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51.小さな世界の王様

 



 グラノリュース王城。



 ようやく戻ってきたその城は、見事なまでにもぬけの殻だった。


 何度もくぐった王城の門も、汗と血が染みた訓練場も、生活感のない俺の部屋も全部が全部、人気のないただの物と化していた。



 ……ここに帰ってくることをどんなに望んだことだろう。



 先生と、父と。

 必死に鍛錬して、痛い目を見て、それでもと足掻き続けたあの日常。


 ソフィアと、オスカーと。

 無邪気に未来を描いて笑顔の華を咲かせていたあの日常。


 あの誓いをして、もう一度この場所に帰ってくるときには、きっと幸せになれるんだと。


 そう信じて疑わなかった。




 ――もう、あの日々は二度と戻ってこない。




「でもそれでいい。みんなの想いはここにある」



 あの誓いを交わした部屋の机をなぞった。

 指を見れば、汚れて黒くなっていた。



「ここがあんたの部屋?」



 振り返れば、律儀に開いた扉をノックしたウィルベルがいた。



「あんたらしいっちゃらしいわね。なんもないじゃない」


『ウィリアムの部屋って、なにもないのね。なんだからしいわ』



 不意に、ウィルベルとあの夜のソフィアの姿が重なった。



「それは俺がつまらない男だって言いたいのか?」



 だからか、ついあの夜と同じ答え方をした。



 するとウィルベルは――



「いいや? 優しくて人を守ることしか考えないあんたらしい部屋だと思っただけよ」


『いいえ、優しくて人を守ろうとするウィリアムらしい部屋だなと思っただけよ』



 彼女もまた、あのときと同じ答え方をした。



 ――もう、あの日々は二度と戻ってこない。



 だけど、また作り直せる。



 だから、もう一度――



「ウィルベル」


「あに?」



 ソフィアとウィルベルは違う。


 わかっている。


 過ごした日々の長さも重みもぜんぜん違う。


 でも、俺は俺をここに連れてきてくれた彼女を失いたくない。



「この戦いが終わって、全部終わったらそのときは――……」


「……そのときは?」



 言いかけて、やめた。


 これじゃフラグみたいだ。


 どうせ終わった後のことなら終わった後に話せばいい。



「なんでもない。全部終わったときに話すよ」


「そ、ならいいわ。あたしも全部終わったらちょっと話したいことあるしね」



 そうだ、全部終わらせる。


 この城にこびりついた俺の未練をすべて断ち切る。


 こんなところでいつまでも、俺は引きこもっていられない。



「王がいるだろう最上階まで、あと少しだ」


「なら、ここが最後の休憩かな? 自分の部屋なんだから疲れてるんなら寝ていったら?」



 ウィルベルのいたずらっぽい笑顔に、肩をすくめた。



「こんな埃をかぶった部屋に浸りたくないな。蕁麻疹が出そうだ」


「一日いたくらいじゃ蕁麻疹なんてでやしないわよ。今まであんな生活してたのにでてこなかったんだから」



 笑いながら、部屋を出た。



 この手に剣と杖を携えて。



 この胸に夢と願いを抱きしめて。




 ◆




 王の間。


 そこは天上の名を冠するこの国の最上に位置し、その名を存分に表す部屋。


 天に昇った陽光が天窓や横の窓から眩しいほどに降り注がれ、それらが集まり1つところを照らしていた。


 厳かに、されど神聖に。

 ひとつの場所に集まった光が照らしたものは、王の間の奥側にある人一人が入る程度の大きさの、少し透けたカーテンで仕切られた小さな部屋。



「いた……」



 透けたカーテンの向こう側にいた。


 奴が。


 この国の王が。



「あぁ……至上の快感……気高きものを穢す瞬間こそ、いと尊き瞬間よ」



 カーテンの向こうから、嬌声のような男の気色悪い吐息交じりの声。



「ぅ……ぁあ!」



 そしてもう一つ、女のうめきともあえぎともとれる苦しそうな声がした。


 あの奥で何が行われているのか、知りたくもない。


 だが――



「おい、悦に浸るのも大概にしろよ」



 手に持っていた剣をぶん投げる。


 剣はまっすぐにカーテンの向こう側へと飛んでいき、布を引きちぎりながら奥の壁へと突き刺さった。


 俺達がいる場所と男のいる場所の仕切りが無残に取り払われる。


 見えた先には、



「我が至上の時間、邪魔するものが現れるとは」



 ぼろぼろで多くの青あざと血、何度も暴行を加えられた跡のある女をつかんだ、半裸の男。



「やばっ……」


「下種が……」



 ウィルベルは引き、俺は不快極まった。


 男に首を掴まれた女は、元は大層美人だったんだろう。

 漆色の長い髪は痛んでうねり、鍛えていたらしい整った肢体の肌は傷だらけだった。



「あれ?」



 ふと、変な気分になった。


 興奮じゃない、不思議な感覚。


 おかしいな、俺はあの女を知らない。


 だけど、なんだか、ひどく懐かしい。


 ……この感覚は覚えがある。


 父さんと――アティリオ先生の時と同じだ。


 これは――



「ステラ!!」



 この身体の持ち主――ウィリアムの記憶だ!



「知ってるの?」


「ほう?」



 ウィルベルと男が反応した。


 でもそんなことはどうでもよかった。


 あの男に掴まれているのは、かつての『ウィリアム』の戦友。


『ステラ』だ。



「ぅ……」



 ステラは呻きながら、腫れあがったまぶたを俺へと向けた。


 わずかに見える瞳孔は揺れていたものの、俺を捕らえた瞬間に、目の色が変わった。



「うぃ……うぃりアム!」



 そして、瞳から大量の涙がこぼした。


 手をふらふらと俺の方へ伸ばす。


 俺もまた駆け出して手を伸ばす。



「余興よな?」



 次の瞬間、ステラの胸から剣が生えた。



「――ァ……」


「―――ッッ」



 声が出なかった。


 ステラもまた、声も出せずに目を見開きながら固まった。



「ちょうど天上人が足りなかったのだ。もっとも出来立ての天上人にできることなどたかが知れておるが」



 ぼたぼたと滝のように流れる血で、高級なシーツが瞬く間に汚れていく。


 彼女の延ばされた手が、力なく落ちた。



「ハァ~~……」


「ウィリアム?」



 長く、薄く、ゆっくりと息を吐く。


 この身体は純粋な『俺』の体じゃない。

 だから元の、いや本当の『ウィリアム』の記憶もほんのわずか、任意に思い出せないが確かにある。



 大丈夫、俺はすこぶる冷静だ。





 ……すこぶる冷静に、こいつを叩き殺したい。





「ウィルベル。あの男から何か感じるか?」


「そうね、精々が聖人である程度ってとこかな。厄介だけど、こっちにも聖人のあんたがいる。ましてやその対のあたしがいるんだから、負ける要素はないわ」



 俺の見立てと同じ、この男は聖人ではあれどそのほかに何か特別なものは感じない。


 なら、殺せる。


 手に力が入る。


 腰を落とし、一瞬で足に力を入れる。



「その仮面、竜麟か」



 男は薄ら笑いながら、ステラから手を離した。

 事切れたステラの遺体はベッドの上に倒れこむ。



「竜麟? それがどうした?」


「かねてよりこの国では、いくつもの竜の痕跡が落ちることがあった。貴様が付けている面もまたその一つ」



 急に語りだした男は、ベッドの傍らにあった厳重な金属製、それも非常に複雑な刻印が施された箱に手を伸ばした。


 何をする気か知らないが、何かする前に殺す。


 剣を構え、飛び出した。



「なぜこの国で竜の跡が多く残るか知っておるか?」



 ――飛び出した瞬間に、全身に戦慄が駆け巡った。



 すぐに足を止め、全力で後ろに飛んだ。


 横から白い炎が噴き出した。


 俺と王を遮るように、壁を破壊して外から炎が吹き荒れた。



「なんだ!?」


「白い炎だって!?」



 間一髪かわしたものの、白い炎はそのまましばらく吹き出し続ける。


 急いでウィルベルの元まで下がって様子を見る。


 ちらりとウィルベルを見ると、彼女は何か知っているのか、驚いた様子で固まっていた。



「なにか知ってるのか?」


「白い炎に竜……まさかね?」



 豪胆な彼女の頬に汗が流れる。



「いい? この国の外にも当然国がある。遠いし道のりは過酷だけどね。そんで、その国々には建国時の逸話があるの」


「逸話?」



 そう、とウィルベルは頷いた。



「それは国を作った英雄の逸話。そして各国の異なる英雄の逸話に共通しているものがあるの」



 吹き出していた白い炎が止み、裂けた壁付近がドミノ倒しのようにどんどんと壊れていく。


 壁が壊れ、外の景色が見えるようになった。



 そこには――



「白き炎を纏う竜。――古竜《大地の白神(ドライグウィブ)》の存在がある」



 白炎纏う巨大な竜の黄金の瞳が、こちらを睨みつけていた。



「は? ……こんなんありかよ。聞いてねぇぞ」



 きゅっと心臓が強張った。


 手汗で剣を握る手が滑る。



「竜は我が盟友。誓約を交わした同志であり、余自身といってもよい。もとより天上人以下の存在はすべからく余興にすぎぬ。この国は、いや、この世界には余と余の盟友がいるこの国だけあればよいのだ」



 部屋の奥のベッドで、いつの間にか服を着ていた男がいった。


 白髪が半分以上を占めた黒髪の頭髪と顔のしわから、聖人でありながらも老齢となるほど長生きしているんだろう。


 醜く膨れた腹を持つその男の腰には、複雑な模様が彫られた鞘に納められた二振りの剣。


 そして、手には眩く神々しい虹色に光る宝玉があった。


 その宝玉から放たれる光は、言葉にできないほどに圧倒的で息が詰まりそうだった。


 まるで、質量を持った光が体を駆け抜け、内臓全体を押しつぶそうとしているような、そんな感覚。



「あれ、もしかして全部神器!?」



 また知らない単語が出てきた。



「神器って?」


「普通の武器じゃありえない、錬金術で作られた武具とも一線を画すほどの力を秘めた武器のことよ。あの宝玉を間近で見たならわかるでしょ」


「ああ……」



 明らかに異質。

 神が作ったと言われても納得してしまいそうなほどの力。


 さらに――



「あの腰にある二振りの剣も。あの鞘の紋様はきっとあふれ出る神気を隠すための模様よ。普通の鞘じゃ壊れておしまいだかんね」



 あの宝玉と同等の物がもう二つ、それも剣。



「古竜に神器か。この国どうなってんだ」


「そんなの今更じゃない?」


「確かにな」



 俺とウィルベルは同時に剣と杖を構えた。



「余と竜とやり合うか? 余――レイヴェステル・グラノリュースに楯突いて生きて帰れると思うてか!」



 男――レイヴェステル・グラノリュースが吠えると途端に、古竜も動き出した。



 もう一度、こちらへ向けてブレスを吐こうとしてくる。



「させるか!」



 竜の口目掛けて雷を放つ。


 さすがに口内に雷の直撃は嫌だったのか、古竜はブレスを引っ込めて城から離れていった。



「ウィルベル! 古竜は俺がやる! お前はその男を頼んだ!」


「わかった! でも大丈夫!?」


「やってやるさ! この仮面にかけて!」



 城から離れた古竜を追って、俺も壊れた壁から外へ飛び出した。



 古竜がなんだ。神器がなんだ



「今更過去の遺物がしゃしゃりでてくんじゃねぇ!!」




 未来を創るのは過去じゃない。



 今を生きる俺達だ。




次回、「醜い世界」

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