第二話「コボルトの王」
気配を感じながらも慎重に入ったその部屋には特に調度品なども置いておらず、部屋の真ん中にはなにかの像だったものの残骸と、その上に座る態度の悪い人型の魔物が一匹いるだけだった。
見た目的にはオオカミ頭のいわゆる獣人みたいな感じと言って差し支えない。
恐らくこいつがコボルトキングだろう。
特筆すべきはその異様に発達した両腕の爪だ。両手に四振りの、まるで刀の様な鋭く長い爪がその攻撃力の高さを物語っている。
まるで昔前世で見たウル○ァリンのようである。
「おう、随分待たせるじゃねぇか」
「!?しゃ、喋れるのか?」
「そりゃあ俺ぐらいな上級魔物なら人語ぐらいは喋れるさ。それより、俺の仲間が随分世話になったみたいだな」
「……あ、ああ」
喋れることには驚いたが、仲間が世話にってのはやっぱりここにたどり着くまでに倒してきたコボルトのことを言っているんだろう。
遺跡に近づくにつれて、コボルトリーダーも何匹か出てきていたし、その内の出会った全てを倒してきたのだから……
「敵ながらアッパレ、とは言っておこう。流石は勇者ってところか」
「んなっ!?」
何故こいつが勇者のことを知ってる!?
魔物の口からその言葉が出てきたことに驚きを隠せない俺たち。
そんな俺たちの様子を見てコボルトキングは満足気に笑う。
「カッカッカッ、その顔、魔族にはバレてねぇと思ってたみたいだな。いや何、俺たちの方にも情報戦に長けたお方がいらっしゃるもんでね。性癖に関しちゃ理解できねぇが、あの方の前ではこの世界中どこに居ても隠し事のひとつも出来ないのさ」
「くっ、まあいい。どうせ遅かれ早かれさ」
「そうだろうよ、勇者ってのは魔族の敵だ。お前さんが戦いを望まずとも世界の運命が必然として勇者を戦いに駆り立てる」
「そ、そんな言い方ってないです」
「しかし嘘でもあるまい?女神アスタロッテよ」
「うっ……まあ、そうですが」
コボルトキングに言い返されて縮こまって項垂れるアスタロッテ。
そうなのかよ!認めちゃうのかよアスタロッテさん!
勇者の力って持ってるだけで魔族に狙われるとかそんな呪いじみた効果もあんの!?そして、後アナタは一体何個の謎を隠してるの!?
俺は未だに隠されていそうな女神様との勇者契約の内容に不安が止まらなかったが、それはそれ、今の敵であるコボルトキングに向き直る。
そしてコボルトキングもまた、そんな俺の様子を見てニタリと笑った。
「しかしまあ、この勇者に関しては戦いを望まないなんて心配は無用だったか?」
「ああ、御託は十分だぜ、コボルトキングさんよ!どっちにしろ戦い以外の道はねーんだろうが」
「いい覚悟だニンゲンよ!我らコボルト族の命運をかけた戦い、王の名に恥じない戦いを始めよう……ぞ?」
バギィ!
しかし、コボルトキングのセリフが終わる前に俺の後ろからまるでなにかとても重たい物を床に落としたかのような音が響き渡り、俺たちはその音の出処に敵味方関係なく注視した。
その出処はトアの足下。
どうやらトアの手から滑り落ちたメイスが床に落ちた事で起きた破壊音らしい。
床には攻撃された者を骨ごとぐちゃぐちゃに破壊する為のトゲが無数に付いた所謂モーニングスターと呼ばれる戦混が、そのあまりの重さに床にめり込んで刺さっている。
そして、よく見たらそのメイスは柄まで金属で出来ており、とても女の子が持ち歩けるような代物では無い。
しかし、さっきも言った通り、このメイスはトアの手から滑り落ちたのだ。
そう、実はカランドの村を出てから先、触れないようにしてはいたのだが、トアが唯一持ってきた装備がこのメイスだったのだ。
正直、回復支援を頼もうと思っていたので、コボルト戦でもずっと背後で身を守ってもらっていたんだが、今のでハッキリした。
この子、もしかして俺より攻撃力高いんじゃナイデスカ……?
ってかモーニングスターってなんだよ!正直ずっとツッコミたかったよ!殺傷能力高すぎだろって!
俺のそんな気持ちを知ってか知らずか、いや無視だもうこの人の目には俺なんて映ってない。そういう顔をしてる。
そんなトアが次に言ったことはコレだった。
「アナタが今座ってるモノは、一体なんだと思っているのですかァぁああ!」
しかも口を開いたと同時に攻撃しやがった。
パシッていうメイスを拾ったであろう音を聞いたと思った次の瞬間にはコボルトキングのところに一発お見舞してやがった。
化け物すぎだろ!!
「お、おいおい、何だこの化け物みたいなねーちゃんは。こんなの俺の部下の報告にも全く上がってきていなかったぞ?」
そして、トアの猛攻を必死で避けながら全くの予想外だと口にするコボルトキング。
そりゃそうですよ、俺達もびっくりしてますもん。
「アナタが座っていたのはですねぇ!我が偉大なる神聖アスタロッテ教の神像なのですよ!?まさか倒れているなんてぇ……それにすぐにでも立て直せば何とかなったかもしれないのに……!」
「今は見てください!こんな粉々になってしまったではないですかぁ!!」
「いやそれ今まさにお前の攻撃で粉々になってたが!?」
驚愕の罪のなすり付けである。
これにはコボルトキングにも同情してしまう。
それにアスタロッテもめちゃくちゃ微妙な表情をしている。
「や、別にそんな石像の一つや二つ壊れた所でなんとも思いませんし……」
そりゃお前からしたら黒歴史だからな。
い、いやでもまあ考えようによってはこのままコボルトキングを倒してくれるならそれはそれでいいのではないか!?
元々俺たちはスタンピードの阻止に来たのだし、その大本であるコボルトキングを倒せば事件解決じゃないか。
「よ、よし!なんだかよく分からんがレンリ、俺達も戦いに参加するぞ!」
「そ、そうね!『ファイヤ』!」
そして、発動したレンリの魔法がコボルトキングの足元に着弾する。
ちなみにヒールやストックもそうだが、消費魔力が低い魔法に関しては詠唱も短くて済むのだそうで、連理のファイヤもこれに該当する。
「っち!魔法使いと勇者まで参戦してきたか!
そりゃ分が悪いなっと!」
不利とみたコボルトキングは一足で背後に大きく飛び、壁にあった突起をひとつ押してみせる。
すると、つい最近見た事ある蔦の触手が俺たちの背後から伸びて攻撃してきた。
「きゃあ!?」「えっ?私も!?」
そして俺は何とかツタを切ることで掴まれることを回避出来たが、防御手段のないレンリとアスタロッテが捕まってしまう。
なっ!?ここに来てトロールプラントだと!?
「コボルトじゃあ何匹居てもアンタらに敵わねーんで撤退させたが、俺様がなんの奥の手もなしにここに誘い込んだと思ってたのか!?」
「クソっこんなのアリかよ!?」
「戦いに卑怯もクソもねえっての!」
「何くっちゃべってるんです?お前の相手はこの私だぁあああ!!」
コボルトキングの相手はバーサーカーと化したトア任せられるとして、俺はトロールプラントの相手をしないといけない。
まあ1度戦ったことのある相手だ、油断さえしなければ何とかなるだろう。
そう思い、トロールプラントに向き直ると、うちの美女二人がまたあられも無い姿で拘束されていた。
レンリに関してはまたパンツを脱がされている。
「なんでまたこんなことになるのよ!!」
「痛い痛い痛い!運動不足で体が硬くなってる私にこの体勢はキツイですって!!」
ってかトロールプラントって人を拘束したらあのポーズをさせる習性でもあるのか。
俺としては役得というか悪くないんだがあまり長引かせる訳にも行かない。
「いだだだだ!ってかこんな体勢したら破けちゃいますって、どこがと言うか膜がと言うかっ!」
そしてまたアスタロッテが訳分からんことを口走りそうにもなっているので。
俺はとりあえず剣をブン投げてアスタロッテとレンリを縛る蔦を切り裂きながらトロールプラントの真ん前を蔦を避けながら突っきる。
「いだっ!?」「ふぎゃ!」
そこそこの高所から落とされた二人の悲鳴が聞こえた気がするが、こっちもそれどころでは無い。
体に絡みついてこようとする蔦を何とか払い除けながら幹を上り、トロールプラントの頭上に出た。
今だ!!
「『コール』からの『ホーリーブレイド』ォ!!」
俺はコールで呼び出した聖剣をすぐさまホーリーブレイドで強化しトロールプラントを一刀両断した。
そして、両断された所からゆっくりと崩れ落ちていくトロールプラント。
「へっ、どうよ!こんなもんさ!」
俺は俺で成長してるもんでね!
「ちょっとユウト!あんな高さから落としたら危ないじゃない!」
「そうですそうです!もっと大事に扱って欲しいものです!」
まあ、次の課題はいかにこの二人を安全に助けるかだな。
「うるせぇうるせぇ、文句言う前に捕まるなっての!」
俺は不満を言う二人を軽くあしらい、改めてコボルトキングに向き合った。
「おう、そっちも終わったか?こっちも丁度カタがついたところだぜ?」
そして、俺たちの目に入ってきたのは満身創痍のトアを片手で持ち上げるコボルトキングの姿だった。
「と、トア!!」
無造作に投げ捨てられたトアに駆け寄るレンリ。
トアの衣服は所々コボルトキングの爪によって切り裂かれ、トア自身の体にも数多の傷がついていた。
いちばん酷いのはお腹の傷だ。
爪により刺し貫かれており、これが勝負の決め手になったのだろう。
正直ポーションで回復は出来るが、戦線復帰は無理だろう。
「まあちっとは歯応えもあったがな、動きが単調なもんで、慣れちまえばどうってこと無かったさ」
「てめぇ、うちのパーティーメンバーをこんなにしてくれたんだ、覚悟は出来てんだろうな?」
俺は怒りで沸騰しそうな頭を何とかコントロールし、コボルトキングを睨みつける。
「てめぇこそ、どうなんだ?」
「あ?」
「お前たちニンゲンがどう思ってっかは知らねーが、ここに来るまでだけでも俺の家族を100匹以上殺してくれてんだ、そこに落とし前をつける覚悟は出来てんのかって聞いてんだ」
「っ!?」
ゾクッと背筋を冷たい物が通り過ぎる。
一度殺されたかと錯覚するような殺気。
それは王たるものとしての殺意。
「俺が冷静に見えたか?コレでも結構キてるんだぜ?」
俺はその殺意にあてられ、改めて冷静に剣を構え直す。
「お前らが何も思わずに殺しまくった我が同胞たちは俺の子供同然の者達ばかりだったんだ……もちろんこれは人族と魔族の戦争。死ぬ者が出ることに今更とやかく言うつもりはないんだがよ。ただ、相手さんにもその事についてはしっかり分かっていてもらわねぇとバランスが取れねぇんだよ」
「……ああ」
正直、こうして相対するまで、魔族がどういうものかすら考えたことがなかった。
その魔族にも守るべきものや家族があり、それを守るために戦い、殺しあっているのだと。
そう、これは戦争だ。
魔族と、人間の。
「いい顔つきになったじゃねえか、ニンゲン。ならもう、もはや言葉は要らねぇ。殺し合いを始めようぜ!!ニンゲン!!!」
「かかってこい!!コボルトキング!!」
「ガルルゥア!!!!」
そうして俺たちの戦いの第2ラウンドは始まった。
第1ラウンドは始まる前にトア先取りされちまったが、そのトアも今や瀕死の重傷で動けない。
前衛の俺が倒されちゃあ、この後の敗北は目に見えてる。
気合を入れていかなくちゃな!!
鋭く重いコボルトキングの一撃一撃を何とか凌ぎながら、三手に一度の割合で反撃していく。
正直、ホーリーブレイドを乗せる余裕なんてない、一瞬でも油断したら殺られる!
「っ!ユウト!私も援護するわ!」
「おっと邪魔はさせねぇぜ!」
攻めあぐねている俺の様子を見てか、レンリが援護してくれようとしたが、それに反応したコボルトキングがバックステップで俺から離れる。
「何をする気だ!」
たかがバックステップと言ってもコボルトキングのそれは人間の五倍ほどの距離を一足で飛ぶもの。
俺が距離を縮める前に、コボルトキングは耳を防ぎたくなるほどの遠吠えを上げた。
「んなっ!?何コレ!?」
するとどこに隠れていたのか、部屋の至る所からわらわらと集まってくるコボルトの群れ。
その数は十や二十じゃきかない。
「さっきまでは勇者がいるもんだから無駄死にさせまいと控えさせておいたがな。魔法使いの嬢ちゃん一人ならコイツらでも十分だ。ま、1000匹以上いるコボルト相手にせいぜい足掻くこったなお嬢ちゃん」
「なっ……」
1000匹以上のコボルトをレンリ1人にけしかけたって言うのか!?
100匹ぐらいならレンリ一人でも何とかなるだろうが、1000匹となると魔力が持つわけがない!
コレはますますこの戦いを長引かせる訳には行かなくなってしまった!
ガキィン!
俺はやっとの思いで距離を詰め、コボルトキングに切りかかるが、爪で防がれてしまう。
「オーオー怖い顔だな、勇者よ」
「黙れっ!早く叩き斬られやがれ!このクソ魔族!」
「そうだ、その顔だよ!自分たちも殺されるかもしれないって言う必死の顔!そうじゃねえと張合いがねぇんだよ!」
そう言いながら俺を弾き飛ばすコボルトキング。
正直、素早さで言うと身体能力はヤツの方が上だ。腕力にものを言わせて斬るとしても、おそらく魔石で強固に出来ているあの爪はホーリーブレイドでも乗せないと両断出来そうにない。
このままじゃジリ貧だ。
どうする??
反撃覚悟で捨て身のホーリーブレイドを当てるか……!?
俺が悩んでいると、次はアスタロッテの声が聞こえてきた。
ちなみにアスタロッテは何とか意識を取り戻したトアとレンリとともに、トアが作り出した光の壁の中で何とか持ちこたえている様子だ。
「ユウト!アクセルと唱えてみて下さい!勇者スキルの一つで、身体能力を上げることが出来ます!」
「マジか!」
「ちっ、女神め!余計な入れ知恵を!」
コボルトキングがアスタロッテの言葉に反応して巨大な遺跡の破片を三人目掛けて投げた。
「『アクセル』!!」
それに応じて、俺は言われた通りに詠唱すると、確かに先程までとは比べ物にならないほどの力が身体中に湧き上がってくる。
コレは本当にコボルトキングも上回れるんじゃないか?
俺はコボルトキングの投げた遺跡の破片に追いつき、その破片を両手で捉えて逆に投げ返した。
「な、なに!?」
ドグシャア!!
コボルトキングは間一髪の所でその破片を避け、驚愕する。
「俺が投げた破片に追いついただと!?ただの強化魔法で人間がそんなに飛躍的な能力向上を得られるわけが……いや、それこそヤツが勇者たる所以なのか……!」
コボルトキングはダメ元なのか俺に攻撃を仕掛けてくる。
しかし俺にはその攻撃が先程とは打って変わって止まっているようにしか見えないのだ。
これなら、これなら勝てる!!
俺はコボルトキングが放った右からの斬撃に同じく右からの斬撃のカウンターを浴びせ、コボルトキングの片腕を切断した。
「ググルォアアアアアアア!!」
あまりの痛みにのたうち回るコボルトキング。
「ぐぐぅ……もはや俺も出し惜しみをしている余裕は無いな……この手は使いたくなかったが……!!!『オーバーロード』!」
「なっ、これは!?コボルトキングの魔力が数倍大きくなっていきます!」
コボルトキングがオーバーロードと叫んだ後、アスタロッテがその急激な変化に俺に危険を伝えてくれる。
俺はまだコボルトキングがどんな攻撃を仕掛けてくるか分からないため、一旦距離をとった。
一方でコボルトキングの様子はというと、体内の魔石が急成長を始めたかのように体表を覆い始め、それと同時に皮膚も裂け全身にダメージを受けていく様子も見て取れる。
「グオォ!!グルオアアアアアアアア!!!」
痛みに血の涙を流しているようにも見える禍々しい姿となったコボルトキングだが、先程切断した腕も、なんとその魔石の結晶により今一度使えるようになっていた。
「ハァッ、ハァ……もはや後戻りはできん……さあ勇者よ、第3ラウンドだっ……!!」