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54.おかえり

 



 再び城へと突入した。

 今度は上ではなく下へ。


 一時的な避難として城の中に入ったはいいが、すぐに戻らなければいけない。


 あまり長い時間ここにいると、竜の興味がウィルベルかもしくは上層の外のマリナたちの元へ向かいかねない。


 だから今作ったこの少しの時間で、竜を倒す手立てを探す。


 だがそんなアテはない。


 何かないか、何か――



「ン?」



 城の地下へと続く道から振動がした。


 ウィルベルも下にいるのか?


 なら先に王の方を潰すか?


 そう思い、地下へと続く階段を下りた。

 だがどこにもウィルベルの姿は見えなかった。

 ただ至る所に綺麗な円筒状にえぐられた廊下や壁があったり、瓦礫となった壁があるだけだった。


 しかもそのうちの一つは――


「断面が綺麗すぎる。普通じゃないな」


 まるで包丁で豆腐を切ったかのように、その断面は綺麗なまでに直線で滑らかだった。


「もしかしてこれが神器か?」


 もし王が持つ神器の一つが驚異的な切れ味を誇るものならば、それは使えるかもしれない。


 だがどうやって敵から神器を奪う?


 ウィルベルと合流するか? だがそうすると竜がやってきて混戦の極みだ。

 未知数すぎる相手との混戦は避けたい。



「とにかく今は、他に手立てを探さないと」



 再び地下を走りだす。


 しばらく地下を駆けていくと、頑丈な石壁に囲まれた場所――牢獄に出た。



「天上人になるべき人間はいない。そう聞いたが一応確認するか」



 王がもし天上人を召喚したとしたら、状況はまた一気に苦しくなる。

 ヴァレリアの囚人から召喚するという言葉が事実なら、ここにいる人間はみんな開放したほうがいいかもしれない。


 中に入って、牢獄を一つ一つ足早に見ていく。


 すると手前側の牢屋のベッドにさっきの女性が寝かされていた。



「ウィルベルか。やっぱりここに来たのか」



 あいつはやっぱりいい奴だな。


 眠ったままの女はそのままにさらに進むが、牢屋は全て空いていた。

 ヴァレリアの言う通り、今は囚人はいないらしい。



「よし、これなら少なくとも天上人の召喚は――」



 踵を返したそのとき――



「ウィリアム、か?」



 牢獄の一つから、聞いたことのある声が聞こえた。



「……秀英?」



 すぐに戻って、再び牢屋を見て回る。


 見つけた。


 ある牢屋の隅、ベッドの奥にいてすごくわかりづらかったが確かにそこにはもう1人の天上人である秀英がいた。


 鞭や棍棒でぶたれ、ひどく痛めつけられあわれな姿で。



「どうした、なんでこんなことに……」

「……フリウォルの仕業だ」

「なんだって?」



 秀英は痛みに顔をしかめながら、ゆっくりと立ち上がり、鉄格子の前までやってきた。


 間近で見れば見るほど、彼は血まみれでわずかに肉が覗いていたりと痛ましい姿だった。



「お前と戦ったとき、フリウォルを逃がしたろう? ……あの男、負けて帰ったことをマルコスたちに詰められたとき、俺を身代わりにしたのさ」

「……は?」



 開いた口が塞がらなかった。



「フリウォルが助かったのは、お前のおかげだろう!」

「そんなものは奴には関係ない。結局自分の名が少しでも傷つくのが嫌な自己愛野郎だったということだ。……軍が全滅したのもカットスがやられたのも全て俺の責任とされ、俺はこうしてここにぶち込まれたというわけだ」



 胸糞悪い。

 こいつがどんな思いでこの城に戻ったと思ってる。どんな思いでフリウォルを助けたと思ってる。


 俺の手すら蹴って、こいつはあいつらのために戻ったのに。



「結局は、お前の言った通りだったな」

「なにが?」

「『お前は死ぬぞ。それでいいのか。たとえ俺と組まずとも、そこにいては、いずれお前も同じ運命をたどることになる』……お前の言う通り、俺は死ぬことになった。天上人への生贄としてリサイクルされることになるそうだ」

「――ッッ!」



 ――もう我慢ならなかった。



 剣を振り上げ、柄で思い切り錠を叩き壊した。


 石壁で囲まれた通路に甲高い金属音が響き渡った。



「ウィリアム?」

「逃げろ、秀英。ここは危険だ」



 牢を開けて秀英に手を貸して歩き出した。



「もうすぐここに王か竜が来る。早く逃げたほうがいい」

「竜だと? ……そうか、少し前から感じるこの威圧感はそれか」



 秀英は足取りこそ重いものの、歩くことはできそうだった。

 彼の腕ならとりあえずは心配いらなそうだ。もっとも戦いには参戦できそうにないし、させる気もないが。



 あ、そうだ。



「秀英、逃げる前に一つ頼みがある。牢にもう一人女がいる。そいつを連れてここから離れて欲しいんだ」

「女だと? そうか、わかった……ついでと言っては何だが、師を助けてもいいか?」

「師匠?」



 思いもしなかった言葉に、俺の足が止まる。


 秀英の師?

 ということは天導隊か。

 だが天導隊はもう――



「俺の師のエドガルドは天上人に近い人間だ。幸いあの事件の後、粛清からは免れた。……といっても、懲罰房行きだがな」



 思い出した。

 秀英の師はエドガルド。

 俺の師であるアティリオと双璧を成す天導隊のトップ。

 彼はたしか、天上人に近い位置でスパイのような役割をしたと聞いていた。



「あの人は軽々でつかみどころがない。ふざけてばかりの師匠だが、それでもこの国を思う気持ちは本物だった。……俺は師を見捨てたくないのだ」



 支えている秀英の体に力が入る。


 ……きっと彼も俺と同じように、師に強い憧れがあるんだろう。


 だからか、秀英もまたエドガルドと同じように危険極まりない天上人に近い位置で、虎視眈々と裏切る機会をうかがっていたのだ。


 もっとも、その機会も想像以上の連中のクズさのせいで不意になってしまったが。


 ままならないもんだな。



「わかった、ただし急げ。いつ崩れるかわからない」

「ああ。わかっている。お前も気を付けろ」



 頷いて、女のいる牢屋の前で秀英から手を離す。

 彼はそのまま牢の中にいる女の元へ向かう――ことはなく、一度足を止め、俺と向き直った。



「ウィリアム」



 彼はまっすぐに俺を見た。


 ふと、一瞬よぎるあの日のこと。



『俺は俺の信じる道を信じている! そしてそれは今のお前を信じることでは決してない!』



 あの日、血にまみれた俺に秀英が言った言葉。



『お前だ! 狂人!』


『俺が行っているのは行いではない! お前の心だ! お前の大切な家族はこんなことを望むのか!』


『お前のようなバケモノと行くつもりはない。……さらばだ』



 俺の手を蹴り、決別した日。

 あのときと今の状況が重なった。


 俺はもう、数々の過ちを犯してしまった。

 バケモノに変わりはない。


 だから、もう――



「おかえり」

「……っ」



 なんでもないその一言が、心に来た。


 戦いの最中なのに、視界が滲んだ。



「よく帰ってきたな」



 笑ってくれた秀英の顔が、よく見えない。



「……うるせぇ。当たり前だ」



 碌なことを言えない自分の口が恨めしい。

 俺はかかとを返して、牢獄がある地下を出る。

 途中にあった武器庫を通って城の外、地上へと飛び出した。


 飛び出した瞬間に目に入る、空を駆ける竜の巨躯。


 結局、地下に入っても竜攻略に必要な物は何もなかった。


 でも、大事なことを思い出せた。



 右手に槍を、左手に剣を。



「行くよ、先生、ソフィア、オスカー、秀英。今日こそ、この国に巣食う悪を討つ」



 この世界に正義も悪も存在しないというのなら、この世界に神もまた存在しない。



 故に、世界は誰のものでもない。




「この醜い世界をぶっ壊す。俺たちが生きる世界に、絶望なんかいらない!」




 いざ、白炎滾る竜の元へ――





次回、「竜の子守唄」

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