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これが凡人の生きる道  作者: scarecrow
5/7

出発準備

ダーギルの依頼を受けた翌日、依頼達成報酬の王国銀貨87枚を握りしめ、まず初めにレイたちが向かったのは鍛冶屋だった。

前回の依頼でモンスターと戦闘をしたため調整に出していた武器を受け取るためである。

大通りから少し裏道に入った先にあるその鍛冶屋は国から依頼がくるような名店ではないが腕と頑固さは折り紙つきの親方が娘と二人で切り盛りしている。気に食わない依頼は幾ら金を積んでも断るが気に入った冒険者には堅実な品を安く売ってくれることで有名で、レイ達も新人の頃から長く世話になっている。



「おやっさん居るかい?」



レイが開けた戸の先はまさしく灼熱で、中の空気に晒されるだけで肌が焼けるような感覚を覚える。

そんな薄暗い部屋の奥、その熱を生み出している元凶である炎を吐き出す炉の前に2人の人影がある。

一人はダーギルに負けず劣らずの巨漢だ。肌は黒く焦げ、髪は無いが口元を囲むように髭を蓄えている。右目は潰れているが残った左目で真っ赤に焼けた鉄を睨みつけ、丸太のように肥大化した腕を振るいながら鎚を叩きつけていた。

そんな男の隣にいるのは髪を大きな2つの団子にまとめている少女だ。

隣の男と比べると線は細いが、男の叩く鉄を軽々と押さえつけながら、ふいごで温度を調節している。

お互いに動きを熟知しているのだろう、息の合ったその動きは芸術的でそれを見ているレイたちに部屋の暑さを忘れさせるほどだった。




結局、話ができたのは作業が一通り終わってからだった。



「いやー悪いねー。全然気づかなかったよー」



レイたちにお茶を出しながら謝罪してきたのは娘のソフィアだ。炉の前での真剣な表情とは打って変わり、愛嬌のある笑顔を向けてくる。

明るい部屋では彼女の桜色の髪がより一層綺麗に見え、先程とは全くの別人に見える。



「呼んでくれたらすぐに用意したのにー。ねーおやじ?」



「するか。なんでワシらがやらなきゃならんのだ。勝手に持っていけばよかろうが」



ソフィアと違い無愛想な態度を取るのは店主のアルダートンだ。

本当に親子なのかと疑わしいほどソフィアとは見た目も性格も違って見える。



「そんな言い方するなよー。だから儲からないんだぞー?」



「金なんぞいらん。ワシは鍛冶師じゃ。話す相手はモノとだけでええ」



「はぁー。ごめんなー。いつもこんなのでー」



「いや、俺たちは気にしてないさ。むしろこういうおやっさんだから俺たちは安心して装備を預けられるんだ」



武器や防具といった装備品は冒険者の商売道具で命を預ける相棒だ。少しの歪みで大きな事故につながることもある。そのため、いかに信頼のできる鍛冶師を見つけられるか、ということが冒険者をやっていくうえで重要なことである。

そして、一流の鍛冶師になると装備を見るだけで個人の癖や動きがわかってしまう。



「レイ、お前相変わらず無茶してるな?背後からの傷が多い。仲間が大事なのはいいが前に出すぎるな」



「…気を付けます」



「ラウル、弓の構えを変えただろう。我流は結構だが弦に負担が掛かっとる。お前に合わせた材を選んでやるから次は弓を預けてみろ」



「…うっす」



「ミト、お前には皮が剥けるまで走り込めと言ったはずだ。足に馴染まない靴に命を預けるのか。遠征は何が起こるかわからんのだぞ」



「…はい…すみません」



「スズネ、お前は盾で受けすぎだ。凹む程柔く作っとらんが使い手はそうもいかん。これじゃ連戦になんてなったらお前の体が持たんだろう。受け流すことにも少しは頭を使え」



「…精進します」



少し頑固な所はあるがアルダートンの力量は確かなものであり、皆から信頼されていた。

また、長年様々な冒険者を見てきたのだろう、死ぬな、と彼の言葉からは彼なりの使用者への思いが伝わってくる。

この時だけは言葉遣いに関してソフィアは何も言わない。



「まあいい。で?次はいつ持ってくるんだ?」



「そうだな……。これから俺たちは隣のリメディオに行くんだ」



「リメディオかー。また何かの依頼かー?」



「まあな。だから次来るのは行って帰ってきてからだから、6日後くらいだな」



「そうかー。気をつけてなー」



「ああ、ありがとう。行ってくる」



「今回は合計でオラシオン王国銀貨で18枚だー」



レイたちは礼を言うと鍛冶屋を後にした。





次にレイ達が向かったのは市場だった。

バージアにはモンスターの素材や加工品を買い付けるため王国中から多く商人が訪れており、彼らが持ち込む商品を売買するための露店市が毎日開かれていた。

また、並ぶ商品は毎日のように更新され、品質や値段も露店によって違うのでお宝に巡り合えることがある。無論、粗悪品も多く売られており、値段を気にしなければギルドや商会の系列店で買う方が確実だが、それらを楽しみに露店市に来る観光客も多かった。


ここに住んでいるレイたちは露店には詳しく、信頼できる露店商も知っている。

その中でいつもレイたちが食料品を買っているのがここ『レ・ドゥーレ』だ。ここでは女将のセルヴァが厳選し、調理、加工をした食料品を買うことができる。

遠征先で様々な保存食を食べてきたレイたちだが、セルヴァの店のものを超えるものは無かった。



「セルヴァさん。買いに来ましたよ」



「あぁよく来たね。今回は何日分必要なんだい?今日はこの辺じゃあまり見ないものもあるからね、見て言ってちょうだい」



兎人のセルヴァは長い耳と優しそうな細いたれ目をしており、誰にでも分け隔てなく優しく接するその姿と彼女の作る料理の味から、冒険者の中には彼女を母親のように慕うものもいる。



「ありがとうございます」



そう言うとレイたちは並んでいるものを物色し始めた。

商品棚には定番の干し肉や硬い黒パンから野菜の酢漬け、魚の燻製、果実をハチミツに漬けた甘味ものまで様々なものが並んでいる。

また、肉だけでも家畜だけでなくワイルドウルフやコカトリスなど、冒険者が狩ってきたモンスターのものが数多く見られ、ただ棚を眺めるだけでも楽しかった。


しばらく物色していると、セルヴァさんが不気味な笑みを浮かべながら近づいてきた。



「ねぇ、あんたたち偶には新しい味覚に挑戦してみない?」



「えっ、いやぁ…その…」



もう一度繰り返すが彼女の料理の腕は本物で母親の様な慈愛の持ち主である。ただ一点、食材としては見た目に難が有りすぎるゲテモノを勧めてくることが彼女唯一の欠点と言える。



「珍しいのはこれ。サンドワームの油漬け。東じゃよく食べられてるらしいけど、この辺じゃなかなか見れないのよ」



そう言うとセルヴァは棚から瓶を一つ取って手渡してくる。瓶の中には海老のような白い肉が琥珀色の液体に浮かんでいた。



「聞かされないとエビみたいに見えるな」



「確かにな、味も似てるのか?」



「気になるなら、試してみなよ」



初めてみるものに興味を持つレイとラウル。セルヴァの勧めもあり、試しに1つ買ってみることを考えた2人だが、



「わたしは絶対に嫌です。買うのも食べるのもやめてください」



「興味はあるが、これ1つでオラシオン王国銀貨5枚は高すぎだ。それよりこっちの肉なんかどうだ?おいしそうだぞ?」



女性陣2人は反対のようで、サンドワームの代わりにスズネが興味を示したのは普段食べるものより深い赤色をしている腸詰の様なモノだった。



「お目が高いじゃない。それはワイルドウルフだけで作った腸詰よ。肉と比べて状態の良い腸はあまり手に入らないからちょっと高いけどね」



「これ4本で小銅貨5枚なら買うぞ。みんなの分もあるし、あとで宿で調理しよう!」



普段は冷静だが、食事に関して、特に珍しい食品には目がないスズネが自身の財布を取り出しながら言う。



「なら絶対この麦の発泡酒と一緒に食べて。この酒独特の苦みと合うのよぉ」



そんなスズネはセルヴァとよく話が合い、この店で毎回食料を買うのは味はもちろん、スズネのお気に入りの店ということもあった。

その後も他の変わり種を見ていったが、珍しく趣味の合うスズネがいることもあってか次々と珍品を勧めてくる。


「じゃあ、これ。ゴブリンの耳の塩漬け。独特の臭みはあるけどおいしいのよ。6日前に漬けたばっかり。あ、あとコボルトの腸詰。葡萄酒との相性がいいのよぉ」


「…わたし食べられません……」


セルヴァの出してくる商品にだんだん青ざめていったミトが限界を迎えた。

結局、いつも通り、家畜の干し肉、黒パン、野菜の酢漬けを3日分買ってオラシオン王国銀貨を9枚支払い、店を後にした。





最後に一行が向かったのは門の近くにある薬屋だった。傷を癒す薬や解毒薬を前回の依頼で切らしてしまったので行かなければいけないのはわかっていたのだが最後に回したのには訳がある。というのも───


「いやぁよく来たにゃあミトにゃんスズネにゃん。今日も可愛いにゃあ先ずは手を触らせてほしいにゃ可能なら足でも尻でもそれ以外でもいいにゃ。野郎に用はねぇから帰れ」


開口一番下心と差別発言が止まらないこの男は猫人の薬師ゴールビーという。毛むくじゃらで愛らしい外見と客商売には不適切極まる邪念の不協和音が評判である。薬の質は良いのだがその接客態度故に女性客からはもちろん来店中ひたすら罵倒される男性客からも不評であり、とても繁盛しているとは言い難い。レイ達も可能な限り利用したく無い店なのだがミトとスズネが気に入られており商品を安く売ってくれるため遺憾ながら懇意にしている。


「回復のポーションが欲しいんですけど……」


「わかってますにゃ。ご存じのとおりミーのポーションは打ち身切り傷は勿論火傷骨折まで何でも来い。傷に直接塗ったほうがよく効くからお試しなら早く服を脱ぐにゃん。隅々までねっとりと塗りたくってあげるにゃん」


「えっと…そういうのではなくてですね…」


「どぉぅふ。赤くなってますにゃん」


「そこまでにしろ。ミトは嫌がっている」


さすがに見かねたスズネが助け船を出すが下劣極まる店主はニヤニヤと笑い続けるばかりであった。


「うーん冷たい視線もグッドフィールにゃ。もう少し怒って汗をかいたら下着が透けるかもしれにゃいから止められ……調子乗りすぎたから弓は降ろしてくれラウル」



無表情で自分の急所に狙いをつけるラウルに怯えた店主に普段よりも割引をしてもらい、必要な物をすべて買い揃えたレイたちは街を出発したのだった。


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