依頼達成と友の思い
「レイ今だ!」
「―――っ」
ワイルドウルフを引き付けていた仲間の声にレイは素早く反応し、レイのほぼ倍はあろうかというほど巨大な狼に肉薄する。
「おりゃぁぁぁぁ!」
渾身の力を込めて振りぬかれたレイの剣がワイルドウルフの首を切断する。
頭部を失った胴体が力なく崩れ落ちるのを確認すると、後ろでレイたちを援護していた2人の仲間が近づいてきた。
「これで、依頼にあった4頭全部ですね」
そう話しかけてきたのはパーティーメンバーのミトだった。
綺麗で長い銀色の髪と紅い宝石のような瞳が特徴的な、冒険者でも珍しい魔法職だ。彼女は地面に着きそうなほどの大きなローブを纏い、自身の背丈ほどもある大きな木製の杖を持っている。
整っているが幼さを残す顔のため、年はレイとあまり変わらないものの一見すると街に住む徒弟達と同じくらいの年齢に見えた。
「さっさと街に帰ろうぜ~」
「まだ、街の外なんですから気を抜かないでください」
完全に気を抜いた様子でいつものようにミトに注意されたのはパーティーメンバーで弓職のラウルだ。
細身で身長が高く、肩にかかりそうなほど伸ばした金髪と細くややつりあがった目は見た人に軽薄そうな印象を持たせる。
前衛のレイとは異なり、魔物の皮などをメインとした軽く動きを邪魔しないことを重視した防具をつけている。
レイとは幼少期から共に訓練を受け、冒険者稼業を始めた時からずっとパーティーを組んでいる仲だった。
「まぁそういうなよ。そんなに気を張り続けてちゃ、体が持たねぇよ。なぁレイ?」
ラウルは苦笑いを浮かべながらレイの方へ顔をむけてくる。
「確かに気の張りすぎは良くないが、お前は緩みすぎだぞ」
しかし、ラウルの問いかけに兜を外しながら答えたのは盾職のスズネだった。
短く切り揃えられた赤い髪と金色の鋭い眼光、身に着けているフルプレートアーマーと背負っている大きな盾は周囲を威圧するような雰囲気を醸し出している。
その少し荒い口調も相まってか、よく男に間違われるミトの幼馴染だ。
「けどよぉ………」
「せっかく私たちにも次が見えてきたんだぞ?」
何か言おうとしたラウルだったが、スズネの次という言葉を聞くと口を噤んだ。
レイたちはいわゆる冒険者と呼ばれるものだ。
冒険者ギルドへ登録し、自身が所属するギルドが仲介した依頼を受けそれを達成する。
ギルドは大小さまざまなものがあり、有力なギルドほど信頼性から報酬や待遇など依頼内容が良いものがきやすい。
そのためギルド内でのランクアップ、より大きなギルドへの移籍は冒険者にとって実力が認められた証であり、冒険者の目標だ。
レイたちはバージアという街を拠点とする冒険者ギルド『トーラス』でDランクに認定されている冒険者パーティーだった。
「今回の依頼の達成で、俺たちは複数のワイルドウルフを倒せる冒険者であることが証明できた。トーラスの中ならCランクになれるはずだ」
レイがそう言うとCランクへ上がったあとのことを想像したのか、ミトとラウルの頬が緩んだ。
Cランクへの昇格とは冒険者にとって一人前の証のようなものである。
統一された規定があるわけではないので一概には言えないが、多くのギルドでF~Dを初級者、C~Bを中級者、Aを上級者として扱っている。初級者は「駆け出し~慣れ始め」と見られるため、ギルドからの援助は最低限のものだ。
「トーラスだって大きくはねぇがある程度実績のあるギルドだからな。そこでCランク認定ってことは」
「待遇はもっと良くなりますし、より大きなギルドへの移籍だって…」
しかし、中級者となれば「ギルドに大きく貢献できる」とされ、依頼達成に必要な物資の支給、ギルドが管理する宿泊施設の無償提供、通行許可書、通行税の免除など様々な恩恵を受けられる。
初級者と中級者ではまさに天と地の差があった。
「そう言うことだ。私たちが周囲の警戒はしておくから、ワイルドウルフの剥ぎ取りをさっさと終わらせろ」
浮足立つ2人にスズネが作業を促す。
「了解です!」
「りょーかい」
それでも依頼達成後の期待を隠しきれていない様子の2人に
「あとで安く買い叩かれることがないように綺麗にやってくれよ」
とレイは軽く釘を刺す。
冒険者の狩ったモンスターの素材は様々なものに加工され人々に使われるため、同じ素材でも状態が良いものほど高値で取引される。
BランクやAランクの冒険者パーティーなど大型のモンスターを相手にするところになると専用の剥ぎ取り師を雇うところもあるほどだ。
レイたちも何度か傷が原因で相場より安くなってしまった経験があった。
「ギルドがもっと高いポーチ貸してくれれば丸ごと街まで運べるのになぁ」
「文句言っても仕方ないだろ。これだって荷物背負うより断然マシなんだからよ」
「そうですよ。それにもっと高価なポーチを借りるならその費用も馬鹿になりませんし」
ラウルのこぼした不満にレイとミトが答える。
収納魔法がかかった道具は重さを変えずに見た目よりも多くのものを収納できるもので、魔法を掛けた術者の能力に応じて収納量や収納物の状態を維持できる期間が変化する。
その汎用性の高さから収納魔法がかかった道具は高値で取引されており、レイたちのように自前で用意できない冒険者はギルドから収納魔法がかかったポーチを借りて依頼を行っていた。
そんな3人を見つめながら、
「私も剥ぎ取りを手伝えればいいんだがな…」
スズネがそう小さく呟く。
剥ぎ取りはレイも得意ではなかったがスズネはからっきしだった。
皮を裂いてしまったり、牙や鱗などに傷をつけてしまい、売り物にならなくなってしまった素材もあった。
そのため、普段は手先が器用なラウルとミトが剥ぎ取り作業をしている。
「気にすんなよスズネ。お前達は剥ぎ取りをしねぇ分、荷物は俺とミトより多く運ぶし、野営中の料理も作ってる。適材適所ってことだよ」
過去の失敗のことを気にしている様子のスズネをラウルが励まし、
「そういうことだ、気にすんなよ」
「私も全然気にしてないですよ」
他の2人もラウルに続いた。
「……あぁ、そうだな…ありがとう」
そんな3人の答えにスズネは少し微笑むと、少し周りを見てくる、と言って森の奥の方へ歩いて行った。
「やっぱまだ気にしてるのか……」
スズネの歩いて行った方向を見ながらレイが呟くと
「今のは違うと思いますよ」
ミトが首を振りながら答えた。
「多分嬉しいんですよ。ここに来るまで色々なことがありましたし。そんな時にレイさんとラウルさんにパーティーに誘ってもらえて、『ここに来れて、あいつらに会えて本当に良かった』ってよく言ってます」
スズネのまねをしながらミトが言うとレイは思わず吹き出してしまった。
そんなレイを見て、もうっ、と少し頬を膨らませながら、
「でも私もそう思ってます。この街に来るまで大変だったけど、いい人たちにたくさん出会えましたし、色々な経験ができました」
本心から話しているのだろう、しかし聞いている方が恥ずかしくなるようなことをミトは続けた。
「だから私も……って2人とも聞いてます?うつむいて何も言わないってやめてくださいよ!私がとても恥ずかしいじゃないですか!」
何も言えなくなっているレイ達の様子に気づいたミトが顔を赤らめながら抗議してくる。
ただ、それに返す言葉が見つからないレイは話題を変えるべくラウルに話を振った。
「っ!そうだ!ラウル!スズネとはどうなんだ?」
あからさまではあったがレイの言葉にラウルは、げっ、と呟き視線をそらした。
そんなラウルの様子にミトも反応する。
「まだ何も進展がないんですか!?普段はあれだけ一緒にいるくせに!?」
「………まだ、そのときじゃねぇかなって…」
「そのときじゃないって…子供じゃないんだから…」
ラウルの態度から彼がスズネに好意を抱いていることは皆知っていたが、当のスズネ本人が気づく様子がなく、これまでのラウルのアプローチはすべて失敗に終わっていた。
パーティーを組んで数年。スズネがラウルのことを嫌っているとは思えないので、何かしら進展はあったものだと思っていたレイとミトは目を見合わせる。
「直接告白をすればいいじゃないですか!」
「かぁ……これだから恋愛ド素人は」
「なっ!?」
「すぐに『当たって砕けろ』精神で語りやがる」
「数年掛けて進展が全くないから言ってるんです!」
段々とヒートアップしていく二人に
「そこまでにしとけ」
レイが割って入る。
「ラウル、お前が何もしてこなかったとは思わない」
だが、とレイは続けた
「仕事中に注意が疎かになっていることが最近多くなってるぞ。正直、パーティーのリーダーとしてその原因は早く解決してほしい」
「………」
ラウル本人も心当たりがあるのだろう。何も言い返さなかった。
そしてしばらく静寂が続いたのち、
「…わかったよ。Cランクに上がれたら、そのときスズネに告白する」
ラウルはぼそりと呟いた。
「まぁ、そろそろけりを付けないといけねぇとは思ってたんだ」
「ようやく決めましたね。じゃあ街に帰ったらギルドに行く前に何か贈り物を買いましょう!スズネが喜びそうなものならアドバイスができると思います!」
「おうよ!こんな作業早く終わらせてやるぜ」
盛り上がる2人を眺めながら、まだランクアップが決まった訳ではないが、とレイは思いつつ、周囲の警戒にあたるのだった。
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