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サイドストーリー ~雷槌の誕生<下>~

 


「すげぇな、あいつ」


「ほんとにね、すごい」



 戦場の真ん中で倒れているテネリフェとエウラリアは、互いの手を取りながら目の前の光景に目を奪われていた。


 空から雷鳴が降り注ぎ、敵を大勢屍に変えていく。


 槌が振るわれるたびに、数十人の男たちが血を撒き散らしながら空を飛んでいく。



「ああ、すごい奴が入ってきたな……もう、あの町は……大丈夫だな」


「そうだね……お母さんもお父さんも、きっと大丈夫だね」



 轟音と悲鳴が聞こえる場所で、死が迫っていても、二人は穏やかに笑っていた。



「自慢、できるな。あんなすごいやつに……俺達教えてたんだ」


「ふふっ、そうね……助けに来てくれる、優しい人だしね」



 徐々に人の悲鳴も雷鳴も少なくなっていく。


 二人の息も小さくなっていく。



「俺達がいなくても……あいつがいれば……大丈夫だ」


「そうだね、安心、して、いけるね」



 最後に一際大きな雷鳴が降り注ぎ、世界が光に一瞬染まった。


 そして雷と同じくらいに大きな地面を叩く槌の音。



「正義の、鉄槌を……」



 雷と槌の音を最後に静かになった戦場で。



「降りそそぐのは裁きの雷」


「振り下ろされる断罪の槌」



 倒れた二人の元に、竜の仮面をつけ、中ほどから折れた槌を手にした男がやってくる。



「……ごめん」



 男は一言、謝った。



「いいんだ。むしろありがとう」


「おかげで、助かっちゃった」



 男はくしゃりと顔を歪ませる。


 二人の瞳から一滴の涙が落ちる。



「そうだ、君の呼び方決めてなかった」



 テネリフェが言った。



「君の名前……『雷槌』がいいと思うの」


「……」



 エウラリアが言った。


 男は二人のそばで片膝をつく。


 二人は、彼の方へ顔を向けて――



「お願い。お父さんとお母さんに、ごめんなさい、て……」


「パン屋の資金、好きにしていいって……伝えて、欲しい」



 男は二人の額に手を当てた。



「……わかった。」



 不愛想な返事に、二人は笑った。



「あり、がとう」


「最後が君で……本当に良かった」



 最後まで穏やかに手を取りあって。


 二人は静かに息を引き取った。


 一人生き残った男は、仮面を取った。



「『雷槌』。その名、もらい受ける。お前らの命、この『雷槌』が確かに見届けた」



 二人の目をそっと閉じ。



「よく戦い抜いた。よく生き抜いた。立派だった。お前らの夢と願いは、俺が必ず持ち帰る。……だから、ゆっくり休め」



 添えた手が、白く光る。


 二人の記憶が流れ込む。



 ……俺は人間が嫌いだ。


 でも必死に生きた人を馬鹿になんてしたくない。


 死者に敬意と哀悼を。




 ◆




 ハンターたちの死体は燃やした。

 テネリフェとエウラリア以外にも転がっていたハンターの首も一緒に燃やして、遺骨は壺に入れて持ち帰った。

 持てるだけの遺物と状況がわかるものを持って、俺はギルドの中に入った。



「軍が来たって本当か!?」


「今確認中だ!」


「ハンターたちが帰ってこねぇ!」



 入った途端に耳を壊そうとする暴力的な大声が鳴り響く。


 だがその大声も、俺が入ってきたことで徐々に静かになっていく。


 俺の足音が鳴り、ギルド内に血痕が落ちていくだけ。



「……おい、エウラリアとテネリフェは?」



 ハンターの一人が声をかけてきた。

 俺は無言で、羽織を開いて腰に掛けていた壺を見せる。

 途端にハンターは目を見開いた。



「嘘だろ、そんなっ」



 ハンターは頭を押さえ、近くの椅子に倒れるように座った。


 その様子にギルド内はざわついた。


 それでも無視して俺は進む。



「報告だ」


「は、はい。……どうでしたか?」



 報告の仕方はもう知っている。



「監視糸点検同行者テネリフェ、エウラリア。警戒巡回シンダー、ベイス、コーレィン他8名は死亡した」


「そんなっ」



 フィデリアが息をのんだ。

 俺は全員の遺品と遺骨を机の上に置く。


 どすんと机が軋む。



「これを遺族に届けろ」


「あ……はい……」


「それと、これを」



 遺品とは別に、懐から一つの手紙を取り出した。



「これは?」


「代筆だが、エウラリアとテネリフェの遺言だ。実家に届けて欲しい」


「わかりました……」



 顔が青く動揺したままの震える手で、遺品を見えないように閉まっていく。

 閉まった後に代わりに重そうな麻布を俺に手渡してくる。



「こちらが依頼完了の報酬です。ただ、事態が事態ですので全額を今お渡しすることはできませんでした」


「別にいい」



 乱雑に受け取り、俺は受付から離れる。

 すると、一人の若い男がやってきた。



「なああんた、何が起きたのか聞いてもいいか」


「受付から聞け」


「もっと詳しいことさ。エウラリアとテネリフェはベテランだ。そう下手をうつ思えないんだ。どうして、二人は死んだんだ?」



 どうして死んだ、か。


 他のハンターが情報を漏らしたから、単に数が違いすぎたから。


 いや、違うな。



「……軍もあいつらも、俺が殺したようなもんだな」



 俺がもっと早くに敵を殺していれば、こんなことにはならなかった。



「お前が、殺した?」



 呆然とつぶやいた男は、それ以上は何も聞かずに走ってギルドの外に出ていった。


 静かになったギルドで聞こえる、ハンターどもの声。



「不気味だ。なんだあの血は」


「骨壺だ。それも死者の数だけ」


「あいつが殺したっていってたぞ。血も涙もねぇ野郎だな」


「事実かどうかはわからねぇぞ」


「嘘だとしたらあいつらが敵わなかった軍をあいつが退けたってのか。信じられねぇな」


「絶対怪しいぜ、あいつが殺したに違いねえ」



 あちこちから聞こえる噂話。

 中には事実無根のものもあれば、多少尾ひれがついただけのものもある。

 いちいち訂正する気は起きなかった。


 そのまま俺は、ギルドの扉をくぐり外に出て、一路町の外に向かって歩く。

 ギルドの外ではすでに、噂が広がっていた。



「テネリフェとエウラリアが!? そんな嘘よ!」

「最期をみとったのはあの男らしい」

「なにあの仮面、不気味」

「聖人? でもあんな奴知らない」

「ハンター殺したんだって……なんでここにいるのかしら」


「「「あいつが死ねば良かったのに」」」



 何も知らないのに好き勝手に言う馬鹿ども。


 この世界は醜い。


 生きるべき人間が死んで、死ぬべき人間が生きている。


 懸命に生きてても、報われずに死んでいく。


 そんな世界は間違っている。


 俺はこの世界が嫌いだ、この世界を作っている人間が嫌いだ。


 俺は、死ぬべきなのに生きている俺が嫌いだ。


 街から出て山に入り、山小屋の扉を開ける。

 入ってすぐに、がりがりの少女が座って待っていた。



「おかえり、なさい?」



 彼女は立ちあがり、言った。



「無駄なこと覚えやがって」


「むだ?」



 生きてんのか死んでんのかわからないぼーっとした眼差し。


 ふと、聞いてみたくなった。



「おまえ、パンは好きか?」


「え? たべたことない……においは、すき」


「そうか」



 少女に金の入った袋を渡す。


 この金は、あのエウラリアとテネリフェの命と引き換えに稼いだ金だ。



「その金で適当にパンでも食ってこい。人目にはつくな」


「わかっ、た」



 こいつはいずれ、あの町に返す。


 ここに彼女はいるべきじゃない。


 生者は生者と、死者は死者と。


 死者といる俺は死ぬべきだ。



「帰って、一緒に食べようね……行ってくるね」



 だから、俺のことなんかいいから、お前は必ずここから去れよ。


 生者のもとに帰ってくれよ。


 祈りながら、俺は少女を見送った。




 ◆




 あのときのことを今でも鮮明に覚えている。

 もしあのとき俺が迷わずに軍と戦っていたら、きっとあの戦いの結末は変わっていただろう。


 テネリフェとエウラリアは今も幸せに生きてパンを焼いていただろう。



「そんなことがあったんだね」



 一通り聞いたウィルベルが横に座って焼けていくパンを見ていた。



「あんた、自分のこと責めてるでしょ」


「やっぱわかるか?」


「あったりまえじゃない、何年一緒にいると思ってんの」



 ベルは俺の肩を軽く小突く。



「確かにあんたがもっと早く動いてれば二人は助かってたんでしょう。でもそれを言ったら全部そうでしょ? 二人がもっと早く異常に気付いていたら、二人が戦わずに逃げていれば、もっと二人が強かったら。こんな風に、あんたが助けなくても助かったかもしれない可能性なんてたくさんあるのよ」



 そうかもしれない。


 でもあのとき一番確実に二人を助けられたのは俺のはずだった。


 助ける選択肢があったのに、俺は選ばなかったのだ。



「二人は生きるべき人間だったのに」


「まったくもう、今日はいつも以上におバカじゃない」



 ベルはため息を吐いて、焼けて膨らんだパンを1つ手に取った。


 あちちっと二三度パンを手の上で転がして冷ましながら。



「死ぬべき人間なんてどこにもいないわ。あんただって生きるべき人間なんだから」



 パンを一口かじる。


 途端に頬が緩む。



「失ったものばかり数えるんじゃないわよ。守れたものを誇りなさい。現に今、あの二人の想いを守ったあんたのおかげで、二人のパンをあたしたちは食べられてるんだから」



 その言葉が、じんと心に染みた。



「二人の夢は……ウィルのおかげで叶ったんだね。パン屋になるって夢は」



 ベルとは反対側に座っていたマリナが微笑み、焼けたパンを手に取った。



「テネリフェとエウラリア……最後は、笑ってたんでしょ? それが全てだよ。二人が幸福に逝けたのは、ウィルだったからだよ。人から受ける温情が一方的なはずないんだから」



 二人がパンを食べて、美味しそうに顔をほころばせていた。


 あの二人が、テネリフェとエウラリアが楽しそうに笑って、未来を語っていた光景が脳裏をよぎる。


 あの親夫婦と一緒にパン屋を開いて、たくさんの人を笑顔にしている光景を。


 その夢とは、少し違うけど。


 あの町のパン屋と同じように、今ここには二人のパンを待ち望んでいる人がいる。



「俺、パンが好きなんだ」



 かじった出来立てのパンは、塩の味が利いていた。



「わたしも……ウィルが作るパンが好き。あの二人のパンが好き」


「あたしも好きだよ。ま、パン以外は全然だけどね」


「うるせぇ」



 みんなで食べるパンは、とっても美味しかった。




これにて一端の完結です!

また同シリーズで、今度は3人が国外を勝手気ままに旅するお話の連載を開始致しましので、是非そちらもどうぞよろしくお願いします!


今回とは違ってユーモア多めで、普通の世界に彼らがいたらどれだけイカれてるのか痛感する物語です。

是非よろしくどうぞ!

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