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サイドストーリー ~雷槌の誕生<上>~

 


 ウィルベルとルナマリナに過去の出会ったときの日記を聞かせた日の晩。


 俺は夕食のパンを準備するために、土魔法で簡単なかまどを作っていた。



「そういえばさ、聞いてみたかったんだけど」



 マリナのリクエストでシチューを作っているベルが、背中を向けながら聞いて来た。



「『雷槌』って異名、あんた実は気に入ってた?」


「急になんだよ。恥ずかしいじゃないか」


「あ、恥ずかしいって感覚はあったのね。でもいい名前じゃない。あの頃のウィルにはぴったりだったわよ」



 例え似合っていたとしても、はずかしいもんは恥ずかしい。むしろ似合ってると言われた方が恥ずかしいかもしれない。



「でも『雷槌』ってどういう経緯でつけたの? ……確か、最初に依頼に行ったときからだよね?」



 野営の準備をしていたマリナが手を止めて聞いて来た。

 そう言えば、日記でも俺の初依頼の話は省いていたか。

 あまり面白い話でもないし。



「まだシチュー出来上がるまで時間があるし、教えてよ」


「パンもまだ……かかりそうだよ?」



 準備中は二人も口と耳が退屈なんだろう。

 俺もパンを見てるだけは退屈だから、話すことにした。



「最初に言っとくけど、あまり愉快な話じゃないからな」


「ウィルと会ってから愉快な話なんて一回もなかったわよ」


「おい! 嘘つくな! 旅に出てからずっとお前笑ってるだろが!」



 ベルの茶々にも慣れたもので、気を取り直して咳ばらいをする。



「あれはたしか、セビリアについて三日目だったかな」




 ◆




 あの最悪の日から三日目の朝。

 山にあったボロ小屋を修理して最低限住めるようになった家の扉を開く。



「少し出る。大人しく座ってろ」



 玄関を出る直前に、後ろにいたみすぼらしいがりがり女に言った。



「わかった……いって、らっしゃ、い?」


「どこで覚えた、そんな言葉」



 まだ体力がないからか、たどたどしい話し方。

 飯はすでに適当に野山で取ってきたものを大量に置いてある。

 勝手に食えと言ってるから、死にはしないだろう。


 もし何かに襲われて死んだら、それはそれでそのときだ。


 黒髪赤目の少女を家に置いて、俺は囲いの大岩をとびこえて一路セビリアへの道を歩く。


 竜の仮面をかぶり、短剣だけを携えて。

 服の替えなんてないから、こないだの戦いでボロボロになった軍服を引き裂いて羽織にして、肌着の上に羽織っただけの簡素な格好。


 その恰好で俺は街に降りると、案の定奇怪な目を向けられた。


 竜の仮面に見慣れない恰好をした男だ。

 加えて聖人、目立たないはずがない。


 まあそんなことはどうでもいい。

 いくら噂が立とうが知ったことか。


 俺はそのまま街を歩き、ハンターギルドを探す。幸い、槍やら弓矢らを背負ったそれらしい男たちがいたので、こっそりと着いていくと簡単に辿り着いた。


 男たちがギルドの中に入って、数分だけ待ち、俺も扉をくぐる。


 くぐった瞬間に、むしっとした湿気とじめじめとした空気が漂っているのを感じた。


 ハンターたちの空気も一様に重く、その眼は忌々し気に歪んでいた。


 そんなハンターたちも一人入ってきた俺が気になったのか、揃ってじっと睨みつけてきた。


 俺は無視して、奥にある受付に進む。



「ハンターになるにはここでいいのか」


「は、はいっ!!」



 金髪を肩まで伸ばした妖艶な女性が、声をうらがして返事をした。

 耳に障る声だ。



「そ、その……ハンターとして雇うには、それなりに身分の証明が欲しいのですが……」


「あぁ?」


「ヒィッ! す、すみません!」



 何故か平謝りしてくる受付嬢。

 にしても参った、どうしようか。

 身分証明書なんて持っていない。よしんば持っていたとしても俺は元天上人だ。

 出した瞬間にここにいる全員が敵になる。

 それでも生き残れる自信はあるが、問題は金を稼ぐ手段が無くなることだ。



「身分証明はないとだめなのか」


「そうですね。身分の保証が無いと、重要な案件は受けられません。下積みから信頼を勝ち取る形になりますので、向こう一年は街の中で済む簡単な依頼しか受けられません」


「チッ」



 それでは意味がない。


 だが、どうするか。


 こうなれば、他の仕事探して、空いた時間で軍と戦うか?

 いや、時間がかかりすぎる。それでは間に合わない。

 じゃあ下積みから?

 それも論外だ。


 俺が眉をしかめていると、



「おいおいフィデリアさん! こんなとんでもない新人に町の掃除をさせられるほどセビリアは暇じゃないぞ!」



 唐突に机を叩いて割り込んできた男がいた。



「テネリフェさん!」



 フィデリアと呼ばれた受付嬢が男を見て顔をほころばせた。



「聖人なんて滅多にお目にかかれないんだ。天上人を除いてさ! そんな人がこの町にやってきたんだ! 逃す手はないよ。ね、エリー」



 快活な男は傍にいた女に目やった。



「そうだね、テリー。いよいよ私たちの反撃の時だね!」



 側にいたエリーと呼ばれた女がこぶしを握る。

 すると、テネリフェもこぶしを握って、



「せーの」


「「奴らに正義の鉄槌を!!」」


「……」



 揃って拳を突き上げ唱和した。



「おいおいテネリフェ! エウラリア! 何回いうんだそれ!」


「いいじゃないか! 俺達そのつもりでずっと戦ってるんだから! 志を忘れないってのは大事だよ?」


「ホントは二人仲いいところ見せたいだけじゃないのかぁ?」


「うっふっふー、仲がいいのが一番よ! 私たちが仲悪かったら勝てるものも勝てないもん!」」



 二人が来た事で一気に和気あいあいとした雰囲気に変わったハンターギルド。


 改めて、仲良さげにハンターたちと話す二人を見る。

 テネリフェと言われた男は、金髪で少し長い後ろ髪を1つに束ねて流していた。背中に大きな槌と盾を背負った偉丈夫だ。

 エウラリアと呼ばれた女は、黒髪のセミロングで弓矢を背負っていた。軽装でナイフくらいしか刃物を持っていないから、遠距離がメインだろう。


 二人とも随分とお気楽なようだ。

 この国の現状をわかってるのか?



「ところで君、名前は?」



 尋ねられ、反射で答えそうになった。

 

 でも、こらえた。


 あの名前は名乗れない、名乗りたくない。


 俺は、先生の息子――『ウィリアム』じゃないのだから。



「名前なんかどうだっていい。好きに呼べ」


「好きに呼ぼうにも、名乗ってくれなきゃ呼べないよ?」


「じゃあ呼ばなきゃいい」



 投げやりに言うと、テネリフェは目を丸くした。



「おやおや、これは随分なはねっかえりだねぇ」


「しょうがないなぁ。とりあえず君の呼び方はあとで考えるとしてさ」



 エウラリアは振り向き、フィデリアを見て。



「彼は私たちが見てもいい? 問題あるかどうかしばらく見てみるわ」


「え、ですがお二人の依頼はとても初心者には向いてるとは言えないものですが……」


「あ、そういえばそうだった」



 困った顔を浮かべるフィデリアにぽんと手を打つエウラリア。


 取り計らってくれるのはありがたいが、こんな能天気と一緒にいなきゃいけないのか?



「監視付きの依頼か」


「イヤな言い方しないの。監視じゃなくて指導だよ」



 舌打ち交じりのつぶやきを目敏く拾うテネリフェ。



「いいかい? たとえ身分証明書があったとしてもなりたてのハンターをいきなり放り出したりしないって。大抵はベテランの下に就いてしばらく学ぶものなんだ」


「そうそう、だからこれは言っちゃえば試験も兼ねたただの依頼ってこと」



 テネリフェに続いてエウラリアも微笑みながら俺のもとにやってきた。



 彼女の手には一枚の依頼書。



「これなんかいいんじゃないかしら。軍関係のお仕事だけど、監視糸の定期検査だから比較的安全だよ」


「へぇ、確かにちょうどいいかもね」



 エウラリアの依頼書を覗き込むテネリフェ。

 目を通した二人はにかっと笑って――



「それじゃあ行こうか!」


「正義の鉄槌を下しにね!」




 ◆




 成り行きでベテランらしいテネリフェとエウラリアについていく。


「俺達は一か月後に結婚して、パン屋を開くんだ。今はそのための資金集めのためにハンターをやってる」


「そうなの。軍関係の依頼は高額だからそればっかりやってたら、いつの間にかベテラン扱いされちゃってね。最近は結構頑張ったからかな」


「おかげで目標額まであと一息だ。そんなときに君みたいな聖人のハンターがやってきてくれて本当にうれしいよ」



 馴れ馴れしく話しかけてくる二人。

 いや、俺に話しかけてるようで二人で会話は成立してるな。


 なんにしろ、二人のおかげで無事に軍と戦える可能性のある依頼を受けることができた。

 これはチャンスだ。

 うまくいけば、今後ハンター活動を自由に行えるかもしれない。


 内心ほくそえみながら、黙って二人についていく。

 今は街から離れた平野を目指して歩いている。


 セビリアは山の谷間にある森に隠れた町。

 山の中なら罠を仕掛け放題だが、常に張っていると動物や他の中層の町から来た一般人まで巻き込む可能性がある。

 だからこそ、山から出た平野部に監視糸と呼ばれる独自の警戒ラインを引いているらしい。


 今回の依頼は、その監視糸の点検だ。



「おっと、あったあった。これだよ」



 何もない平野――からは少し外れた小さな林の中でテネリフェが腰を下ろした。

 彼の手元を覗き込めば、そこには何やら細くて透明な糸がピンと張った状態で地面に括りつけられていた。

 その糸は林を出て平野までずっと続いていた。



「これが監視糸さ。セビリアに向かうにはこの平野を通る必要があるからね。その平野を縦断する形で糸を張っているんだ」


「軍が来ればこの糸が震えて教えてくれるのよ。だけどやっぱり糸だからね。緩んだり切れたり、動物が噛んだりすることもあるから、こうして定期的に点検してるんだよ」



 二人が丁寧に点検の仕方まで教えてくれた。

 なるほど、ハンターは数が少ないから基本的に迎撃は街の周囲になる。

 どうやって迎撃準備をするか気になっていたが、こんな風に警戒網を張っていたのか。



「軍は大所帯で来る。天上人は例外だけどね。大抵の進軍状態はこの監視糸があるおかげで察知できるんだ」


「これが何か所かあるの。結構な数があるから、手分けしていきましょうか」



 監視糸の位置を教えてもらって、俺はエウラリアと一緒に他の監視糸の点検に向かった。


 点検しながら、エウラリアが上機嫌に話を……というかのろけだした。



「私とテネリフェ、今度結婚するんだー、うらやましい?」


「まったく」


「まったくもって羨ましすぎるってこと? でしょーー!!」



 まったくもって会話にならない。

 幸せそうに話しているが、聞いているこっちは反吐が出る。


 結婚? 幸せ? クソくらえ。


 俺の人生にそんなものは必要ない。

 俺に家族なんかもういない。

 いたところでどうせすぐに奪われる。



「私もテネリフェもパンが好きなの。実は私、ハンターなんてただのパン屋を開くための資金集めのつもりだったんだけど、テネリフェに感化されちゃったのよ」



 聞いてもいないのに、ぺらぺらとしゃべるエウラリア。


 彼女は俺を見てもいない。


 ただ俺の前で振り返ることなく次の点検場所に向かっているだけだ。



「彼からこの国の現状を知って、ああ、こんな小さな町の小さなところでパン屋を開いてる場合じゃないって思うようになったの。テネリフェはそれでもいいって言ってくれたけど、私はパンを食べてくれる人に笑ってほしいから、まずはできることをやろうと思って」



 現実を見てないただの戯言だ。

 

 ()()()()一人戦ったところで何も変わらない。



『ウィリアム、ごめんね……ここまでみたい』



 ……結局、何もできずに死ぬだけだ。



「そしたらね、テネリフェが言ってくれたの。この国に正義の鉄槌を下すのも大事だけど、この町の人を元気にするのも大事な戦いだって。違ってるように見えるかもしれないけど、この町は全員が戦友で全員が家族なんだって」



 心躍るのが目に見える明るい声音。



「さらにさらにね! テネリフェがね! もし信じられないなら、俺と本当の家族になろうって!」



 両頬に手を当て、体をくねらせるエウラリア。


 まったくもって――



「ふざけてんじゃねぇよ」


「え?」



 我慢がならなかった。

 何故かは知らないが、無性にこいつらに腹が立った。



「なにが戦友だ、なにが家族だ。反吐が出る」


「え、え? どうしたの? なにか悪いこと言っちゃった?」



 地図は頭に入っている。

 困惑して足を止めたエウラリアを置いて、俺は先を歩く。



「ちょっと! どうしちゃったの!? 気に障ったなら謝るから教えてよ!」



 理由は知らんが胸糞悪い。

 そのまま歩いて、次の点検場所に辿り着いた。



「……ん?」


「ねえ待ってって……あれ?」



 そこで違和感に気づいた。



「糸が、斬られてる」


「なんだって!」



 目に見えてエウラリアがうろたえだし、反射的に身構えた。

 警戒しつつ、俺は糸を再度観察する。


 どうみてもこの糸は自然に切れたものでも動物にかじられたものでもない。ほつれもひずみもない、綺麗な切り口。

 明らかに人為的なものだ。



「軍はこの糸を知ってるのか」


「この糸の位置はハンターしか知らない。平野にめぐらされた部分も気づかれないように隠されてる」


「なら……裏切者か?」


「そんなわけない!」



 感情的に否定するエウラリアだったが、他に思い当たる節もないんだろう。彼女の額には汗が浮かんでいた。

 警戒はするものの周囲に敵の姿はないし、切られてから日が経っているのか痕跡もない。


 ひとまずはここは――


 ―――ドォオオンッッ。



「なに!?」



 突如聞こえた爆発音。


 距離は近い、走ればすぐだ。



「あそこにはテリーが!」


「あ、おい!」



 即座にエウラリアが森の中とは思えない速度で駆けだした。


 止める間もなく彼女は行った。



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