俺の攻撃は弾きやすい。
一撃必殺なら悪くない手だ。
ソレに、捨て身の覚悟なら尚のこと。
しかし俺はそれに付き合ってやるほど甘くは無い!
俺はヤツの攻撃が当たるか当たらないかの瀬戸際、一瞬の所でバックステップをした。
コレによりヤツの目測は外れ、俺の体を切り裂く事は出来ても細切れには出来ない。
その上でヤツの切り上げに対応するように剣で受けに行った。
予想通りヤツの刃は俺の足や脇腹に切り傷を作っていったが胴体に深い傷を作るには至らず、俺の剣とヤツの刃の力比べの形になった。
「くははは!!俺の刃を見切ったのは見事だったが、もはや貴様は片腕が使えぬ上に踏ん張りも効かぬであろう、悪手だったな、勇者!!」
「いやぁ!!ユウトォオオオオ!!」
レンリの悲痛な叫び声が聞こえる。
まるで俺が死ぬみてえじゃんか。
しかし俺はまだ諦めてない。
俺は勝ったと思っているコボルトキングにニヤリと笑ってやった。
「な、何がおかしい……!」
「……確かに力比べならもう俺に勝ち目はねえさ。だからな、こんな力比べ……やーめた」
「んなっ!?」
そこで、俺はタイミングを見計らって後ろに転がるようにしてその力比べを、やめた。
もちろん聖剣は反動で俺の手から弾き飛ばされ、空中に放り出される。
そしてコボルトキングの体は先程までの力比べの勢いを殺しきれず、後ろに倒れ込んだ俺のちょうど真上に飛び込むような形で倒れ込んでくる。
俺はそんなコボルトキングの、魔石が一番色濃く禍々しく出ている胸元の、人間で言うと心臓辺りに手を翳し、言った。
「決着だぜ……!『コール』!」
ゾブッ……!!
「ガフゥッ……!?」
そして、俺の計画通り、聖剣はコールによって俺の手元に戻ってこようとして、コボルトキングの胸元、その心臓とも言える魔石の本体に深く突き刺さったのだ。
さらに、コボルトキングの体の勢いは、その巨大な体躯も相まって止まることはできず、俺の手元に戻ろうとする聖剣を刺したまま、為す術なく吹っ飛んでいく。
「グッガハアッ!!」
そうして強く地面に叩きつけられたコボルトキングだったが、まだそれでは終わらない。
バキッピシッ!
いかに強固で巨大な魔石とは言え、ホーリーブレイドで強化された聖剣に敵うはずもないわけで。
「ぐ、グワァアアアアアア!!」
バキャン!!!
そんな、聖剣が魔石を貫き、砕く音が響き渡り、コボルトキングはコールで戻ろうとする聖剣に呆気なく胸元を貫かれて、崩れ落ちた。
「ガ、ガフッ……まさかこんな手で俺が敗れるとは……な」
悔しそうに、しかしどことなく晴れやかな顔でコボルトキングは言う。
「正直俺も、アスタロッテのあの一言がなければ、アンタにあのまま負けていただろうさ」
「その機転、諦めぬ心……まさしく勇者と呼ぶに相応しいかも知れねぇな……我が一族の臣下には面目が立たねぇが、魔族はまだ負けちゃいねぇ……」
「うるせぇよ、お前は俺に負けただろうが」
「はは、不遜なヤツめ……だが本当に魔族の中では俺は下っ端もいい所だ。これから先、お前には俺など及びもつかないような、さらに強い魔族が立ちはだかる……ゆめゆめ、覚悟しておくのだな……」
王として、戦士として勇ましく戦ったコボルトキングはそう言って動かなくなった。
「……けっ、冥土の土産かよ……覚悟なら、お前と戦って十分に出来たっての」
実際、このコボルトキングとの戦いで俺は色々考えさせられた。
魔族と戦うという事、旅の仲間を危険に晒すということ、そして、勇者としての覚悟。
正直、前世では考えたこともないようなことばっかりだったが、なんでかやらなきゃいけないと使命感に燃えている俺もいた。
コボルトキング相手にアレだけ大立ち回りしたんだ。
まあ次は何とか上手くやるさ……
しっかし疲れた。
気も抜けちまったみたいで、俺は体の疲労に任せてその場でぐったりと横に倒れ込んだ。
「ユウト!」「ユウトさん!」「無茶ばっかりするんだから!」
そんな俺に駆け寄ってくる三人の美少女たち。
「やりましたね!ユウト!やっぱり私が見込んだとおりでした!」
「酷い傷です!すぐに回復を!『ハイヒール』!」
「全く、どうなることかと思ってヒヤヒヤしたじゃないのよ!バカ!」
アスタロッテはまるで自分の手柄を自慢するかのような笑みで俺を褒めてくれて、トアはすぐさま回復魔法を、レンリは不機嫌そうに俺を見下ろしながらも相当心配かけたみたいでちょっと涙目だ。
景色はもはや桃源郷。
左右には美しいおっぱいと抱えきれないほどのおっぱい……まあおっぱいだけが全てじゃないけどさ。
そして頭上にはレンリのスカートの中身がって……こいつまたノーパンじゃねぇか!!?
俺はできるだけ平静を装いながら皆の労いに応える。
「はは、サンキュな、皆。見た目より傷は酷くないから。俺、頑丈だし……つーかレンリ、スカートの中見えてんぞ?」
「っ!?このバカ!!」
レンリはやっと気づいたのかスカートを押えながら座り込んだ。
正直、天罰が下るかと覚悟していたが流石に今の状態の俺にそこまではしないみたいだ。
ちなみにレンリたちを襲っていたコボルトの群れはコボルトキングが倒されると自分たちでは敵わないと悟ったのか、散り散りに逃げ去っていった。
まああれだけのコボルトの大軍を退けたんだ。
コイツらも俺以上に頑張っていたと思う。
今日はもうとりあえず帰って、温泉にでも行きたいところだぜ……
しかし、そんな完全に和気藹々ムードな俺たちの空間をぶち壊しにするような高笑いが遺跡に反響するように響き渡った。
「はぁーっはっはっはっは!コボルトキングを倒すとはやりおるのぉ勇者よ!」
「ま、魔王様、今日は偵察だけの予定では!?」
その声に反応し、俺たちがその声の主たちの方を見ると、そこには場違いなフリフリのドレス姿の可愛い金髪幼女と、幸薄そうで前髪が長いボロボロの貴族風衣装の男が立っていた。
幼女の方はふんぞり返り、貴族風の男は何やらその幼女の行動に慌てている様子。
「誰が偵察で終わらせると言ったベルゼブよ!むしろ勇者が弱っている今こそが好機!今やらずに何時やるのじゃ?」
「し、しかし、魔王様ともあろうお方がこんな簡単に敵の前に姿を現しては危険です!」
「大丈夫じゃ、余が負けるわけがなかろう?」
幼女の方はやけに自信満々だな。
というかさっきから魔王魔王って、まさか本当に?
そんな俺たちの心の疑問の声が聞こえたのか幼女はコチラに視線を合わせ、高らかに宣言する。
「ベルゼブのヤツが連呼するからもはや正体もバレているとは思うが……改めて名乗ろう!」
「余の名は魔王リーゼベルデ!魔界の四天王の主であり、魔族の頂点!主らの世界を破滅に追い込む魔王とは余の事じゃ!!」
「因みにこいつはベルゼブ。貴様のことを教えてくれたのもこやつじゃ。まあ、と言っても貴様は今から死ぬのでな、言っても仕方ないのじゃが。あとそうじゃ、お主の名も聞いておこうかの」
そんな不遜な態度の魔王に俺は臆することなく皆より前に出て名乗る。
「魔族に名前なんぞ紹介されてもな……!が、しかし、名乗ってもらって言わないのも悪い。俺の名前はユウト!いかにも魔王を倒す勇者をしている……が」
し、しかしこんな小さい子が魔王なのか?
「ユウトか、いい名じゃの。では挨拶も終わったところで仕上げにコレでも喰らえぃ!どーん!!!」
名乗りも終わったところで開戦といったところか!正直さっきの闘いのダメージが全て抜けきったわけじゃないが、ただ手をこまねいて見ている訳にもいかねぇ。
俺は咄嗟に剣を構え直し、臨戦態勢を取る。
が、魔王リーゼベルデが放った攻撃は剣を構えた程度で何とかなるような生易しいものじゃなかった。
どーん!と言うその気の抜けた口調からは想像もつかないようなドス黒いイナズマのような魔力の奔流が俺を直撃する。
ドガシャア!!!!ズバァァァァアン!!!
「ユ、ユウトッ!!」
「ダメです、私の防御結界も間に合いませんっ!そ、それよりヒール、ヒール!!?」
仲間たちが後ろで四苦八苦焦っている。
何しろ見た目だけでもこの神殿が跡形もなく破壊されそうな攻撃を俺は受けたんだから。
「ぐわぁあああ!!……あ?」
しかし、どうしたことか、俺にはあまりダメージがない。
どっちかって言うとなんか電流のマッサージを受けた時みたいなビリビリした感じはあるが、それぐらいだ。
しかし威力は本物なのだろう、俺の立っていた周りの地面は抉れ、ブスブスと黒い影がその地面に残って燃えるように揺らめいていた。
「んなっ、余の全力の『ボルテッカー』を受けても無傷……じゃと!?」
そんな俺の様子を見てリーゼベルデが信じられないという顔をする。
「当たれば即死の絶級魔術のはずじゃが……!?もしや勇者は魔法耐性持ちか!?」
「ま、魔王様!戦いとなっては私はあまり役に立てませんから……!!」
「ええいうるさい!ベルゼブは黙っておれ!魔法が効かぬのなら、これでどうじゃ!!」
次にリーゼベルデが繰り出したのはどこからともなく取り出した禍々しい剣。
その剣を、これまた今の俺では反応出来そうにもない速度で振りかざしてきた。
なにしてんだ?そこから俺のいるところまでは10m以上はあるぞ!?
「くはは!理解できないといった顔をしておるの!この剣は魔剣ヴォイド。空間ごと切り裂く魔剣よ!故にこの剣は余が斬りたいと思った所を切り裂く!」
「はあっ!?」
そんなのチート過ぎじゃねぇーか!!
しかしリーゼベルデが言った通り、さっきまでは大声でも出さないと声も聞こえない距離にいたと言うのに、次の瞬間、魔王は俺の目の前に迫っていた。
つまり俺と魔王の間の距離、空間を切り裂いたということか!?
「ぬ、お主のその顔……」
「グッ間に合えぇえ!!」
俺に接近した瞬間、魔王は俺の顔を見ながら何かを言ったようだったが、既に奴の剣は振りかざされている。
俺は何とか聖剣を間に挟みこもうと必死に振り上げた。
間に合わないかとも思ったが、何故か余裕で間に合ってしまい、俺の剣と魔王の剣がぶつかる。
バキィン!
「およ?」
「はへ!?」
さすがに力比べになれば危ういと思っていた俺は、魔王の剣を弾き飛ばそうと切り上げで対応していたのだが、予想は外れ、なんとリーゼベルデの剣をあっけなくはじき飛ばしてしまう。
しかもその反動で俺の剣が腕に掠ったのか、リーゼベルデの手にも傷をつけてしまった。
「はっ!?へっ!?あっ!!!め、めっちゃ、めっちゃ痛いのじゃあぁぁああ!!」
その傷によってか後ろにペタンと座り込んでしまうリーゼベルデ。
傷としてはちょっと掠った程度なんだが……
「なっ!?魔王様が打ち負けた!?ソレに、バーニヤの炎でも傷一つ付かなかった魔王様に傷を!?」
その魔王の様子を見てベルゼブとか言われていたもう一人の魔族も驚きを隠せていない。
「それはそうですユウト!あなたの加護は勇者の加護!その加護のおかげでこの世界においては魔王の特権を無視出来るのです!」
アスタロッテが興奮したようにそう話す。
つまりはなにか?
俺は魔王に対してだけは、それこそチートのような対特攻を持っていて、魔王の攻撃はほとんど効かないし、聖剣で斬ればただの女の子を斬るようにそれだけで致命傷を与えられるってことか?
「今ですユウト!今こそ禍根を断つ時!!魔王にトドメの一撃を!!」
アスタロッテがいけぇーー!と言わんばかりに拳を振り上げて叫ぶ。
ぇええ……
リーゼベルデの方をちらりと見ると完全に怯えてしまってるのか、今や頭を抱えて上目遣いで震えている。
「ふ、ふぇえ……!」
「……う」
やだよ俺……こんなのただ女の子を虐殺するみたいで最悪じゃん……
良心もそうだけど、俺って基本的に女の子大好きだし、こんなの出来ないよ……
「あー……あの、あんま怯えんなよ。俺も流石にキミみたいな可愛い女の子斬ったり出来ないからさ」
「か、かわっ!?」「!!?!?!!?」
背後でなにやらアスタロッテが卒倒せんばかりに驚愕する気配が感じとれるが、俺は怯えてる敵意もない女の子を斬ることが出来るほど人間はやめてない。
聖剣を下ろし、そっと手を差し出した。
リーゼベルデがその手を取ったので、俺はゆっくりと優しく引き、立ち上がらせてやる。
ちなみにリーゼベルデの腕の傷はもう治っている。
再生力にまでは俺の勇者の加護も干渉できないらしい。
魔王は少し顔が赤くなっており、俺の顔をぽーっと見ている。
流石にあれだけの前口上をした手前、ここまで派手に負けると思ってなかったのだろう。
恥ずかしい気持ちもまあ分かる。
あまり追求しないでやろう。
「ちょ!?ユウト!!なにしてんですか!ソイツが敵の総大将ですよ!?いい雰囲気になってないで早く首を!!」
「ま、魔王様ァァァあぁああああ!!!」
アスタロッテが俺に駆け寄り俺の肩をガクガク揺するが今はそんな気分じゃない。
それを無視していたところ、魔王の配下の方も駆け寄ってきてリーゼベルデの手を取る俺の手を叩き落とした。
「穢らわしい人間が魔王様に触れるんじゃあない!ああ、しかし人間に汚された魔王様もまた良き哉……」
「……はっ!?な、何じゃベルゼブ!余の手をスリスリするでない!」
「ぶふぇ!ありがたき幸せ!」
そして、俺から奪い取ったリーゼベルデの手に頬擦りしてぶん殴られていた。
この臣下のヤツも中々ヤバいやつだな。
俺がその様子を鑑賞してる間にリーゼベルデは俺から距離を取り、いつの間にか羽織っていたマントを翻して高らかに言う。
「こ、此度は後れをとったが、余はまだ負けておらんっ!く、首を洗って待ってるが良い!勇者め!さらば!!!」
「アッ、これ逃げますよ!逃げられますよ!ユウト!!」
アスタロッテが未だに方を揺さぶってるが知らん。
リーゼベルデはもう一度マントを翻し自分たちの姿を隠したかと思うと、どこからともなくやってきた蝙蝠のような真っ黒な羽の生えた生き物たちに包まれ、全く見えなくなり、次に視界が開けたと思ったら影も形も居なくなっていた。
そういえばはじき飛ばした魔剣は、と確認してみたがそちらもなくなっていた。
おそらく回収したのだろう。
「終わったか……」