亮の盗み聞き~GW前
亮視点
入学式翌週、ある日の放課後・・部活見学週間辺りの出来事。
亮は、忘れ物に気づいて、自身の教室へ向かった。後ろのドアが少し開いていて、入ろうとしたが、中から声が聞こえ、ドアへと伸ばした手が止まる。
(まだ誰か残ってたのか)
なんとなく、取り巻きの誰かだったら、面倒だなと思い、中の様子を窺う。
「朱里は部活、合唱部にするの?」
「うん、だね」
(あれは堀川莉奈と佐伯朱里か?)
あの二人なら、自分に特別な感情はなさそうなので、問題ないだろうと思い入ろうと思ったら、
「そういえば朱里って、なんか柏木亮くんに興味ないよね?」
自分の話題が出て、思わずドアの前から離れ、脇に隠れるようにし、耳を傾ける。
「そうだね・・」
朱里が答える。亮もまあそうだろうと思っていたし、別に構わないと思っていた。が、莉奈は疑問だったようで、
「音楽好きなのに、教室で歌ってる彼にも興味がないのが不思議で、なんでかなー?と思ったんだよね」
「理由かぁー」
莉奈の質問に考えている朱里を、ドアの隙間から覗き見る。教室の前のほうで話しているようで、後ろ姿が見えた。
「莉奈には隠せないか・・私、あの人苦手というかキライなんだよね。世の中全ての人が自分に好意があるとでも思ってるっぽいのとか、自分の願いは叶えてもらえるとでも思ってるような振る舞いとか、歌にしても曲は悪くないのに詩が・・何言いたいのか分からないし。まあ、顔と声はいいから受けはいいんだろうけど」
朱里の話に亮は衝撃を受けた。嫌われていることもだが、
『詩が何言いたいのか分からない』
これは数日前、自身のプロデューサーに言われた言葉だったからだ。そして、同じ感想を抱く朱里に、興味を持つのだった。
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「石田は佐伯さんと付き合ってるの?」
「まさか。ただの幼馴染だよ。感覚的には姉弟ってかんじかも」
朱里がどういう人なのか気になり、少しでも交流をはかるべく、まず幼馴染だという石田怜と仲良くなった。
時々怜に挨拶する時に、近くに居る朱里にも挨拶するが、いつもペコッとするだけで、なかなか会話ができない。
「なぁ、怜、オレ佐伯さんの声、授業以外でほとんど聞いたことないんだけど・・」
ある時、あまりにも朱里が無反応なので、怜に尋ねてみた。
「朱里は人見知りなんだよ。更に話すの面倒な時はしゃべらないし・・」
「えー・・でも、もう、そこそこ顔見知りになったと思うんだけどなー」
(いくら人見知りったって、そろそろ少しは打解けてくれも・・)
そう思って朱里を見てみる。一瞬視線があった気がしたが、すぐにそらされ、何も言わず自分の席へ向かってしまった。彼女と話すのは難易度が高そうだ。
ある時、給食を食べたあと、教室で歌っていると、朱里が出ていくのが見えた。
どこに行くのか気になって、
「みんな、今日は終わるね。ちょっとゴメン」
ギターはそのまま自分の机に置いて、囲っていた子たちをかき分けて、教室を離れる。
1年の教室は1階にあり、既に、廊下の先に朱里の姿がなかったため、ひとまず近くの階段をあがる。2階の床が見えたところで、
「失礼しました」
朱里の声が聞こえた。職員室から出てきたようだ。その場に立ち止まって様子を伺う。
(降りてくるだろうか?)
すれ違ったらなんと言おうか戸惑うが、朱里は階段を上がったようだ。それを亮は、こっそり追う。
理科室や音楽室など、特別教室のある4階につき、朱里は奥へ向うと、角を曲がり、一番奥にある第二音楽室の鍵を開けて入っていくのが、階段近くの窓から見えた。ゆっくり音楽室へ歩みを進める。
少しすると、ほんのりピアノの音が聞こえてきたので、音楽室の扉へと近づき、漏れ聞こえるピアノ演奏を聞いた。1曲弾き終わる。
(うまいな、これあの子だよな?)
そう思っていると、テンポはゆっくりながらも、聞き覚えのあるメロディーが聞こえ、それに合わせコードも弾かれる。
(オレの曲! しかもさっき披露したばかりなのに、覚えたのか!?)
我慢できず、亮は音楽室に入った。
「それオレの曲だよな?」
ピアノのところには朱里が座っていて、亮の登場に驚いている様子だ。
「さっき聞いたばかりなのに、すげぇな」
素直に思ったことを伝えるが、相変わらず朱里は何も答えない。ピアノを弾く手も止まっている。その後も色々話しかけるが、反応がなく・・・
(少し方向性を変えてみるか)
「オレの曲、どうだった?」
質問してみると、
「悪くないんじゃない」
反応があった!
「やっと話せたっ」
曲のことより、会話ができたことに、思わず喜んでしまう。すると、
「用はそれだけ?」
と、逆に尋ねられた。よく見ると、朱里はピアノを弾きたそうにしている。話せただけで満足した亮は、音楽室から出ることにした。が、もう少し朱里のピアノが聴きたくなり、一方的に居座ることを決めた。
戸惑う朱里は、姿が見えなくなったからか、再びピアノを弾き始める。
(やっぱりうまいなー・・弾く姿もなんかキレイだ)
思わず立ち上がって、朱里が弾く姿を眺めてしまっていた。
――その日の放課後
部活を終え、同じ陸上部の怜と帰ることにする。途中まで方向は同じだ。そして質問をしてみる。
「朱里ちゃん、昼休みにピアノ弾いてたんだけど、うまいんだね」
「へぇー聴いたんだ・・子供の頃からやってるみたいだからな。あいつ、ピアニストの佐伯和人の娘だから、家にでかいピアノの部屋があるんだぜ」
「ピアニストの娘・・」
「あっ、あんまり言いふらすなよ」
「あぁ」
(そんな家だったのか)
朱里のことを、少し知れて嬉しく思っていると、
「ってか何、亮、朱里が気になるのか? そういや前にオレと付き合ってるのか聞いてきたな」
するどい怜に突っ込まれ、ドキリとしてしまう。
「んー・・なんかオレ嫌われてるみたいだから、なんとか、せめて嫌いじゃなくなってほしいかなと。ホラッ、接点あれば、とっつきやすくなるだろ?」
確かに、自分に近づいてくる女子たちと、反応が違うこともあって、以前からなんとなく気になってはいたが、あの盗み聞きした日以来、特に気にしてしまっている気がする。なんとなくごまかし気味に言うと、
「ふーん・・嫌われてるの気づいてたんだ」
(へ?怜は知ってたのか?)
亮の戸惑った様子に、怜はニヤッと笑って、
「伊達に幼馴染してないからな」
本気で事情を知りたくなったら話してやるよ。と、怜は言うのだった。
基本、朱里の振り返りですが、ここまでの、亮の行動の裏側というか、感情的気なものを入れてみました。