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50.ひきこもり

 



 グラノリュース天上国軍とハンターギルド義勇軍、その大将同士の戦いは目論見通り終始こちらの圧勝だった。


 今回は完全なる俺たちの作戦勝ちだ。


 中層下層も集めて軍にも負けない数を持ってくる。


 そしてヴァレリアをこちら側に引き込んだ。


 彼女を引き込めたからこそ、俺達が上層の壁正面に基地を設営しても、マルコスやフリウォルは無理を推して出てくることはなかったのだ。


 もっとも、彼女も完全にこちらを信用していたわけでもない。


 こうなる前に、彼女とは一つ約束をしていた。



「あなたは約束通り、圧倒した。信ずるに足ることを証明してくれた」



 それは、マルコスたち天上人を圧倒すること。


 彼らを倒せなければ、彼女は今まで通りハンターたちに与することはなかっただろう。


 彼女の思考はわかりやすい。


 なぜって?



「引きこもりには、刺激が強すぎたか?」



 彼女はただの臆病者だからだ。



「そうですね。できれば目にしたくない光景でした」


「今まで散々やってきたくせに」


「私からしたことはありません。大抵は勝手にかかってきて勝手に死んでいくだけです。自分で勝手に死にに来るくせに私のせいにする。……本当に苦痛の日々でした」



 彼女の言葉に、後ろにいたハンターたちがざわつきだす。

 何人もの男たちが怒りの言葉を叫び、騒ぎ、武器を打ち鳴らした。



「黙れ」



 手を挙げて怒気を出せば、ハンターたちは静まった。



「お前の言い方に思うところはあるが、今はいい。この後のことについては聞いているな」



 こくりとヴァレリアは頷いた。



「兵士たちには武器を置かせます。大部分をここに駐屯させますので、好きにしてもらって結構です。残ったものは上層民を混乱させないために皆さんと共に城へと入城させる予定です」


「わかった。あと敬語はいらん。今更だ」


「そう、なら普通に接するわ」



 ふぅ、とヴァレリアは息を吐き、後ろを向いて兵士たちを統率しだした。

 俺も後ろを向いてハンター及び下層民たちに指示を出す。



「セビリアの連中はついてこい。他の中層のハンターたちはここに残って下層民と一緒に拠点づくりだ。兵士たちは好きに使え。……殺すなよ?」


『はいっ!』



 ハンター全員がキリよく返事をした。

 意図は理解してくれたようだ。


 兵士を殺すなとはいった。でもそれ以下なら好きにしろと。


 綺麗ごとを望むなら、復讐はするなとか痛めつけたところで失った者は戻らないとかいうやつはいるだろう。


 だが、それがなんだ。


 こいつらに報いを受けさせなければ、彼らは先に進めない。



「ウィルベル、何頭か飛竜を監視に付けられるか?」


「付けられるけど、どうするの?」


「さすがにハンターたちを放置はできないと思って。やりすぎるようなら飛竜を使おうと」


「いいよー」



 ウィルベルが手を二回叩くと、三頭ほどの飛竜がやってきて、ウィルベルの指示を聞いて頷くように首を振りだした。


 なんというか、飛竜が犬に見えてきて面白い。


 仰々しい見た目なのに、なんかかわいく見えてきた。



「おっといけないいけない。気を引き締めなければ」


「……ウィリアム?」



 仮面を上げて、頬をひっぱたく。


 目をつぶり、息をゆっくりと長く吐く。



「よし。このまま最後まで勝ちきるぞ」


「もちろん……絶対にみんなで勝つ」


「ふっふー、腕が鳴るわね!」



 拳を握るルナマリナに胸を張って仁王立ちするウィルベル。


 ……仲間がいるってのは、いいもんだな。


 再び仮面をかぶり、ヴァレリアがいる上層の方へ向かって歩き出す。




 ◆




 久しぶりの上層の空気は、ひどくまずかった。


「……なんだ?」


 ぴりぴりと、肌が焼けているような感覚。


 軍が帰還すれば、大衆が寄ってたかって歓声を上げていたはずなのに、ヴァレリアが姿を現しても人っ子一人現れない。



「妙ね……」



 隣を歩くヴァレリアも違和感を覚えて、眉をひそめた。



「こんなに人は少なかったか?」


「いえ……。少なくとも私たちが出る前はいつも通りの町だった」



 ヴァレリアが油断なく周囲を見渡すも、やはり何もない。


 そのまま少し進み続けると、突如後ろから誰かが走って駆け寄ってくる音がした。



「報告します!」



 やってきたのは、眉の部分に傷のあるバルセロシアのハンターギルド長のアルバンだった。


 鍛えられたアルバンが肩で息をしながら話し出した。



「北門から大勢の人影が現れ、迂回する形で南下中! 偵察に行った者の報告では、総勢100万にも及ぶとのこと!」


「なんだと!?」



 彼の報告に耳を疑った。



「どういうことだ、上層にそんな軍勢が入るわけがない!」


「ですが、少なくともこちらの軍勢に匹敵どころか上回るほどの数です! 敵の中には、正規兵の他にも民兵がいる模様!」



 国土の半分以上を占める中層と下層から人をかき集めた反乱軍以上の軍勢の出現。


 その報告に、周囲にいたセビリアの連中が軒並みざわめきだした。



「静まれ」



 地面を強く踏み鳴らすと、周囲のハンターたちは押し黙る。


 しかし彼らは未だに動揺したまま、その眼は泳ぎ、汗をかいていた。



「……どうする?」



 隣にいたヴァレリアが小さな声で尋ねて来た。



「聞くが、魔法使いはまだいるのか? 俺がいなくなった後に天上人は召喚されたか?」



 ヴァレリアは少し沈黙した後、首を横に振った。



「いえ、いないはず。あの儀式は天上人になるための生贄となる罪人がいなければ行われない。今、天上人となるほどの罪人は牢にいない」


「罪人が生贄になるのか?」


「ええ。といっても罪状は関係ない。ただ強いか賢いか。天上人となったときに使える人間かどうかが問われるわ」



 天上人は人を生贄にすることで、異界の人間を召喚する。


 俺の元となった人間は、師であるアティリオの実子ウィリアム。


 彼がどんな罪を犯したのかは知らないが、きっと父であるアティリオと同じだろう。


 ヴァレリアの元となった人間も、恐らくそれなりに頭のまわる人間だ。



「俺がいたときから、天上人は一人少なかった。となれば候補がいないか、準備ができていなかったか。もしかしたら、なりふり構わず召喚したかもしれないな」


「だとしてもやってきたばかりの天上人に大したことはできないわ。あなたやあなたの友達がそうだったように、私たちの敵じゃない」


「なら今の状況を説明できるか」



 いえ、とヴァレリアはまた首を横に振った。


 この国の中枢に近い彼女にも予測がつかないなら、今起きていることは過去数百年にもわたり起きてこなかったことだ。


 もしかしたら、最年長のマルコスは知っていたかもしれないな。



「チッ、一度は記憶を覗いておけばよかったか」



 仕方ない、後の祭りだ。


 幸いにも今はマルコスの次に長生きのヴァレリアがいるのだから、いないよりマシだ。



「お前らの上にいるのがどんな奴か知ってるのか?」


「上にいるやつ?」



 天上人はこの国の象徴。


 だがそれは、この国のトップと同義ではない。


 軍の最高戦力である天上人。


 ではその軍の上にいるのはなにか。


 決まっている。



「この国の王はだれだ?」



 聞くと、ヴァレリアは沈黙し、俯いた。



「私は王を直接見たことはない。でも王の部屋に入ったことはある」



 思い出したヴァレリアは凍える体を温めるかのように自分の体を抱きしめた。


 ぶるぶると小さく体を震わせて――



「あの気配……思えば今と似ている。このピリピリとした威圧感。常にだれかに睨まれているような感覚」



 この上層の町全部を覆いつくすほどの強烈な気配。


 それが一人の男から放たれているということか?


 それに、外に現れた軍勢も気になる。



「ヴァレリア、お前は戻れ」


「え?」


「外にいる軍とハンターたちを結界で守るんだ。勝とうとはしなくてもいい。どうせいるのは上層から追い出された民兵がほとんどだ」



 ここに人がいないなら、こんなに大勢で歩く必要はない。


 ヴァレリアは小さくうなずき、杖を抱きしめながら軍とハンターたちをまとめて下がっていった。


 でも下げるのはヴァレリアだけじゃない。


 もう一人、戻すべきは――



「マリナ。お前もだ」


「……え?」



 言ったとたんに、眠たげだったマリナの瞳が見開かれた。



「どうして? ……わたしはあなたと――」


「ここから先は何が起こるかわからない。傷を癒せるマリナを連れてはいけない」


「でも……」



 渋る彼女を、俺も置いて行きたくはない。


 離れるよりも近くで守りたいとすら思う。


 でも俺に近いほど、危険は大きい。


 だから、



「マリナは俺たちの帰る場所でいて欲しい」



 いつも彼女がそうしてくれたように。


 仮面を上げて、俯く彼女の頬に手を当てて微笑んだ。


 くしゃりと、マリナの顔が歪む。



「いつもみたいに……帰ってくるよね?」


「ああ」


「前みたいに……無茶して死にかけたりしないよね?」


「ああ」



 マリナは顔を上げ、俺に抱き着いた。



「絶対、絶対……帰ってきてね。あなたが死んだら……わたしも死ぬ」


「それはまた、絶対に死ねないな」



 苦笑しつつ、彼女を抱きしめ返した。


 逡巡の間そうしていると、彼女は離れてヴァレリアの後を追った。


 途中で何度も手を振りながら。


 さて。



「残ったのは俺とお前だけか」



 寂しくなった上層にいるのは、俺ともう一人だけ。



「ま、あたしたちがいれば誰が相手でもどれだけ相手がいても関係ないよ。あんたと共闘するのは初めてだけど、不思議と負ける気はしないしね」


「確かにな。これで勝てない相手とかこの世界にいないだろ」



 どちらからでもなく拳を出し合い、こつんとぶつける。


 肌が焼ける感覚と蛇に睨まれているかのような気持ち悪い感触は、なおもこの上層に充満している。


 だけど俺の隣には太陽がいる。


 この国の暗い夜なんて吹き飛ばしてくれる。



「さっ、ちゃっちゃと行くわよ。あたしがいれば楽勝よ?」



 俺を導く太陽の魔女が笑って言った。



「ああ、違いない。さっさと終わらせよう」



 2人並んで城へ続く道を歩き出した。



 ――ああ、俺は帰ってきたぞ。


 ――引きこもりの意地無き王よ。


 ――俺が今日、この国を終わらせてやる。




次回、「小さな世界の王様」

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