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第六話「あと片付けと魔王軍と新しい仲間」

俺はアスタロッテの天罰により数分気を失ってたみたいだ。

アスタロッテによるとだんだん気絶の時間が短くなってきているらしい。体が慣れてきたということだろうか。

嬉しくない成長だが。

ちなみに、身体を乗っ取られていた領主の方はと言うと、まだ目を覚まさず使用人達にベッドに寝かされている。

また、レイスによって心を操られていた人達はレイスの消滅と共に正気に戻った。

まあ、レイスとの遭遇は彼女達の心に癒えない傷を作っただろうが、それを何とかできるほど、勇者は万能ではないし、自分を責めても仕方がない。

彼女たちにはトアがつき、話を聞き、癒す役目をしてもらっている。

その間、俺たちはやることがないので使用人さん達と屋敷の片付けを手伝うことにした。

「ったく、随分派手にやったもんだぜ」

「だ、だって仕方ないじゃない。あの時は頭に血が上ってたんだもの……」

そう言いながら、バツの悪そうな顔で壊れた家具や瓦礫の撤去をするレンリ。

魔力もある程度回復したのか、魔法の力で撤去作業をしてくれているので、並の男が片付ける数倍の速さで瓦礫を片付けていく。

「魔法ってやっぱり便利だなあ」

「そんなこともないわよ」

感心して目を丸くしている俺に照れ隠しか頬を指で掻きながらそう言うレンリ。

「魔法を使うには適性があって、そもそも使えない人も多いし、魔力量にも個人差があるから。普通の人は私みたいなことは出来ないわよ」

そう言われて辺りを見回すと、確かにレンリの言う通り魔法のようなもので片付けをしている人は見当たらなかった。

「なるほど、レンリってすごい魔法使いだったんだな」

「ふふん、まあ、褒められるのは悪い気はしないわね」

俺の賛辞を素直に受け取り、頬を赤らめるレンリ。

こう見てると本当に美少女だよなぁ。

何とか助け出すことが出来て良かった。

「でも、ただ私がすごいって訳でもないの。魔法の才能は血筋で受け継がれていくものだから。私の実家がベルツファイヤー家って言うところなんだけど、代々王家を魔法の力でお守りする魔法護衛騎士の家系だったのよ。だから私の魔力量はお父様とお母様のおかげ。あとは日頃の鍛錬の賜物かな?」

「……なるほどな。ってかそう言えばレンリって貴族のお嬢様だったんだな」

でも、この前ギルドでぺドが何やら言ってたっけ。

確か、王城に魔族を呼び込んで処刑された大罪人の娘。

その話が本当なら、最早レンリの家は……

そんな話をさせてしまった事に少し罪悪感を感じた俺は、チラリとレンリの顔色を伺う。

そんな俺を見たレンリはプッと吹き出してあっけらかんと言った。

「バカね、なんであんたがそんな顔すんのよ。確かに私の家は取り潰しになって最早ベルツファイヤーも名乗ることすら許されないけど、こちとらただの貴族令嬢じゃないんだから、たくましく生きていってやるのよ!」

そう言って笑うレンリの顔には一切の陰りもない。

この件に関してはしっかりと心の中でカタをつけたんだな。

「まあもちろん、私はお父様が王城に魔族を手引きしたなんて思ってない。あんなに国想いだったお父様がそんなことするわけないんだから……だから、私の旅はお父様やベルツファイヤー家の汚名を払拭する旅。本当のことが分かるまで止まる訳には行かない」

そう言って自分の決意を確認するレンリの目には、何がなんでもそれを成し遂げるという闘志が見えた。

そりゃいくらなんでも自分の父親がそんな事をしたなんてただ納得出来るわけないだろう。

「それに、カーラさんや私を信じてくれる人達もいる。あとは……あ、あんたもその仲間に入ってるんだからね!」

「……はは!しゃあねぇな。俺ができることならなんでもしますよお嬢様」

「ふん、もうこれから仲間じゃないなんて一度でも言ったら承知しないんだから」

「それは悪かったって言ってるだろ〜」

「あはは」

まあ、確かにあの言い方は俺にも悪かった部分がある。

これからはもっとしっかり伝えられるようにしないとな。

そんな話をしながら、俺たちは屋敷の片付けを続けていくのだった。


屋敷の片付けが一段落し、俺たちは次に地下牢に向かった。

真っ当な守衛さんはともかく、屋敷の護衛として俺たちと戦ったヤツらはすねに傷のあるヤツらばかりだった為、伸びたままで放置しておく訳にも行かなかったのだ。

まあ当分は起きないと思うが、念の為に縄で縛り上げ、地下牢に放り込む。

こいつらや誘拐犯達の処遇は後でカーラさんに一任しよう。

一応、地下牢の最奥まで来て誘拐犯3人組がちゃんといるかも確認した。

もちろん3人は縄に縛られた状態で大人しくしているようだった。

「ふう、コレで屋敷の関係はさっぱりしたかな」

「さすがに疲れたわね……」

俺とレンリは流石に魔力と体力の使いすぎでヘトヘトだ。

「まあ、飲み物でも飲みましょう。使用人さん達が用意してくださいました」

そう言ってアスタロッテが水を持ってきてくれる。

この世界にはもちろん自販機なんてないし、おそらくコーヒーもジュースも気軽に飲めないんだろうな。

俺たちはありがたく水を飲み干す。

「んー、疲れてると水でもだいぶ上手く感じるんだなあ」

「そうねー」

さて、と飲んだ水のグラスを返しに行こうと立ち上がったその時、少しふらついた俺は壁に手を突いてしまった。

ガコッ。

「およ?」

そして手を突いた壁が奥に沈む感覚。

「ちょ、ちょっと大丈夫?」

「あ、ああ。それより……」

よろけた俺を気遣ってくれるレンリに返事をするや否や地鳴りの様な音が聞こえ、足元が揺れ始めた。

「ちょっ、次は何よ!?」

「ユウト、か、壁が動いてますよ!」

突然のことに慌てる二人。

俺は一応危険を感じて壁から距離を取る。

よく見てみると、壁には無数の線が入っており、一枚岩ではない様子で、今俺が押した何かのスイッチによって、その壁が下に下に降りて行っているらしい。

そして奥には空間が。

俺たちは何かが飛び出してくるかと身構えながらその壁が全て降り切るのを確認する。

警戒したわりに、俺たちの目の前に姿を現したのは魔獣ではなく、簡素な木で出来た扉だっ

た。

つまり……

「隠し部屋……?」

レンリの不安げな声が、地下牢に鳴り響いた。


隠し部屋には鍵はかかっておらず、押すだけで簡単に入ることができた。

その中は小さな本棚と、机と椅子。

そして机の上に何かを書く為のペンとインク、あと紙が数枚あるだけの小さな部屋だった。

「なんのための部屋だ?」

俺は幸いスキルによってこの世界の字を読むことが出来る。

本棚にある本は大体は魔術や死霊術に関する者らしい。

俺が本棚を漁っていると後ろで別のものを見ていたレンリが驚きの声を上げた。

「ちょ、ちょっと!ユウト!見て、これ……!」

そう言って慌てた様子のレンリが突き出してきたのは手紙の便箋の様なものだった。

宛先人は……魔王国宰相ロドリゲス様へ……?


魔王国宰相ロドリゲス様へ


こたびの魔王軍の破竹の勢いでの進軍お喜び申し上げます。

近況報告と致しましては、私の管轄内での人間どもの洗脳、命令系統の掌握は計画通りに遂行中です。

以前の手紙でご報告を上げたベルツファイヤー侯爵は私どもの手には余る存在でしたので、指示通り噂を流し、処刑させることに成功した様です。

また、離散した他のベルツファイヤーに連なる者どもも順次抹殺、使えそうならば手駒に加えようかと考えております。

人間など取るに足りぬ存在、私めに任せていただければ、すぐさまベルツファイヤー家を跡形もなく抹殺してご覧に入れましょう。

現在はベルツファイヤーの跡取り息子であるアルスに関しましては元ベルツファイヤー領であるトーラスに身を潜めていると言う情報があり、こちらには配下を数名送り殺害を予定しております……が、アルスの配下である者どもの抵抗により遂行には若干のお時間をいただくかと思われます。任務の性質上大人数では動きづらく、いかんせん戦力が心許ない為、精鋭の増援をご検討いただけると幸いです。

娘のレンリに関しましてはギルドの後ろ盾がある様ですが、単独行動も多く見られる為、地元の冒険者に誘拐を支持しました。

こちらは大変見目麗しい娘でもあり、魔法に関しても頭角を表している才女という情報がありますので、身体改造、洗脳を加えた後に手駒としてアルス討伐に向かわせようと考えております。

奴らもまさか同じベルツファイヤーが牙を向けるなどとは考えが及びますまい。

一刻も早い解決を約束いたします。

それでは、魔族の夜明けが一刻も早く訪れますよう。

また、魔王様にもよくお伝え下さい。


魔王軍特務部隊長アガーリード


追伸


人間の体というのは本当に具合がイイ。

今度宰相様も交えてパーティーを催したいのですが如何でしょうか?

この前など6人同時に魔力で操り人形にし、研究により100倍の快感で……


っと、追伸は読まなくていいな。

おそらくは宰相のロドリゲスとかいう奴に当てて、アガーリード……内容からすると俺たちがさっき倒した魔族が、近況報告をする為に書いた手紙の様だ。

それには、魔王軍の手先が国の中に複数潜伏している事を示唆する情報と、ベルツファイヤー家に関する陰謀の証拠が確かに記されていた。

「レンリ、コレって……」

俺はレンリにその手紙を返す。

レンリは感極まった様子で目に涙を溜めながら、俺に抱きついてきた。

「やっぱり!お父様は冤罪だったのよ!私の信じていた通り!」

「……そうだな」

「私たち、仇を討ったのよね、アガーリードは滅ぼしたし、屋敷は壊滅状態にしたわ」

「ああ」

「コレで、お父様達も少しは浮かばれるかな……」

「ああ、勿論だ」

そう言って頭をポンポンと撫でてやる。

レンリはひとしきり捲し立てながら腕の中でフルフルと震えていたが、そのうち、俺の胸に顔を埋めて泣き出した。

「う、うぅ……どうして私たちがこんな目に遭わなきゃいけなかったの?魔族のせい?戦争のせい?そんな馬鹿げた思惑のせいで、私たちの家族はバラバラになってしまったの?」

俺は答える術を持たない。

今はただ頭を撫でてやるくらいしか。

「でも、事件から1年間、ずっと戦ってきた私の努力は無駄じゃなかったのよね……」

「……」

「……そうだって言ってよ、ユウト」

「……そうだな、無駄じゃなかった。お前が頑張ったおかげで、アガーリードは倒せたし、こうして真実にも辿り着いたんだ」

「……うん」

「お前は強いよ、誇っていい」

「……ありがとう」

そして、我慢が効かなくなったのか、レンリは大声で泣き始めた。

俺やアスタロッテは見守ることしかできなかったが、側にいてやることも大事だと思い、そのままレンリが泣き止むのを待つことにした。

両親を殺された後、ずっと事件の真相を追ってきたのだろう、寂しくもあっただろうし、辛いこともたくさんあったかもしれない。そうして積もり積もった思いが溢れて、言葉にならないのだろう。

そんな時は泣くだけで解決することもある。

そうやって自分の気持ちに整理をつけるレンリが落ち着くまで俺たちは静かに待った。


「ごめんね、みっともないところを見せて」

その後、泣き止んだレンリは目を赤く腫らしながらも、すっきりとした顔をしていた。

「落ち着いたか?」

「それなりには、ね。それにまだ終わってない。アガーリードは実行犯ってだけで裏にはロドリゲスって奴が居るみたいだし。それにアルスの事も書いてた」

「そのアルスっていうのは……弟さん?大丈夫なのか?」

「そう、アルスは私の2歳年下の弟なの。もちろん、心配だけど……正直アルスには魔族なんかには負けない強い護衛がついてる。急いで見に行くほどでもないかも」

「そうなのか」

「それに、私たちにはまだコボルトの依頼も残ってるしね!」

「ああ……」

そういえばそうだった。領主の事件で完全に忘れていたが、そういえば明日は森に入ってコボルトキングの痕跡を探す予定だった。

勇者の体は疲れ知らずとはいえ、精神的には参ってしまう。

「じゃあ、コボルトの件がひと段落したら次は弟さんの様子を見に行かないとな」

「ええ。ってもしかしてユウトもついてきてくれるの?」

「ああ、別に魔王討伐にアテはないし……もともと旅をする予定だったんだ。いいよなアスタロッテ?」

「勿論です。レンリさんは私たちの大切な仲間ですから!」

「ふふっ、ありがと!そういう事ならちゃっちゃと帰って、明日のために英気を養わないとね!」

「そうだな」

そう言って俺たちの長い夜は終わりを告げた。

まさか転生初日でこんなに濃い1日になるとはな。

先が思いやられるが、トアやレンリを救えたんだから俺の苦労なんて安いもんだ。

俺達は決意を新たに、重要そうな書類をストックで回収した後、隠し部屋を後にした。


正直、そっからのことはあんまり記憶にない。

思い出せるのは、トアと合流して、心に傷を負った少女達は一旦修道院で預かる事になったこと。

カーラさんに報告に行ってさっきの手紙やあったことを話すと、一目散に沢山のギルド員や衛兵達と屋敷に向かっていったこと。

そしてレンリの案内で着いた宿屋でふらふらの足取りでベッドにたどり着いた途端、意識を失ったことくらいだ。


ユウトが疲れ果て先に床に着いた後、レンリの借りている部屋では女子達が集まってお疲れ様会を開いていた。

テーブルを囲み他愛ない話に花を咲かせる3人。

レンリとトアはジュースや水を飲み、アスタロッテは麦酒を大ジョッキで呷っていた。

話はレンリやトアの身の上話から始まり、アスタロッテはうんうんと相槌を打ちながらどんどんと麦酒を飲み干していく。

そして、完全に酔っ払ったアスタロッテは半ば愚痴のような口調でユウトとの出会いを話し始めた。

「……それでですねぇ〜、ユウトを異世界から召喚してまずあの人なんて言っらと思います〜?」

「さあ?やっぱり驚いて辞退したとかじゃない?」

「ちらいますよ〜あの人がまず1番目に確認したのが、女の子をとっかえひっかえ出来るくらいの美貌に出来るかどうか、れすよー?」

「あぁ……見た目はすごくいいもんね、あいつ」

「まあ叶えましたよ、そんらの、女神の力にかかればチョチョイのチョイーれすから」

「あははぁ……」

完全に酔いが回って呂律は回らないアスタロッテの言葉にトアが愛想笑いで相槌を打つ。

まだアスタロッテが女神ということは信じていないようだ。

「それで、あの人、美少女ハーレム軍団を作るとか何とか言っれましらけど、もう転生段階に入っれいましたし、断られても後がなかったのれ、説明もそこそこに転生を実行してしまったんれすよね」

「異世界転生って言っても、やり直しも効かないし結構強引なもんなのね」

「まあ、あんな人でもぉー?勇者適性は一万年に一度位には高かったれすしぃ、他にそれ以上の適合者が居なかったんれす」

「まあ口は悪いけど、根はいい奴だもんね」

「まあ、私のこともエッチなことせずに助けてくれましたし……」

「いやあ、そんな事ないれすよ……あの人寝てるトアさんの胸揉みたいとか考えてたし」

「ぇえ!?や、やっぱり男の人はみんなケダモノですぅ……」

アスタロッテの言葉にトアがまた涙目になった。

「サイテーねあいつ」

「まあまあ、話はそこれ終わらないんれす」

「まだサイテー武勇伝があるんですかぁ?」

「むしろココからが本番なんれすっ、召喚した後、勇者の剣のホーリーセイバーの加護を受けるにはユウトに清い身体でいてもらわなきゃいけないってことを説明したら、詐欺だって騒ぎらして……最終的に魔王討伐の後に私を抱くとか言いらして……」

「うわぁ……」

「……サイテーですね」

「私どうしたら良かったんれすかね……一応世界のために了承したけど、正直こんな事になるなんて思ってもなかったし……うぅ」

おいおいと泣き出すアスタロッテ。

不憫に思ったレンリとトアが慰めるようにアスタロッテの肩をさする。

「しかし、そんなサイテーなやつにこの世界の命運がかかっているなんてね……」

「まあでも、ユウトさん、確かに魔王討伐もハーレム作りも実現しちゃいそうな凄みはありますよね……」

「れも、魔王討伐したら私もハーレムの仲間入りれすからね?こんらの最悪れす……」

まあユウトとなら……と心の中で思わなくもなかった3人ではあったが、サイテーなことには変わりないため、それぞれの胸中を秘めたまま話は続いていく。

「その割に旅先で女の子とみたらえっちな視線を送るし!今回のトアさんのことらって、レンリさんの時らって」

「それでよくカミナリ落とされてたのね……」

道中に何度もユウトを襲った天災的な雷を思い出すレンリ。

細かいところまで含めると今日だけで十数回ほど彼は雷を落とされていたのだった。

「でも、それだけカミナリを落とされていてもエッチなことやめないのはすごい根性よね」

「そんな根性いりませんよぉ〜!!ああー!やり直したい!もう1回勇者召喚しらい〜!」

「出来ないの?」

「れきません。勇者召喚は世界の危機に際し、一度だけ使える救済措置みたいなものれすから……」

「神様も案外大変なのね……」

同情の視線を送るレンリ。

「ま、これからの旅は私も付いていくし、なんとかその性根を叩き直してやるからまかせておいて!」

自信満々に言うレンリに、アスタロッテが感動する。

「この話を聞いてもまだ付いてきていただけるなんて……やっぱりレンリさんは女神れす!!」

「そ、それにあいつのことちょっと気になってるし……」

アスタロッテは優しさにただ純粋に感動していたが、そんなレンリの小声の本心は、酔っているアスタロッテには聞こえなかった。

ミイラ取りがミイラになる姿を想像して微妙な顔をするトアだったが、話の矛先はトアにも向いた。

「トアさんも付いてきてくれますよね?あのレベルの神聖魔法はなかなか使える人居ませんし!」

「そうね!これからの戦いを考えると是非いて欲しいわ!」

「あー……ははー、私はちょっと一晩考えようかなあー、なんて」

「ええー、絶対付いてきてほしいのに!」

確実に明日になったら断ってくるであろうトアの様子に残念がる二人。

「いやいや絶対付いてきてもらいますよ……どんな手を使っても……ね」

アスタロッテに至っては気付かれないように暗い笑みを漏らしていた。

そうして姦しく話す三人の会話は終わりも見えず世が更けていく。

しかし誰も気づいていなかったのだ、その会話に、こっそり聞き耳を立てている魔族がいることを。


ところ変わって魔王城。

四天王の一人、蟲の王ベルゼブは世界各地に放った斥候からの報告のひとつに戦慄していた。

「まさか……勇者が召喚されるとは……これは今すぐにでも魔王様にご報告差し上げねば」

そうして慌てた様子で魔王城の王の間、魔王リーゼベルデが待つ場所に向かう。

「ま、魔王様!お耳に入れたいことが!!」

「な、なんじゃベルゼブ!騒々しい!」

ベルゼブが、ばん!と大きな音を立てて王の間の扉を開くと、その位小さな体に似合わぬ大きな玉座に座りながら、丁度スイーツをメイドに食べさせてもらっているちんまい魔王、リーゼベルデの姿があった。ちなみに仲のいい魔族からはリーゼと呼ばれている。

「ほれ、ミネルバよ。あの騒々しいやつは置いといて、早くそのケーキをワシの口に入れんか」

「はいはい、食べ終わったらちゃんと歯を磨くんですよ?」

「分かっておる……んむんむ、うまぁー!」

ミネルバと呼ばれたゾンビメイドにケーキを食べさせてもらい、あまりの美味しさに両のほっぺに手を当てながらうまー!と叫ぶリーゼ。

「リーゼ、それ何回目だよ……いい加減肉食おうぜ?肉」

現魔王に対して、そんな不遜な口振りで接するのはこれまた四天王の一人、暴食のレッドドラゴン、バーニヤだ。

「肉ばっかり食べてるとバー二ヤみたいに脳みそまで筋肉になるから嫌じゃ」

「やれやれ、リーゼ様、好き嫌いはダメですぞ?」

そう言うのはソンビメイドのミネルバと共にリーゼの身の回りの世話をする骸骨執事、ロベルト。

「皆の者、とりあえず静まらんか。ベルゼブがなにか報告があるというのじゃ。それを聞いてから騒ぐのでも遅くないじゃろう?」

そう言って皆を宥める優しい笑顔の老賢者。

魔王国宰相のロドリゲスである。

他にも四天王にはあと二人いるが、これが魔王軍の主要メンバー、この世界の滅亡を目論む存在たちだ。

基本的に面白おかしく、気のいい存在たちではあるが、もちろん人間とは相容れない闇の住人たち。

ロドリゲスの一括により静まり返ったリーゼたちにベルゼブが驚愕の情報を告げる。

「恐れながら魔王様、先程私の斥候部隊から報告が上がりまして……その内容は、勇者が召喚されたとのことで……」

その報告内容に緊張が走る王の間。

「なにぃ?勇者?強いのか?」

まず反応したのはバーニヤ。

「い、いやまだ戦力についてはわからん。ただ、密偵として潜入させていたアガーリードの消滅を確認したので、おそらくは……」

「アガーリード……あの変態野郎か。あんな格下を消滅させたぐらいじゃ、まだ強いかわかんねーな」

バーニヤはその名を聞いて不快そうに吐き捨てる。

「元々、裏で手を回したり、闇討ちしたりと卑怯なやつで嫌いだったんだよね、あいつ」

「ふむ……しかし、元々使い捨ての駒ではあったが並大抵の冒険者が勝てる相手でもあるまい」

「密偵の身で派手に人間たちを狩りまくっていましたからね。いずれは目をつけられると思っていたのですが、消滅した所を確認するとおそらく神聖魔法かと」

「では教会のプリーストが動いていると見て間違いないな」

ふむ、と一息つく宰相ロドリゲス。

先程までの温厚な顔は微塵も見られず、歴戦の知将としての顔でそう言った。

「まさか人間に計画を気取られるとは思わなんだな。あ奴らも一筋縄では行かないようだ。王城内部に潜伏している魔族のことも気取られているやもしれん。計画の修正が必要だな」

「仰る通りでございます」

「して、勇者とな」

「はい、ある宿屋での会話を密偵が入手した所、異世界からの転生者との事で……ただの酔っぱらいの妄言とも取れますが……いかが致しましょう」

「ふむ、丁度その辺はコボルトキングを配置したばかり。並大抵のものであれば、それでカタがつくだろう。捨ておけ」

ロドリゲスがそう言い終わるや否やリーゼが口を挟んだ。


「いいや!余が出向こう!」


「え!?リーゼ様!?」

突然のリーゼの発言に慌てるミネルバ。

「リーゼ。魔王軍に並び立つ者が居ないとはいえ、まだ貴女は成長途中の身。そんな些事で動くなど王にはあってはならないことです」

そんなリーゼを優しく諭すように説得するロドリゲスだったが、リーゼのワガママには叶わない。

「いやじゃいやじゃー!毎日毎日この王城でミネルバとロベルトと戦いの訓練なんぞしていたら体が腐ってしまうー!」

「そ、そうは言っても……」

「ほ、ほらリーゼ様、美味しいケーキですよ〜」

「そんな物に釣られる余ではないっ!その傲慢不遜な勇者とか言う者の顔、然と見極めてやろうぞ!」

そんな事を言い終わったあとに「あーん」と口を開けてケーキの催促をするリーゼ。

いや釣られないと言いながらケーキは食べるのかと一同の間を言葉にならぬ沈黙が流れた。

「まー、いいんじゃねえか?人間一人、大して強くもないだろうし」

そう言って欠伸をしながらあっけらかんと言うバーニヤ。

「し、しかし万が一魔王様に何かあったら……」

「ならお前が付いて行けばいいじゃん」

「んなっ!?」

「四天王が一人でも付いていきゃあ何も起こんねーだろ」

「い、いやしかし……私には斥候という大事な任務が……」

「今更斥候がいなくたって魔王軍が負けるわけねーよ、アタシも居るんだし。それにお前の1日なんてうんこ食っておしっこ飲んで寝るだけだろ」

「そ、そそそ、そんなことないわ!ちゃんと歯磨きとかもしてるわ!」

「ええい!この際バーニヤでもベルゼブでもよい!余と一緒に行くぞ!」

そう言って立ち上がり、ベルゼブの首根っこを掴み早速出口へ向かうリーゼ。

嵐のような魔王の行動力を止めることが出来る者はここに居ないとはいえ、一抹の不安はある。

宰相ロドリゲスはそのシワだらけの瞳の奥でまた一つ、また一つと策を巡らせていくのだった。


次の日の朝。

ゆっくり眠れたことで清々しい気分で朝を迎えた俺は、この銀翼という名前の宿屋の主人であるレナンドさんの朝飯を食おうとレストランでもある宿屋の一階に降りてきていた。

「おはよーございます!よく眠れましたか!?」

そう言って元気に挨拶するのはこの宿屋の看板娘であるマーサちゃんだ。

8歳くらいの活発な子で、レナンドさんとこの宿屋を立派に切り盛りするしっかりした子だ。

「おー!坊主か!昨日は晩飯も食べずに部屋に行っちまったもんだから腹減ってんだろ!今日の朝飯は鶏肉のスープだぞ」

そう言って厨房から顔を覗かせるのは主人のレナンドさん。

この宿はレンリのオススメでもあるので、食事には期待していいかもな。

食堂には包丁で食材を切る音と、かぐわしいスープの匂いが充満している。

あー!腹減ってきたー!

俺は窓際のテーブル席に座り、料理が出て来るのを待った。

そして、待っている間に我がパーティーメンバーの一人であるレンリが食堂に顔を出した。

「おはよーおっちゃん。アタシいつものねー」

「おーレンリちゃんか、昨日のお連れさんならもう来てるぞー」

「こっちなのです!」

そうしてマーサちゃんに案内されたレンリは俺の向かい側に座った。

「あー……おはよ」

「お前すごい顔してるぞ」

「あー……私、元々朝弱くて……昨日色々あったし」

そう言ってクマのある顔とボサボサの髪のまま首周りのストレッチをするレンリ。

女としてそれでいいのか。

まあパーティーメンバーとして共に行動していく内にこう言った一面も沢山見ていくだろう。

なんか、同棲始めたばっかりのカップルみたいだな。

そんなことを考えていると、俺たちの料理が運ばれてきた。

俺にはパンと鶏肉のスープ。レンリの所にはブラックコーヒーとサンドイッチだった。

んー!美味そう!匂いと見た目で完全にノックアウトされた俺は早速食事を始めることにした。

「いただきます!」

両手を合わせてそういう俺を珍しいものでも見るかのように観察するレンリ。

「なにそれ」

「俺の国での食べる前の……挨拶?犠牲になった食材とか作ってくれた人に感謝していただきますって意味があるんだよ」

「ふーん、変なの」

そう言って視線を俺から外し、興味なさげに自分の髪を触るレンリ。

しかし俺は見た。コーヒーを飲む前に小声でレンリが「いただきます」と言っている所を。

俺はなんだかそんなレンリが少し可愛いなと思いながら明るい気持ちで朝食を平らげた。

ちなみに味は、ふかふかの焼きたてパンに野菜の甘みが染み込んだ優しい味のスープ、そして蕩けるような鶏肉の柔らかさにうますぎて目を白黒させながら舌鼓を打った。

うますぎる!

その後、食後に軽く散歩をして、出発にもいい時間になってきたので、宿屋の前でアスタロッテ達を待っていると次にトアが降りてきた。

なんだか、昨日と違ってふんすふんすと興奮気味だ。

そのままの状態で俺の目の前に来たトアは俺の両手をがっしりと掴みすごく近い距離でこう言った。

「ユウトさん!私をあなたの旅に連れて行ってくれませんか!?」

「へ?」

そりゃ願ったり叶ったりだけど……

そんな様子を見ていたレンリが驚いたように話に割入ってくる。

「ちょっとちょっと、どう言う心変わりよ!?アンタ昨日、ユウトがサイテーだから度について行くのはちょっと……って渋ってたじゃない!」

おいお前ら昨日なんの話ししてたんだ……?

「確かにアスタロッテさんの話によると、ユウトさんはこれ以上ないほど清々しいクズでしたが、昨日寝てる間に神託があったんです!」

そう言って目をキラキラさせながらどこか虚ろな様子で話し始めるトア。

「女神アスタロッテ様によると、ユウトさんは確かに神に選ばれし勇者であると!そして私の新たな使命はその勇者ユウトさんの旅に同行し、勇者とパーティーメンバーを癒し、旅に貢献しながら宣教することだと!」

あーこれ完全に洗脳されてる顔だ。

邪教の信者とかって全然人の話聞かない様になるよね。

今のトアはまさにそんな感じ。

つーか神託ってトアの信仰してる神が、そもそもパーティーメンバーのアスタロッテ本人なわけで、神託を下したのもおそらくそのアスタロッテ本人だろう。

回りくどい事をしたもんだ……

「あ、あたしアスタロッテ呼んでくるわね」

トアの並々ならぬ気迫に危険を察知したのかレンリはサッと身を翻してアスタロッテを呼ぶために宿屋の中に戻っていく。

「あっレンリてめぇ!ずりぃぞ!」

ガシィ!!

俺も後を追って宿屋に入ろうとしたが、その可憐な姿からは想像できないような力で肩を掴まれ動けなくされる。

「ユウトさん、どこに行こうと言うのですか?私は今アスタロッテ様への信仰心が溢れて止まらないのです!ちょっと小一時間アスタロッテ様のすばらしさを聞いて貰ってもいいですか?」

「いいですかってか、きょ、強制……!」

「いいですよね?」

「は、はい……」

そうして始まるアスタロッテ話。

この世界の創造から始まり現在に至るまでアスタロッテがどれほど人類に貢献したかなど、全く止まる気配もないままトアに両肩を掴まれて話を聞かされた。

綺麗でサラサラな髪の毛にこちらこそ女神かと見紛うほどに整った顔に絶大なプロポーション。

こんな美人に言い寄られて悪い気はしないが、朝からこのアスタロッテ話は流石にきつい……!

ちなみに現実のアスタロッテと、トアの中の女神アスタロッテはやはり別人のままのようだ。

この子、言い逃れできないぐらいアスタロッテこそ本物の女神だとわかった時どうなるんだろう……

レンリ、アスタロッテ!早く来てくれ〜!

俺のその心の叫びは虚しくも成就されず、酒臭いアスタロッテか降りてきたのはそれからまた小一時間経った後だった。

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