第一話「異世界召喚」
フワッと、嗅いだことの無い花のようないい匂いがする。
混濁していた意識が徐々に覚醒し、深い水の中から掬い出されたような感覚で俺は目が覚めた。
すぐ目の前に見えたのは驚くばかりの白。
それは天井のようで、また、空のようでもあったが、おおよそ生きているうちには見たことの無いような景色だった。
「目覚めましたね。小田原悠斗」
視界外から、凛とした女性の声で呼ばれる。
その声のした方を向くと、これまたこの世のものとは思えない絶世の美女が佇んでいた。
浅葱色のキラキラした長い髪に大きな目。美しい天女の羽衣のような少し露出度高めな服を着ており、溢れんばかりの双丘に思わず目が奪われてしまいそうになるような、神が作り出した造形美。
まるで女神。
なんだこりゃ?夢か?
「夢ではありませんよ。」
混乱する俺を見つめながら、女神風の女性は微笑みながら言った。
「不躾にあなたの思考を覗き見してしまう形となり申し訳ありません。私の名前はアスタロッテ。ご想像の通り、この世界の女神をしています。貴方は現在魂魄状態で、魂だけをこの異界につなぎ止めている状況です。」
女神風かと思えば本気で女神だった。
目の前の女神……アスタロッテ様、だったか?の言い分は普通なら否定したくなるような言い草だが、不思議と素直に受け入れている自分がいる。
それに魂だけというのも何となく納得出来て、実際に今、俺には体の感覚も、声を音として出している感覚もない。
こんな不思議なリアリティのある夢は見たことがないし、恐らく彼女が世界の神様だと言うことも本当なのだろう。
コツ、コツと緩やかな歩調で女神様がこちらに寄ってくる。
「端的に申しますと、貴方には転生して異世界で魔王を討伐してもらいます。」
マジですか。
「マジです。」
……マジなのか。
しかしそれが本当であるならば。
つまり齢30にして遂に人生の主人公としての切符を俺は手に入れたということだ。
それなら願ってもない。
内心、少しワクワクしてきたな。
「あ、ちなみに転生なので元々居た世界ではあなたは突然死したということになっています。」
へ?
「詳しく言うと夜勤バイトで疲れて帰ってきた後、1人寂しくお気に入りの……えっとその、えっちな画像を見ながら……じ、自家発電されていた所、心臓発作であえなく……と言ったところです。」
え。
な、なん、なんですと〜!!?
つまり俺は前世では童貞のまま、齢30で自宅でオナニー中に心臓発作で死んだってことか!?
そんなの、死ぬに死にきれねぇじゃねぇか!?
「あの、こちらとしても心中お察しします。」
お察しされても嬉しくねぇよ!
「流石に可哀想ですし、心臓発作での死亡はこちらに呼ぶ為でもあったので私の非もあります。よって、新たな世界ではある程度優遇されたステータスでの転生を約束します、それに勇者でもありますので更にボーナスが着くと思っていただければ、そんな前世での死に方もお得だったと思えますよ。」
そんな言われ方しても、前世では最も嫌な死にシチュエーション第一位な事には変わりないんですけど!?
「まあまあ、ここは気分一新して新たな人生を楽しみましょうよ。特別サービスで天性のステータス&勇者補正で世界最強の人生を歩めますよ?」
せ、世界最強、か……
「それに、今更どうこう言ったところで、元の世界ではもう死んでますし。」
神様ってえげつなっ!
「そんなことないですよ〜。これは世界の危機の為の特別措置ですから。」
世界の危機ねぇ……あんまり実感無いな。
そんな知らない世界の話より。
ちなみに〜……次の人生では例えばその、ほら。
女の子をとっかえひっかえ出来るぐらいの美貌、とかには出来んのか?
「もちろん、そのぐらいの優遇はカンタンです。」
なるほどなるほど。
むふ、むふふふ。
本当にツキが回ってきたみたいだ。
正直前世では全くと言っていいほどモテなかった。
その為、俺はこと女性に関してはとにかくコンプレックスを持っていた。
1度でいいから付き合いたい。
付き合いの先に突き合いもしたい。
それだけが心残りなんだ。
男として、生物として生まれた俺になぜその権利が1回も回ってこなかったのか。
自分の前世を呪うとしたらその一点に尽きる。
だからこそ俺は。
今回の転生に際して。
美少女ハーレム軍団を作ることに決めた!!!
朝も昼も夜も色ボケにボケた生活を!
乾く間もないほどのいやらしく素晴らしい人生を!
前世で情けない死に方をした俺の為にも。
弔い合戦と行こうじゃないか。
「覚悟は決まりましたか?」
ああ、男たるもの、ここ1番では腹ァ括らないと行けねぇだろ!
「分かりました。では転生の意志有りとして、貴方を新しい世界にお送りします。」
そう女神様が言うと、急に辺りが眩く光り輝き始めた。
「願わくば貴方の旅路に幸あらんことを。そしてこの世界をお救い下さい。」
「勇者ユウトよ。」
俺はそんな声を聞きながら光の奔流に包まれていったーーーーー
「んっ、ここは……?」
そよ風が優しく頬を撫でる。
少しくすぐったくて、何故か懐かしい、そんな感触に包まれながら、俺はまた、目を覚ました。
「起きましたねユウト。」
目を開くと眼前には神が作り出した造形美を感じる世界最高のおっぱい?
へ?
「うおっなんじゃこりゃ!」
俺がびっくりして飛び起きると、目の前にいたのはさっきより少し地味になった女神様だった。
服もさっきの天女の羽衣みたいな服から、異世界の村娘のような服装に変わっている。
「無事転生が成功して良かったです。先程説明した通りここは異世界。現在魔王軍に侵攻されている世界存亡の危機の真っ只中の所です。」
「それはわかったけどよ、もしかして女神様も一緒に来てくれるのか?」
「ええ、もちろん、この世界での生き方も貴方には分からないでしょうから、私が魔王討伐まで共にサポートさせていただきます。」
「そりゃ助かる」
「それでは早速ですが聖剣を貴方に託そうと思います。」
そう言って女神様が手を翳すと、何も無い空間に豪奢な剣が現れた。
「これは聖剣ホーリーセイバー。貴方に勇者の加護を与えてくれる聖剣です。これにより貴方はこの世界で勇者としての力を振るうことが出来ます。」
「なるほどなぁ」
そう言って受け取った聖剣はずっしりと重く、まさにその刀身で魔王を斬る正義を成すと言う力強いオーラを放っていた。
また、持った瞬間からその使い方が頭に流れ込んできた。
この世界での戦い方、魔力による戦技の使い方。治癒魔法やその他の魔法に至るまで。
「これさえあれば魔王を簡単に討伐できるのか?」
「いいえ?」
「は?」
「聖剣には勇者の加護はありますが、魔王を倒すにはまず貴方の能力が足りません。」
「なんでだよ、転生時にステータスにはボーナスが着くって言ってたじゃないか」
「それはあくまで基礎ポイントや成長上限のこと。右も左も分からない異世界おのぼりさん状態で倒せるような魔王なら私も苦労しませんでしたよ。」
ま、まじか……転生してすぐ魔王を狩ってハーレム作りに邁進しようと思っていたのに……
「ついでに説明してしまいましょう。魔王というのは簡単に言えば他の世界の神による意図的に作り出された意思のある災害です。時々、旺盛な野心のある他の神が、別の世界の神を殺して、自分の世界の領土に付け加えようとしてくるのです。言わば神同士の戦争ですね」
「なるほど。」
「その為、この世界の守護をしている私を殺す為にまずはこの世界を蹂躙し、神である私の力も弱らせてしまおうというのが魔王軍の魂胆であり、魔王の行動原理です。」
ふむふむ、何となく事情がわかってきたぞ。
「しかし、その魔王を倒すにしても、この世界の神であるお前には他の世界の神の創造物である魔王には簡単に手が出せない、そんなところか?」
「ご名答。それで勇者の召喚に繋がるわけですね。この世界の神である私自らが魔王と戦っては倒される危険がある。そうなってしまっては本末転倒ですので、代わりに、貴方のような異世界からの来訪者によって倒してもらった方が神である私としても安心ということなのですよ」
「異世界からの来訪者ってのはこの件については大事なのか?」
「もちろん。世界における存在の力が違いますから。この世界の魂達では魔王に相対するにはあまりに脆い。何せ魔王はこの世界に対しては特別強いを持っていますから。異世界から召喚された魂の貴方に戦ってもらうことでようやく魔王と同じ土俵に立つことができるのです。」
「ふーん、わかったよ。」
ま、今となっちゃハーレムを作る(予定)のこの世界は俺にとっても無くなっちゃ困る世界なんだ。
ハーレムに関しては旅の途中で色んな出会いを探してもいいだろうし、そのついでに魔王も討伐してやろうじゃないの!
「うし!そういうことなら仕方ねぇ。いっちょやりますか魔王退治!」
気合を入れた俺に嬉しそうに手を叩く女神様。
「その意気です!」
しかし女神様はその後、少しバツの悪い感じで話を続けた。
「あのぉ〜、気合いが入っているところ申し訳ないのですが、勇者の加護に対してもう1つ大事な説明がありまして。」
「ん?どんなことだ?」
「そのぉ、貴方の今生での目的に関しては重々承知の上でのお話なのですがぁ……」
「なんだよ歯切れ悪いなぁ」
「その、勇者の剣を使う上では一つだけ条件があるんです。」
「条件?」
まさか呪いの剣の類か?
使うたびに血を抜き取られるとか……
怖気付く俺に対して女神様は意を決した様子で、最早あっけらかんと言い放ってきた。
「その剣の加護を受ける条件は貴方が童貞であることです。」
「……は?」
ちょっと待て何言ったこいつ。
「ちょっと聞こえなかったな、もう1回お願いしていいか?」
「だからその……ど、童貞です。」
女神様は恥ずかしくなってきたのか肝心な部分だけちっちゃく言っている。
「え?なんだって?」
「だから……」
「もっと大きな声で!」
「ど、童貞です!」
「その剣の加護を受けるには魔王討伐まで貴方には童貞で居てもらわなければならないんです!!」
「うぅ……」
うぅ……じゃねぇよ。
「………………はぁ〜。」
流石にこれには俺も頭を抱えた。
苦節30年。
溜まりに溜まった性欲をやっとリアルで発散できると思っていた矢先にこの仕打ちですよ。
もう魔王討伐なんてほったらかして世界滅亡までセックスして過ごそうかな……
つーかそもそも……
「なんでだよ女神様!転生する前に言ったよな!?女の子をとっかえひっかえ出来るって!」
「言ってません!あくまで、女の子をとっかえひっかえ出来るくらいの美貌、という意味での願いは叶えました!」
「そんな……」
「今の貴方は一応その……超イケメンです。私の好みのどストライクに作りましたし……大抵の女の子はイチコロだと思います」
お前の好みなんか知らんわ。
「でも、それと聖剣の加護の話は別なんです!1番強力な加護を与える為には貴方には清い体でいてもらわないとダメだったんです!」
「なんじゃそりゃ上手いこと言いくるめて悪徳商法か!?お前なんて女神じゃねぇ!この駄女神が!!」
「なっ、なんて酷いことを言うんですか!?正真正銘女神ですよ!」
「うるせぇ!こんなの詐欺だ!あんまりだぁぁぁああああ!!!」
俺はあまりのショックにその場で崩れ落ちてしまった。
しかし、この世界を救わねばハーレムエンドなど夢のまた夢……
って言うかほんとにタダの夢で終わる可能性がある……
はは……あんまりだよ……
ゆらり。
ふらふら。
そんな効果音がなりそうな感じに立ち上がった俺は駄女神様に言ってやった。
「駄女神……いやもはや呼び捨てだアスタロッテ」
「女神相手にここまで悪態つける人間いませんよ」
半ば呆れてるような声で言うアスタロッテ。
「この際、その聖剣の加護の条件については飲もう。俺は魔王討伐までこの身を純潔に保つことを誓う。ただしそれでは俺の気が済まない。よってお前にもひとつ約束してもらう」
「ま、まぁ、できる範囲でなら……いいですよ?」
「よかろう」
くくく……
俺は不敵な笑みを零しながら言った。
「女神アスタロッテ、魔王討伐の暁には俺の童貞卒業をお前でヤらせてくれ」
「えっ」
「えぇええええええええ!?」
驚きすぎて気が動転したのか目を白黒させながらポカポカと殴ってくるアスタロッテ。
勇者パワーのお陰か、全く痛くないが。
「えっち!不敬!不敬です!よもやこの女神を手篭めにしようなどと!魔王より邪悪な勇者が何処にいるんですか!」
「ここにいるだろう。ちなみにこの条件が飲めない場合は今この場で聖剣を持ち逃げして魔王軍に寝返ってやる」
「鬼!悪魔!人でなし!勇者!」
ひとしきり泣きながら罵詈雑言をまくし立てたアスタロッテは頑なに方針を変えない俺に折れたのか、遂には力なく崩れ落ちた。
「わかりました。わかりましたよ!ええ、いいですよ魔王討伐の暁にはこの身でもなんでも好きにすりゃあいいんですよ!その代わりこちとら創世記からの筋金入りの処女ですよ!?喪女ですよ!?どうなっても知りませんからね!」
「もちろんだとも。この条件を提示したのは俺だ。全身全霊を持って魔王討伐に邁進すると誓おう」
「くっ、爽やかな笑顔が逆にムカつく!こんな顔に作るんじゃなかったぁ〜」
こうして、俺たちの魔王討伐の旅は始まったのだった。
って言うか女神様って処女だったのか。
世界が生まれた時からって……今何歳なんだ?