表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/66

55.竜の子守唄

 


 竜に魔法は通用しない。

 何故かはわからないが、奴に近付いただけで魔法はマナに分解され、そよ風のごとく消えていく。

 その癖に、竜の魔法自体は基本的な魔法でも非常に強力になって厄介極まりなかった。



 もっとも一番の脅威は言うまでもなくブレスだが。



【燃えよ】



 またしても放たれる白炎。

 上空から降り注ぐ炎をまだ無事な家屋を盾にしながら走って避ける。


 ブレスに触れた瞬間に、まだ無事だった家は一瞬にして灰となり、跡形もなく消えていく。


 魔法が通用しないなら、近づくしかない。



「《繋がる想い(ネクサスメモリア)》」



 竜へ向かって空へ飛んだ。


 案の定吐き出される白炎のブレスによって、視界一面が真っ白の強い光で遮られた。



「《知性の守りディフェンシオ・インテレクタス》」



 魔法防御の《知性の守り》。

 炎を磁力で曲げ、水と風で流しきる。



【ほう?】



 炎の壁の向こう側から、感心するような声が聞こえた。


 いける。


 この技なら、ブレスの壁を突破して竜に辿り着ける――


 そう思い、一心不乱に魔法で炎を防ぎ、マナを纏わせた剣を振るいながら、竜へと向かった。


 そして、電球が消えるようにフッと炎が消えた。



 よし、ブレスを突破した!



 このまま竜へ――



【食ろうてやろう】



 斬りかかろうとして、固まった。


 目の前で竜が大口を開けていた。



「クソが!!」



 近づかれないよう空を飛び続けていた竜の不意の噛みつき。


 咄嗟に持っていた槍で竜の顎につっかえるも、竜の顎の力の前にあっという間に槍はひしゃげた。



 ――そして俺の腹も牙に貫かれた。



「がぁッ!!!」



 途端に腹の底から湧き上がってくる血の塊を、仮面の口から吐き出した。


 前後に挟まれるように刺さった牙。

 幸いにもひしゃげた槍が挟まっているおかげで食いちぎられずに済んではいるが、それも時間の問題だった。



「――ィア!!」



 意識が飛ばないように必死に歯を食いしばり、牙の付け根、歯茎に向かって剣を突きさした。



【グゥ!!】



 一瞬緩んだ竜の顎。

 でも牙は深く腹に刺さっていて簡単には抜けない。


 だからさらに剣をぐりぐりと押し込んで――



「アアアア!!」



 牙を根っこからえぐりぬいた。



【ヌア!! おのれ!!】



 今度こそ竜の顎から牙ごと抜け出した俺は、反撃することもできずに地面に落下していった。



「ゴブッ」



 抑えきれないほど喉と腹から溢れ出してくる血。


 速度を上げて近づいてくる地面、なんとかしようと風魔法を使おうとするも、集中できなくてうまく勢いを殺せない。


 クソ、クソ!


 こんなところで死ねるか!


 どうせ落ちて死ぬなら、


「《最大(マキシマ)――》


 手加減なんてやめちまえ!



「《爆発(エールプティオー)》!!」



 手加減なしの最大火力の単純爆発。


 地面に放った爆発は大きく土を巻き上げて、落ちている俺の顔にいくつも当たる。

 爆風は強烈で、俺は勢いを落とすどころか浮き上がり、さらに吹き飛ばされてしまった。



「ォア――ッ」



 もはや声も出なかった。

 でもその甲斐あってか、地面に落ちても何度かバウンドして転がるだけで、命だけは無事だった。



「ゲハッ、ヴォエ」



 仮面の口から、ヘドロみたいな血の塊が絶えず吹き出してくる。


 視界が揺らぐ。


 足に力が入らない。


 竜はどこだ? ここはどこだ?


 周囲を見渡せば、見慣れた上層の壁が見えた。

 どうやら、上層の外に落ちてきてしまったらしい。



 急いで……戻らなければ。



「クソ……」



 立ち上がろうとしても、足に力が入らない。



「俺は……まだ!」



 歯を食いしばり、腹から血を吹き出しながら立ち上がったとき――



「ウィリアム!」



 叫ぶ少女の声が聞こえた。





 ◆




 空を竜が舞っていた。

 竜は地上――上層の中に白い炎の息を吐き続け、そして何かを食べたのか、口をばくりと閉じてそのあとに何かを地上に吐き出した。


 吐き出されたモノは、上層の外――わたしたちのところへ巨大な爆発と共に落ちてきた。


 爆風によって舞い上がった土煙が晴れた先には――



「ウィリアム!」



 全身血だらけでボロボロのウィリアムだった。


 わたしは急いでエフィメラから降りてウィリアムに駆け寄った。



「大丈夫!? 大丈夫!?」

「……はぁ……はぁ……」



 ウィリアムは意識がもうろうとしているのか、不規則な息を吐くだけだった。



「待ってて……今治すから!」



 彼に手を当て、目をつぶって祈る。

 途端に白い光が周囲に広がり、彼の傷が癒えていく。


 でも――



「傷が……深すぎる」



 彼の胴の前後に空いた大穴。

 しかもお腹の方には竜の大きな牙が突き刺さったまま。



「どうしよう……ぬいていいのかな?」



 なんとかしなきゃいけないのに、どうすればいいのかわからない。

 それに――



「ルナマリナ! 何してるの! 手伝いなさい!」



 後ろから聞こえるヴァレリアの声。

 天上人であり、卓越した結界魔法の使い手である彼女はとても焦っていた。



「こいつら! 死ぬのが怖くないのか!?」

「それどころか、ホントに死んでも動いて来るぞ!」

「屍人だ! 頭を潰せ!」

「何言ってんだ! こいつら生きてんだぞ!」



 それは敵軍勢の異常さゆえに。

 彼らはたしかに生きてるはずなのに、意識はなくて操られているようで、しかも致命傷を受けても一切気にせずに襲い掛かってくる。


 ヴァレリアの結界は、ハンターたち全員を守るために薄く大きく張っているから強度は控えめになってる。

 でも、それでも素人の剣くらいなら防げる強度のはずだった。


 なのに、見るからに不格好な剣がたやすく彼女の結界を破ってハンターたちに深い傷を負わせて来る。



「おかしいよ……ウィリアム、ウィリアム!」



 なんとかできるのは、彼しかいない。


 だけど彼は今、重症だ。


 なんとか、なんとかしないと――



【烏合の衆とはいえ、いまだ攻め滅ぼせないとは】



 全身に鳥肌が立った。


 見てもないのに、声を聞いただけで震えが起きた。


 歯の音が合わずがちがち鳴った。


 振り向くのが、怖い。


 心臓が、痛い!



「あれが……竜」



 ぼそりと震えた声でヴァレリアが呟いた。


 否応なく理解した。


 これが竜。


 世界最強の生物。


 ねじくれた大きな角に、鋭い爪、ぎざぎざの鱗。

 燃えるような白い炎を纏った巨大な体躯。


 そしてこちらを見据える縦に裂けた黄金の瞳。


 まるで竜の手のひらの上で、命が握られているようだった。



「い、いや……」



 わたしの横にいるエフィメラも唸っているものの、その唸りは見るからに怯えから来るものだった。


 わたしたちの怯えが伝わったのか、竜は口をにやりとゆがめた。



【恐れは恥ではない。我以外のものにはな】



 竜が一歩、わたしたちに踏みよるだけで大地は揺れて、それだけでハンターたちは失神していく。



【眠りたいのならば、子守唄を歌ってやろう】



 竜は笑い、そして歌った。



【―――! ―――!】


「っ! ……なにこれ、唄?」



 聞き取れもしない、周囲は開けているにもかかわらず反響して聞こえる低い音。



「まずい! 全員! 耳を塞ぎなさい!」



 目の色を変えたヴァレリアが叫んだ。

 わたしは咄嗟にウィリアムの頭を抱きしめて自分の耳を塞いだ。


 ノイズのようで、耳には少しの音しか残らないのになぜかしつこく脳裏にこびりつく音。


 思考がうまくできなくなりそうだった。


 腕に力を込めて、唇を噛んで耐え忍ぶ。

 痛みで正気をなんとか保っていると、やがて唄は止んだ。


 息を吐いて、腕を解き、周囲を見た。



「……え?」



 気づけば、ヴァレリアとわたし、ウィリアムを除く全員が倒れていた。



「やられたわ」



 ヴァレリアが心底悔しそうに、顔を青くしていった。



「どういうこと?」


「相手の様子は見て来たでしょう? 全員が操られ屍になっても戦わされていたこと。あれは竜の唄の仕業だったのよ」


「え……ということは――」



 急いで立ち上がって、ハンターたちからも距離を取る。


 やがて、のそりのそりとまばらに立ち上がるハンターたち。


 ――彼らは一様にわたしたちを見つめていた。



「これは……まずいかも」

「かもじゃなく本当にまずいわよ!」



 ヴァレリアがわたしのそばに来て、結界を張ってくれた。


 さっきまでとは違う、わたしたちだけを守る結界だから、強度はかなり高いはず――



【ほう、魔法使いがまだいたか。ならば――】



 竜はぎろりとこっちを見て、



【割れよ、潰えよ】



 一言そういった。


 それだけで、



「うそよ……」



 甲高い音を立てて、ヴァレリアの結界が跡形もなく砕け散った。



【魔人ですらないものに、我の前に立つ資格はあらず】



 まるで軍勢を従える王のように、虚ろな人の群れの中で竜は翼を広げていた。



「逃げるしかない」


「で、でも……どこに逃げるの? 竜相手じゃどうしても――」


「戦うよりはマシよ!」



 ヴァレリアは叫び、逃げようとした。


 でも――



「あぁ……」

「あなたたち!?」



 セビリアのハンターたちがヴァレリアの行く手を阻んだ。


 ヴァレリアは彼らをどかそうと杖を振り回すけど、竜に魔法を奪われた彼女はただの非力な聖人。



「い、いやあ!!」



 ヴァレリアは杖を奪われ、ハンターたちに群がられた。



「だめ!」



 わたしはエフィメラに飛び乗って、ヴァレリアの周囲にいたハンターを弾き飛ばした。



「あ……」


「大丈夫!?」


「え、ええ。ありがとう! そうだ、その子に乗れば!」


「ダメだよ、相手は竜……飛んだらむしろ余計にわたしたちは何もできない」



 一瞬だけ希望を持ったヴァレリアは、すぐに顔を真っ青にしてへたり込んでしまった。



【余計な抵抗は無意味。其が人生の幕引き、竜に飾られるとはこれ以上はあるまいに】



 竜はもはや自分が動く気はないとばかりに、その場でとぐろを巻いて休みだした。


 わたしは戦おうと、ウィリアムが持ってた剣を取って構えた。



 ――わたしも二人の重荷を一緒に背負いたい。



 もう背負われるだけは嫌だから。



 そう思っていた。


 ようやくそれが叶う。



 なのに――



 剣を持つ手が震えた。


 わたしの足が震えた。


 視界が涙で滲んだ。


 それが屈辱で、悔しくて。


 だけど何もできなくて。



 本当に、悔しい。



 わたしはなにも――




「マリナがいてくれて、本当に良かった」




 ――わたしの手に大きな手が置かれた。


 その声だけで、そのぬくもりだけで、震えは止まった。



 この暖かな手は――



「死んでも生きる。誰も死なせない」



 仮面を外したウィリアムがわたしの剣を取った。




 彼の体からは青い光が放たれていた。




次回、「王の条件」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ