新たな依頼
酒場は多くの人で賑わっていた。
置いてある椅子の全てが埋まり、座れなかった者たちは立ちながらジョッキを傾けている。
次々と運ばれる肉料理の香ばしいにおいがレイの食欲をそそった。
「こっちですよー」
運ばれていく料理に気を取られているとミトが手を振って場所を教えてくれる。
そして3人のいるテーブルに着くとそのまま発泡酒といくつかのつまみを頼んだ。
「レイ、依頼の件どうでした?」
「ああ、今ギルマスが出かけてるらしくて、ランクアップの話はまだできてない」
「あー確かに、そういえば今日は見ていませんね」
「……色々と大変らしい」
ドラゴンの件に関してパーティーメンバーと共有するかどうか悩んでいると、先ほどからラウルとスズネが何も喋っていないことに気づいた。
「どうした?何かあったのか?」
そんな2人にレイが疑問を口にすると、
「聞いてくれレイ、ラウルは何か……隠し事をしている。それも重大なことを」
スズネが真剣な面持ちで答えた。
「だから、おれは何も隠してねぇよ」
「いいや、隠してる。今思えば朝から怪しかったんだ。普段遅くまで寝ているラウルが早起きしてどこかに出かけていた。帰ってからの様子も変だったし。レイは知っているのか?ミトは知っていそうなんだが何も言ってくれないんだ」
事情が事情なだけにレイは何も答えられず、ミトの方を見るとミトも少し困ったような顔をするだけで何も答えられなかった。
「みんなが知っているのに私だけ知らないのは……嫌だな」
「…それは」
「…違います」
何か誤解をしていそうなスズネの態度にレイとミトが何か言いかけたとき、
「何か困りごとかね?」
レイの後ろから急に声が聞こえた。
「「「「!?」」」」
4人が同時にレイの後ろを見るとそこには筋骨隆々の大男が立っていた。
古傷の刻まれた褐色の肌、短く刈られた白髪、彫の深いはっきりとした顔立ちは大岩から削りだした石像を連想させる。一際大きな頬の傷跡に痛々しさは微塵もなく、彼の歴戦と武勇を物語っている。
かつては王国中にその勇名を轟かせ、今なおトーラスにその人ありと謳われるギルドマスター、ダーギルだった。
「マスター帰ってたのかよ……」
「聞いたぞお前たち、ワイルドウルフを4頭同時に狩ったんだってな。基本もなってなかったひよっこどもがここまでやるようになるとはな」
それに、とダーギルはミトとスズネを見ながら言う。
「いい相手も見つけられたみたいでよぉ。おれぁ嬉しいね」
ダーギルの言葉が一瞬理解できずに4人が互いに顔を見つめ合う。
「こいつらをそんな目で見たことないよ」
「……」
「まだレイとはそんな関係ではないです!」
「私の自慢の仲間たちだ」
そして4人同時にダーギルに向かって言い返した。
「だーはっはっは。ほらな、何かあってもお前らならきっとやっていけるさ。スズネ、隠し事ってのは何も悪いことばかりじゃねえぞ。お前のためになるからこそ隠すものもあるってもんだ」
「……だが……」
「お前さんの自慢の仲間たちなんだろ?」
ダーギルが諭すように言うとスズネは少し照れながら頷いた。
「よーし、お前らこのまま俺の部屋に来い。ランクについての話がある」
「ランクアップの話か!?」
ギルドマスターの口から『ランク』という言葉が出たことにラウルが反応する。
「…?確かにお前がランクを気にするとは珍しいな。まあ良い、とりあえず俺の部屋で話すぞ」
ついてこいと言われるままにダーギルの背を追って二階にあるギルドマスターの執務室へと向かった
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ダーギルは顔に似合わず品の良い調度品に囲まれた机で葉巻を取り出しながらレイ達に席に着くよう促した。
「さて、さっきも言ったが、お前たちをここに呼んだのはランクアップの話をするためだ」
ダーギルは葉巻の煙をくゆらせながら続ける
「お前たちのこのギルドへの貢献は皆が認めているところだ。ならこちらも誠意ってもんを見せなきゃならん。せっかく成長したお前たちを他のギルドへ取られるわけにもいかんしな」
「ほっ本当かよおっさん!?恩に着る───」
願ってもないランクアップの話に浮足立って礼を言おうとしたラウルを指を立てて制止し、少し間をおいて話を続けた。
「だから、今回試験の意味もかねてお前たち用の依頼を用意した」
そう言いながらダーギルは一枚の紙をレイに渡す。
「護衛の任務だ。10日後に王都からくる客人を隣街のリメディオまで送れ」
「護衛?それだけか?」
ラウルが不思議そうな顔をしながら聞く。口には出していないが他の3人も『試験』の内容に疑問を持っていることを隠しきれていない。
それに対してダーギルは、やれやれ、とため息をついた。
「護衛ってのは結構大変な仕事だぞ。昼夜を問わず気を貼り続けるのは当然として、通過する道順と地域の下調べ、護衛対象とのコミュニケーション、盗賊やモンスターに襲われたときに誰がどう動くのかの役割分担や状況に応じた対応、身体以外のところも使わなきゃならん場面が多い」
例えば、とダーギルはラウルを指さしながら問いかける。
「お前、他の三人が戦っているときに、依頼人が『腰が抜けて動けません』なんて言い出したらどうする?」
「……」
「頼むから『依頼人を置いて戦う』とか、イラついて『さっさと動け!』なんてやめてくれよ?護衛の依頼はギルドの信用問題に関わるからな。そんなことしたらトーラスに来る護衛の依頼は無くなっちまうぜ」
「「「「……」」」」
ダーギルに言われたことに何も返せずに4人は全員黙り込む。
「護衛対象を守り切る、なんてのは当たり前で、『次もこいつらに頼もう』と思われるようにしなきゃならないのが冒険者ギルドの『護衛』だ。わかったらさっさと『護衛』の準備に取り掛かれ。以上!」
そう言うとダーギルは、もう話すことは無い、とでも言うように机の上の書類を整理し始めた。
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ひとまず街で依頼の準備をしようという流れになり部屋を出るとラウルがらしくもないやや緊張した声色でスズネを呼び止めた。
「えーっと…さ…この依頼終わったらちょっと伝えたいことがあるんだけど…いいか?」
「隠していたことか?いいぞ。ラウルが言うべきだと思ったときに言ってくれ。私もそれを待ってる」
そう言うと、スズネは微笑んだ。
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